「あれ、もしかして気づいてた?」


手にもったシャンパングラスと同じくらい首を傾けながら、黒服からジーパンとカッターソーに着替えたツカサが言う。その顔を見て多少の優越感を感じながらもウチは「そりゃあね」と、一言返した。


「観客に対する娯楽ってだけなら、ウチをステージ上に上げる必要なんてないし。救護室に案内するだけならまだしも、あなたが解決してくださいねって文脈で名刺渡すのはさすがにおかしいでしょ」


それからグイっと前に詰め寄ったウチは、ツカサのあご先に小型の装置をつきつける。


「それより、よくも人の帽子に発信機なんてつけてくれたね?」

「いやぁ、それはその~、イルカショーに間に合わないとほら、いろいろと計画がね」


それからばつの悪そうな顔で頭をかきながら「いつ見つけたの?」とウチに疑問を投げかける。


だからウチは思い出していた。ツカサがトイレに行って戻ってきた時に、あの暗がりの中で真っ先にうちらを見つけた時の事を。


「うちらは展示をウロウロ回ってたのに、迷う様子もなくこっちに走ってきてたじゃん。さすがに気付くって」

「うわ、それでバレるか――おみそれしました」


言いながら一向に反省を見せずにヘラヘラしてるイトコにウチはため息をつく。それが人を学園の外に呼び出してまでする事か、とは思うけど。どうしても私服姿のウチを呼び出したかったなら、まぁ理由としては分からなくもない。なによりも――。


改めてうちは、自分が連れ込まれたパーティ会場に扮する水族館のイベントホールを見回す。そこには電飾が散りばめられていて、ピザやチキン、ケーキと様々なオードブルが並んだテーブルが点々としている。


うちが今日、何度もカレンダーを見直していたのもそうだ。自分ですら忘れていた誕生日を、それで思い出してしまっていたのも。


とどのつまりあれは、観客に対するショーだけであると同時に、うちに対するサプライズでもあったワケだ。それが分かった以上、強く咎めるなんて出来るはずも無い。


「でも、サプライズにしても、学校の中じゃダメだったの?」

「だってクゥちゃん友達少ないし」

「殺すぞ」


一言多いイトコの頬を思いっきりひっぱって、それからほどなくして離した。もう納得はできたから。たしかにウチが自分で誕生日会を開いても、集まってくれる人数なんてたかが知れてる。それこそミコとツカサくらいのものかもしれない。


少しでもにぎやかで楽しいモノにしたいって言う気持ちは、何となく伝わったし。


「でも余計なお世話だったかなとは、今は少し思ってる」

「え?」


それからツカサは、なぜか少しだけ照れた顔をしながら「だって、花奉さんと二人でいる時のクゥ、とても楽しそうだったから」といった。


なんと言い返そうかと言葉を探していると「いやはや、聞きしに勝る名探偵ぶり。わたくしも感服いたしました」と、パーティドレスに身を包んだアリスさんを連れた蔀屋館長が歩み寄ってくる。


「こちらとしては考え抜いたショーだったのですが。

 此度の主役には、まだまだご満足いただけていないご様子でしたかな」


それからほがらかに笑う館長にウチは「いえ、そんなこと」と謙遜を返す。すると館長は「次の機会があれば私が死体役になりましょうかな。知り合いから仮死薬でも都合してもらって」と口にしてまた笑った。いや笑えねーよ。あんたの歳でそのジョークは。


「あくやく楽しかったー」


おそらくアドリブで人を「魚のえさにする」といっていた女の子は、意地の悪い顔で笑いながらそう口にする。もしかしたら本気だったのかもしれない。


それから彼女は「ツカサいこー」といって、手を引いてテーブルの方に向かった。その顔はどこか楽しげで、少なくとも客に媚びるべきステージ上ですら見せていない笑顔に見える。


それを眺めながらこう思う――「あれ、もしかしてウチの誕生日ダシにされてる?』って。


――いや、ないない! さっきみんなから誕生日プレゼントもらったし。そもそも女の子二人がお互いの仲を深めたいなんて、そんな動機がこの世にあるわけない! 絶対存在しなーい!


うちは手に携えていたグラスの中身を一気飲みして、それをテーブルに置く。すると遠くから「クーちゃん! ピザ取ってきたよー」と姿の見えなかったミコが大皿を抱えて走ってきた。しかも四枚も。大道芸人かおまえは。


それからうちは「いっぱい食べさせてあげるねー」と、隣に座ってあーん攻撃を繰り出すミコのピザを避けながら、ピザを口に運んでいく。しばらくそんなやり取りを続けていると不意にミコが「あの二人……」といって、視線をツカサたちに向ける。


「またいつもの「付き合ってる」発言?」


ウチの言葉にミコは首を振る。それから「誕生日くらいは、クーちゃんに勝ちを譲ってあげよう!」と、あたかも人が全敗してきたかのような言い草を披露している。頭引っぱたきたい。


「他にあたしがクーちゃんにあげられるものなんて、もう無いから」


別人に聞こえるほどの気落ちした声に、気がかりなモノを感じてウチはミコの顔を見た。それから目の端に浮かんだ大粒の涙に言葉を失う。その傍らで思い出す。そういえば、こいつからは誕生日プレゼントもらってないなって。


「――」


今さら何を言えばいいんだろう。


いつもコイツを拒んできたウチが、なにか返せる言葉なんてあるのか。

キスの時も、トイレの時も、こいつのあげようとしてきたものを蔑ろにしてきたウチに。


「ミコ」


胸が締め付けられる思いに急き立てられように、うちは気づけばミコの手を掴んでいた。それから「こっちきて」と引っ張る。


後ろでミコが「でも誕生日会が」と言ってるけど、知った事じゃない。それから何分か過ぎて、息を切らしたうちが辿り着いたのはあの時のステージの前だった。


澄み切った青空と太陽が浮かんでいたそこには、今は星が散りばめられていて、今にも零れ落ちそうに瞬いている。


だからじゃないけどウチはミコを観客席に座らせて、ウチもその隣に腰をかける。それから未だにうつむいてメソメソしてるミコの膝の上に、頭を乗せた。


それからほどなくしてミコが眠りから覚醒したように目を丸くして「く、クク、クーちゃん!? どうしたのいきなり」と顔を真っ赤にして悦びはじめる。キモ。


「どうしたってなにが? むしろアンタは、なにもしないの?」

「でも――」


ここまでされてまだ引きずってるらしい。

普段はあんなにバカなのに、なんで今日に限って大馬鹿になるんだ。


「あんたの方が良いって言ってんの。気付けバカ」


それから意を決して目をつむる。ほどなくしてミコが「チューするね」とまたいらん事を告げてくる。それから「ミコの全部、あげるから」とすっかり本調子に戻ってしまって、うちは顔を熱くした。


――人のつながりは、いつか途切れる輪のようなものだと思っていた。だけど今だけは、途切れない繋がりが、確かにそこにあるような気がした。

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