第32話かつての臣下が俺を頼って来たのだが?

「本日、代表として来た者達はこの二人とのことだ。ベルナドッテ家で執事をしていたそうだ」


「えっ?」


俺は突然のことに驚く。養父 辺境領イェスタが持って来た知らせにだ。


「執事長のエーリヒが来ているのですか?」


「あぁ、さすがにそうかどうか……私にはわからないがアル君が会えばわかるだろう」


あとは騎士団長のベルンハルトか? それとも行政府の官吏か?


「俺としては心強いかつての臣下が来てくれたが、この領は大丈夫だろうか?」


「とても大丈夫……とは言い難い報告しかないな」


報告? わざわざ調べるほどのことか? 実家の領からかつての家臣が二人来ただけなのに?


二人を雇ってもいいかという質問のつもりだったが、そもそも、どんな報告だ?


それにしても、実家はさぞかし困るだろうと思っていたが、どうやら止めが刺されたようだ。馬鹿な父親だとわかっていたが、さすがに心配になる位のひどさだ。


領地経営の要、エーリヒをクビにするなんて。


エーリヒはハズレスキル持ちだが、ベルナドッテ領の全てを管理していたと言っても過言ではない人だ。


結局、尋ねて来たのはエーリヒと元騎士団長のベルンハルトだった。


騎士団長のベルンハルトは俺の剣の師匠で、ハズレスキルなものの、努力と工夫、人望で騎士団長までに登りつめた。


そして屋敷の応接室に向かう。


廊下に護衛の騎士二人が立っていて、重そうな扉が開かれた。


「お坊ちゃま、元気そうですね」


真っ先に声を駆けてくれたのは執事長のエーリヒだった。


「エーリヒも元気そうだな。馬車での旅は大変ではなかったか?」


「いや、流石に堪えました。ベルンハルトめと違って、わたくしめはこの通り、繊細な体の造りをしておりまして」


懐かしいかつての家臣との会話に心が弾む。それにしても相変わらずの毒舌だ。何故なら。


「エーリヒよ。お前、俺が筋肉バカだと遠まわしに言っていないか?」


「遠まわしになど言っておらん。そのままの意味じゃ」


「余計酷いだろう?」


いつもの二人の掛け合い漫才に苦笑する。


「よく来てくれた。俺は嬉しい。正直、二度と会えないかと思っていた」


「アルお坊ちゃま。またお坊ちゃまのお手伝いができればと思い、はせ参じました」


「いや、賢者がアル様を追放したと聞いて、撤回しろと駄々をこねて、聞き入れられなかったから、出奔したものの、失業して困ったから坊ちゃんを頼ってきただけだろう?」


「そういうお前も同じじゃろ?」


すっかり上機嫌になっていたが、養父に『座ったらどうか?』と促されて気がついた。


「申し訳ございません。ご紹介もせずに……」


「かまわない。話すのならば、まず、みな座ったほうが良いね」


応接室はちょっとした会議室も兼ねており、広い机とゆったり座れる椅子もあった。


「今日、この話しあいの場を設けた理由はアル君との面会だけでなく、移住についてだね」


驚いたことに最初は数人かつての家臣が来てくれたものと思っていたが、百人単位で駆けつけてくれていた。受け入れるにもそれなりの準備が必要だ。


「予定では五百人前後が来る予定です。そこでご相談なのですが、街の近くに小さな村を作る許可をいただければ後は我々で何とかできるかと」


「エーリヒはアル様に雇ってもらおうという腹だったんだが、誘ってない奴らまで移住したいって言いだして、既に百人近くが到着しているんだ。先に居場所を作ってやらんと、居場所に困るヤツらが出かねん。この街の近くの山麓に温泉が噴き出たという話を聞いて、ちょうどいいからそこを開拓しようってね」


あ、それリーゼが爆裂魔法で見つけた温泉だが。


「それとできれば、この領の行政府で雇ってもらいたい人材がいるのですが……」


なんと、俺を頼って来たのはエーリヒとベルンハルトだけじゃなかった。


税務官、都市整備部、産業復興部の責任者。ほとんど、ベルナドッテ領の行政府全員だ。


それは、確かにちょうど良い。辺境伯イェスタを見るとコクリと頷いた。


「確かにちょうどいい場所だね。整備したくても人出不足で頓挫していた場所でね」


温泉地に宿屋や休憩所を作り、観光客や湯治客を呼ぶ。道路の整備、宣伝……などなど、開拓にはいくらでも人員が必要となる。


「では。都市整備部アドラーに開発を任せて、財務面を税務官ディッキーが見れば良いですかな」


「ちょうどいい。この街の近場には観光地が必要だと思っていたが、人材面で難しそうだったから、助かるな」


「坊ちゃま、それだけではないでしょう。ざっと調べましたが、この領地は治水灌漑が良く整備されていますが、産業の復興がまだのようで、坊ちゃまは開発するおつもりでしょう?」


やっぱり、バレているか。彼は俺の領地経営の師匠なので、当然だが、先回りしてこの領地の情報はチェック済らしい。


「おお、若い頃の血がたぎる。この領地は可能性にあふれている。魔物は多いものの、土地は肥沃、農作物の出来高は高い。それに手つかずの港や道路、橋の開発もまだ」


「ちょっと待ってね。そんな急に開発する資金はないね。恥ずかしいが、この領は領民を食わすのがやっとで、王都への税の支払いと灌漑治水の整備でだいたい、領の金庫は空になるね」


歳出を気にしているんだろう。それはそうだろう、だが俺達は金融ギルドの知り合いがいる。


「臨時予算編成は俺に任せてください。金融ギルドにコネがありまして、辺境領債を発行しようかと思います。この領は食料自給率が高いし、信頼度も高いから低い利率で発行できます」


「辺境領債? 大丈夫なのかな。借金なんだよね? 領民が困ることは許可できないよ」


イェスタ辺境領伯の言うことももっともだ。俺達はベルナドッテ領で慣れているが、発行したことがない辺境伯には不安だろう。


「では、先ず温泉街への道路を作るための辺境領債を1000万ディナール位を発行して様子を見てはどうですか?」


「それ位なら、財政を圧迫することもないね。わかった。君たちの領地経営の手腕を信じる」


今後の方針をおおまかに確認して、近況を聞く。俺を心配して来てくれたことはわかるが、それにしてもずいぶん思い切った移住だ。あまりにも思い切りが良すぎる。


「実は坊ちゃまがベルナドッテ領を追放されることは以前からわかっておりました」


エーリヒは突然決めたわけではなく、1年ほど前から計画していたことだという。


「本当は、つての男爵家へ養子として出してもらう予定だったのですが……」 


予定が狂い、突然実家を追放されたので、後手に回ってしまったわけか。


そこまで俺のことを考えてくれていたなんて……家族よりずっと。

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