第6話「まだまだ妹のターン」
レイカに今日あった出来事を一通り話した。
「ふーん。で、お兄ちゃんはどうするの?」
「どうするって?」
「いやいや、この問いかけの意味は分かってるでしょ?」
「まぁ、分かっているんだけど……」
「何? 踏ん切りがつかないの? ケツでも引っ叩いて、先に進めるようにしてあげようか?」
レイカさんは時々男らしくなる。
そういった所が良いところでもあり、将来が少し心配でもある。
「そういう意味じゃないよ。ほら、いきなり自分なんかに可愛い娘が話しかけるなんておかしいし……美人局とかそういった類もあるし……」
「パーカーにジーパンが一番のオシャレだと思っているお兄ちゃんに美人局を仕掛けるわけないじゃん。見た目からしてお金も持ってなさそうだし、女性慣れもしてなさそうだからすぐに逃げられそう。それに美人局するなら金持ってそうなおっさんや、簡単に引っかかりそうな軟派な男でしょ。まぁ、最近はパパ活なんてものもあるから、そっちの方が法に触れない分、1回で得られる金額は少量でもお金を稼げるから、美人局なんてやるだけ損な気もするけどね」
レイカさんは変ところで博識なため、そういったところも心配、、、、
「な、なんでそんなこと知ってるの? もしかしてやってるの?」
「やってるわけないじゃん。レイカにおじさん属性はないよ。ラジオで聞いただけ。それに、そのユイちゃんだっけ? 出版社に持ち込みしてて、漫画を描いてたんでしょ。そんなピンポイントな美人局があるわけないでしょ! しかも漫画を描くなんて、美人局にしては、仕込みが大変すぎるよ。もっと頭使いな。そんなんだから『話が面白くない』って出版社でも、ユイちゃんにも言われるんだよ」
レイカさんは予想以上に辛辣な言葉を浴びせてきた。
「…………はい」
「いい、お兄ちゃん。お兄ちゃんは他の人より何かを経験する事が足りてないの。絵はずっと描いてきたから上手いかもしれない。出版社への持ち込みも、何回も行っているから慣れているかもしれない。レイカとのお喋りも、ずっと一緒にいるから慣れているかもしれない。でも、お兄ちゃんは他の事はほとんど経験してこなかった。無知で、レイカがいないと何もできない、正にダメ人間。だから、これはチャンスだよ!!。これで変われるかもしれないよ!!!」
さっきまで僕に体重を預けていたレイカはスッと離れ、プリンとスプーンを机に置くやいな、ソッと僕を横から抱きしめた。
「大丈夫……怖くないから…………今まで色々あって、表の世界に出られなかったかもしれないけど、今度は大丈夫。それに、レイカがついているから、何かあったらいつでも相談してくれていいから……」
僕は丸くなり、レイカに体重を預ける。
レイカは抱きしめる力をさらに強くした。
「…………ごめんね……情けないお兄ちゃんで………」
「慣れてるから大丈夫」
ふと、レイカの温もりがなくなった。
「それに、早くお兄ちゃんも自立しないとね! ユイちゃんの力でも借りて社会不適合者から卒業できるように頑張りな」
レイカはそういうと、笑顔でグッドサインをしてきた。
この後、プリンを食べた僕たちは、一緒に片付けをして、歯を磨き、それぞれの部屋に戻った。
もう、時刻は0時過ぎ。
布団に入るけど、長めのお昼寝をしていたためか、眠れない。
ただ、他に何もする気が起きないので、目を瞑っておく。
だけど、こういう時は、大抵、過去の記憶が呼び覚まされて、陰鬱な気持ちになってしまう。
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僕は小さい頃、どこにでもいる、普通の男の子だったと思う。
感情表現も人並みにしていた。嬉しいことがあれば笑ったし、辛い事があれば泣き、嫌な事があれば怒る。
だから、無難に幼稚園、小学校低学年を過ごした。
3年生になり、だんだん自分の性格がわかってくると、些細な事で怒りを上げる自分の性格が嫌になった。
だから、怒りの感情を押しつぶして、優しいを装おうとした。
何か他人に嫌な事を言われたり、馬鹿にされても、ラヘラ ヘラヘラ。
楽しい事も辛い事も全部、笑ってごまかすようになった。
そんなんだったから、クラスの一部の人間に目をつけられ、
殴られようが蹴られようが、僕は笑って痛みをごまかした。
憎い事を言われようが笑って傷ついていないフリをした。
お小遣いを取られようが気にしていないフリをした。
気づいた時には、心や体はボロボロ。
僕は学校へ行かず、引きこもるようになった。
毎日、何をするわけでもなく一日中、部屋の隅で膝を抱える日々。
僕はそれまでレイカと遊んでいたのに、遊ばなくなった。
最初はそんな僕の事なんかお構い無しに、レイカは近づいてきたが、1ヶ月もすれば近寄らなくなった。
両親は熟年結婚で、僕とレイカを高齢出産。高齢という事もあり寛容だったためか、こんな僕に「学校へ行きなさい」など、強要するような事を言ってはこなかった。優しく見守ってくれた。
そんな生活を1年ほど続けると、流石に気持ちも落ち着いて、何かをしたくなった。
部屋中を見渡すと筆箱と自由帳があった。
そこから僕は一日中絵を描くようになった。
ひたすら何かを描くようになった。
これを見た両親は嬉しくなったのか、時折色鉛筆や絵の具、コピック、ねりけしなど、絵を描くための道具を部屋のドアの前に置いてくれた。
僕はそれを使い、最初はランドセルや鉛筆削り、ぬいぐるみなど部屋にあるものをひたすら描いていた。
部屋の中の物を大抵書き終わった僕は、次に窓の外から見える景色を描くようになった
そんな事を2年ほど続けていると、数年は話すらしていなかったレイカが、いきなり近寄ってきて「これを描いて欲しい」と少女漫画のキャラクターを指差さしてきた。
僕はそれをスケッチブックに描き、レイカに渡すと凄く喜んでくれた。
それが凄く嬉しかった。
そこから僕はレイカのリクエストに答えるようになった。
最初は言われたキャラクターを描くだけだったけど、もっと色々なキャラクターを描きたくなった僕はレイカに借りて漫画を読むようになった。
レイカの漫画を読んでリクエスに答える日々が続いたある日、水を飲みにキッチへ向かった僕は、不意にテレビへ目をやると、パソコンで絵を描いているところを目の当たりにした
今まで紙に絵を描いていた僕は、衝撃を受けた。
僕もパソコンで絵を描いてみたい。
けど、僕は引きこもり。家族のお荷物。パソコンが欲しいけど、そんな事は口が裂けても言えない。
その日は、そんなモヤモヤを心に秘めながら、レイカのリクエストに答えて絵を描いた。
「いつものお兄ちゃんの絵と違う」
描き終えた絵をレイカに渡すと、そんな事を言われた。
「変わらないと思うけど……」
「いつもと……いつもと違うのぉぉお」
レイカは泣き出した。
僕はそんなレイカの背中をさすり、ただ宥める事しかできなかった。
そこから3日ほど、同じやりとりが続いた。
流石に僕も絵が違う理由はなんとなく分かった。
けど、両親に「パソコンで絵を描きたい」と言うのが怖かった。
ただのおねだりだけど、そのセリフを口に出すのが怖かった。
翌日からレイカのリクエストがなくなった。
僕はなんとなく目に付いた物を描く日々に戻った。
でも、前とは違い絵を描く事が楽しくなかった。
翌日から、僕はまた何もしない日々へ逆戻りした。
いきなり絵を描かなくなった僕に気づいた両親は、時々様子を見に来てくれた。
僕は「……大丈夫」としか言えなかった。
この間まで絵を描いていた日々が続いたため、何もしない日々はとても退屈だった。
そんなある日、いきなりレイカが現れ ソッと僕を抱きしめた。
最初は突き放そうとしたが、レイカの温もりが心地よく、気づいたら涙が溢れた。
引きこもって3年。僕は12歳。レイカは8歳。
僕はいじめられてから、初めて泣いた。
ずっと泣いた。
3年分の涙を流した。
まだ、8歳の小さい妹の胸を借りて流した。
情けない事は分かっていたけど、涙を止める事ができなかった。
その日の晩、目を赤く腫らしながら
「パソコンで絵を描きたい」
と声を震わせながら両親に言った。
両親に僕から話しかけたのも3年ぶり。
僕は怒られると思ったけど、自分から物を言った僕に両親は嬉しくなったのか強く抱きしめてくれた。
翌日の夜にはパソコンと、A4サイズより大きいペンタブレット、B4サイズまで読み込めるスキャナー、A3まで刷れるプリンターが僕の部屋に設置され、絵を描くためのソフトを手渡された。
早速僕は、説明書を見ながらROMをパソコンに吸い込ませ、ソフトウェアをインストール。
翌日、レイカが学校へ行っている間に部屋から、レイカの一番好きな漫画を拝借し、レイカの一番好きなキャラクターを描いた。
スケッチブックに描くまでは満足のいく出来だったが、スキャナーで取り込み、ソフトで描くのは難しかった。
初めてパソコンで描いた絵は最悪の出来だった。
僕が落ち込んでいると、レイカは学校から帰ってきてPCに映る最悪な絵を見た。
「いつものお兄ちゃんの絵だ!!」
レイカは最悪な絵を見て、そんな事を口にした。
けど、それが嬉しかった。
僕はこの言葉ずっと欲しかったのかもしれない。
レイカが「この絵が欲しい!」とせがむので、プリンターで印刷し渡した。
満面の笑みで「ありがとう」というその表情を見て、僕も口角があがった。
そこから僕はレイカにリクエストされたキャラクターをパソコンで描くようになった。
最初は上手く描けない日々が続いたが、ずっと描いているうちに、自分でも満足のできる作品になっていった。
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ベッドで布団に包まりながら、そんなことを思い出す。
そう、僕は昔から、ずっとレイカに助けられてきた。
もう、レイカ無しでは何もできない。
僕はレイカに依存している。
小野さんの力を借りて、これを気にレイカへの依存を克服するのも良いのかもしれない。
けど、これで今度は小野さんに依存してしまったらどうしよう……
そんな事を翌晩、また翌晩、またまた翌晩と、頭の中でループさせていたら、小野さんと会った日から1週間過ぎていた。
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