第6話なんか柔らかいものが当たっているんだが?

そして、デュッセルドルフへの道すがら。


馬車に揺られながら、俺はクリスの身の上話を聞いていた。


「──そう言えば」


「クリスはこの4年間に何があったんだ? 殿下の婚約者だったから、やっぱりそれ関連で色々あったりしたのか?」


「……そうね。色々あったわ」


クリスが今日遭ったエリアスからの逃走劇。後ろに第一王子カール・フィリップの差し金があったことは間違いない。


だが、何故彼は仮にも婚約者だった彼女を……ましてや処刑、殺してしまおうだなんて、正気の沙汰とは思えない。王族こそが秩序を無視するような行動を差し控えるべきだろう。


クリスは少しずつ話してくれた。王子の婚約者となって、将来の王女に相応しい品格を持つように。王族の一員として、責務を全うできるだけの学業、立ち振る舞い、全て全力で学んだ。


だが、……何もかもが、おかしいことだらけだった。


「カール様は自ら都合が良いようにしか理解できない。何もかもがカール様が中心になるために不都合なものはなかったものとし、何もかも筋を捻じ曲げて、それこそが正しいと一方的に断定するの」


「確かに殿下の良い話は聞かないな。かなりたくさんの下級貴族が酷い目にあったと聞いた」


「ええ、それは酷いわ。彼らは無実よ。私と同じように難癖つけて、酷い目にあって」


確かにここ数年、殿下という魔法の天才が現れて、これは勇者の再臨かとの声も聞かれた。


だが、彼の圧倒的な魔法は王子を絶対的な存在として扱い、善悪の区別などなされない。


ただあるのは、王子への一方的な信頼。


「私は誤った殿下の考えを正したかった。一方から見るのではなく、違う角度から物事を考える。だから、いつも殿下に忠告を言い続けた。特に亜人への待遇は改善したかった」


『誰が言っているかではない。何を言っているかだ』


これは王国の建国の勇者、初代国王が残した言葉だ。この国の誰でも知っていて、誰も守っていない有名無実の国是。


誰が言っているかではない。そう、初代国王は身分のある者の言っている事が無条件に正しいとしてはならない。その者の言い分が如何に尤もなことなのかが重要だと言っているのだ。


「カール殿下は問題があると、いつも身分や自分への忠誠心だけで善悪を判断するの。そして、都合がいいように解釈して、正当な意見が潰されてしまって。それに、カール様に近づく者はより優遇されるの」


「……酷いな」


俺は大体察する事ができた。ここ数年、貴族社会の腐敗ぶりは辺境の俺が住んでいた領地にも聞こえてきていた。罪もなく、ただ気に入らないというだけの理由で貶められる下級貴族。


そして、平民や亜人達はまともな法的な正義の恩恵に預かる事ができない。


横暴な貴族により、虐げられた彼らがどれだけ涙を呑んだか?


俺は知っている。俺の領土にはたくさんの移民がいた。他の領地で虐げられた者達が平等な法遵守をしている俺がいた領に流れ着いたのだ。


全ては執事長のエーリヒさんの考えだ。彼は領民に支持されるには、公平な裁判と公平な措置、そして領民を食べさせていくことだけだと言っていた。


だから、俺のいた領地は法の下、平等だ。それが叶ったのは俺の両親が領に対して無関心で遊び呆けてばかりいて、全て執事長のエーリヒさんに任せっぱなしだったからというのが情けない。


「おかしな話がね……それが全て通ってしまうの」


「つまり、高級貴族や王子殿下の側近の意見や都合だけが通って、他の者の真っ当な意見が潰される? ということか?」


「そうよ。先日も下級貴族の女の子が、上級貴族の女の子にイジメを受けて……下級貴族の女の子は必死に学園の先生に訴えたのに……なのに、上流貴族の味方になってしまって。彼女はカール殿下の取り巻きだったの。それで、私、殿下に意見して……」


俺は自分の幼馴染を見直した。殿下に意見するのは、かなり危険だ。だが、勇気ある行動だ。


婚約者である彼女以外にはできないことだろう、だが。


「察しはついているとは思うけど、そんなことが過去に何度もあって、それでね……」


クリスはふっと、笑うと、吐き出すように言った。


「婚約破棄されちゃったの。正直、殿下のことは嫌い。あんな人を見下すことしかできない人……でもね、正直、流石に婚約破棄されたのは辛かった。パーティの最中だったのよ」


上級貴族は晩餐会やお茶会など行事が多い、殿下の婚約者だったクリスはそんな衆人環視の中で婚約破棄されたのか……酷い話だ。クリスへの当て付けだろう。


「その、なんて言うか、クリスの運命の人は殿下じゃなかったんだよ。きっと、クリスに相応しい人に出会うよ」


俺は心の底から幼馴染のことを思って言った。


「もう、会ってるわよ」


「へ?」


「もう、いいから」


何故かクリスはご機嫌が斜めになってしまったけど、更に続けた。


「それだけじゃないの。あなたも知っているでしょ? 私の父様は昔から亜人の待遇改善に尽力してきたの。私もそう。だけど、カール殿下は彼らは人間じゃないって……魔法も満足に使えない亜人は神に選ばれた人間じゃなく、人以下の存在なんだと」


「酷いね。俺の領地にも亜人の人はたくさんいたけど、みないい人ばかりだった。身分や出自で何もかもが決まる筈はないぞ」


「そうよ! 私、何度も殿下に訴えたんだけど、それどころか、殿下は亜人の人権まで取り上げようと考えているの」


亜人の人権を取り上げる? ただでも亜人の地位は低い、法的に平民や、ましてや貴族とでは比べようもない。その亜人から人権を取り上げるってどういうことだ?


「人権を取り上げるって、どういうことなんだ? 今でも彼らの立場は低いのに」


「王都の貴族が亜人を趣味で殺したり、勝手に奴隷として拐ったりすることを許すつもりなのよ。貴族の中に、亜人狩りって言う遊びがあるの。あの人達は……遊びで亜人を追い詰めて、殺して悦に入るの。私、許せない。人の命をおもちゃみたいに扱うなんて」


俺は驚いた。ただでも腐ったこの国の貴族達だが、そこまでモラルが低下しているとは思わなった。


それに亜人と聞いて、真っ先に頭に浮かぶ少女がいた。


エルフの奴隷リーゼ。昨年の飢饉の際、たくさんの亜人が困窮して奴隷へ身売りしていた。そんな彼らを俺とエーリヒさんは僅かだが救った。そんな中にリーゼがいた。


彼女は領地での俺の世話係で、俺は自身の妹のように可愛がった。家族から愛されなかった俺にとって執事長のエーリヒとリーゼは家族のようなものだった。


俺は疑問に思ったことを言った。なぜ、ここまで貴族達は腐ったのか?


「でもなんでここのところ、貴族達はこんなに急速に腐敗してしまったんだ? 確かに元々腐っていたけど、最近加速しているように思えるのだが」

クリスは俺を見据えると。


「全ては殿下が原因よ。殿下は魔法の天才、昨年まではあなたの父様の賢者の再臨かと言われていたけど、最近はそれどころか、初代勇者の再臨だなんて。殿下の魔法の力はそれだけ飛び抜けていて、今は騎士団に帯同して、各地の災害級魔族の討伐に成功しているの」


つまり、殿下が英雄であるが上に、彼の間違った言葉が貴族達に蔓延しているのか?


「殿下は自分の考えを微塵も疑わないの。そして、周りの貴族達は諌めるどころか殿下に陶酔して、それどころか、自身の了見違から目を覚ましてくれる賢人のように思っている始末なの」


「つまり、殿下が強すぎる魔法を持っているが故、その殿下が誤った考えを持っているが故に、ということか?」


「そうよ。この国は魔法が全てで、強い才能魔法を持つ者が全て。それで全てが決まってしまうから。そして、一番強い才能魔法を持つ殿下の言葉は全てにおいて正しいことになるの」

俺は嘆息すると呟いた。


「才能魔法なんて、生まれつきのもので、何の努力もしていないものなのにな」


この国の矛盾。それを俺はしみじみと感じた。この国では全てが魔法の力。だが、魔法だけで国が運営できるわけじゃない。実際、俺が敬愛するエーリヒはハズレスキル持ちだ。でも、スキルとはなんの関係もない領地経営の天才だった。


彼のおかげで、実家の領地がどれだけ潤っているか? どれだけ領民に感謝されているか?

今、その矛盾がこの国を支配している。その象徴がカール王子なのだ。


お弁当を食べ終えて、話が落ち着いたところで、突然クリスが俺の腕に手を絡ませて、俺にしなだれかかって来た。


「アル、お願い、今はこうさせて、私に甘えさせて」


「あ、わかった」


当然のことだ。それに。


ものすごく柔らかい、多分Fカップの胸が俺に思いっきり当たっているんだが。

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