春抱くイルカは麒麟の夢を見る
月見 夕
春の終わり
花弁舞う正門を潜り、私達は最後の帰路につく。
前を行く春ちゃんとキリンの揺れるスカートを眺めながら、この光景ももう最後か、なんて涙が滲んでいた。風がひとつ吹いて、八重桜の雨が私達の間に降り注ぐ。
ああ、また二人に置いてかれちゃう。
不意に振り向いた春ちゃんが、卒業証書の筒ですぱこーん! と私の頭を叩いた。避ける間もない美しい軌道の『面』だった。
「イルカちゃん、なに感傷に浸ってんの? 馬鹿なの?」
「……うるさいなあ」
ショートカットの後れ毛を抑えながら言う春ちゃんは、いつもの調子だった。眠たげな瞳が、小馬鹿にするように私を睨む。私は慌てて滲んだ涙を引っこめた。
その様子を見ていたキリンが、小柄な身体を震わせて駆け寄ってくる。昼下がりの陽気で、ヘアピンだらけのボブカットはキラキラしていた。
「うえ? イルカちゃん悲しい感じ? うわああんあたしも悲しくなってきた! なでなでよしよししてえ春ちゃん」
「うるせえ黙れ引っ付くなキリン」
春ちゃんは己に抱き着くキリンのほっぺたに卒業証書をめり込ませながら、心底嫌そうな顔をした。そのやり取りがいつも通りすぎて、私は笑ってしまった。
「明日から制服を着なくなるだけ。あの校舎に通わなくなるだけ。帰りに毎日カラオケとゲーセンをハシゴしなくなるだけ。そうでしょ?」
春ちゃんは卒業アルバムが入った重たい鞄を背負い直して面倒臭そうに言う。
「大して変わんないよ、明日からも」
そうだね。そうかもしれない。
私達は別々の大学に行くのだけど、離れ離れになるのは目に見えているのだけど、お互いのことはきっと、この三年間で培った思い出でいつも繋がっていられると、私は何となく錯覚できるのかもしれない。
「……うん」
そんな脆い期待と淡い真綿の嘘を抱えて、新しい環境に少し足踏みしている自分もどこかで感じていて、それでも私は二人のことをずっと心の引き出しの一番大切な場所に仕舞っておこうと決めた。二人が私のことを忘れて大人になったとしても、私だけは覚えておきたかった。
「どうせいつでも会えるでしょ、私達」
そっけない春ちゃんの言葉に、また涙が出そうなのは私だけだろうか。そうだとちょっと寂しいな。けれど脆い私は貰った言葉を抱えて生きていこうと思った。
結局私達三人がその後の人生で出会うことは、ついぞなかったのだけど。
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