第4話幼馴染がチョロインになっているのだが?

「久しぶりだな。兄貴……しかし……感心しないな。女の子にこんなことを…… それに何の罪もないのに殺してしまうなんて、おかしだろ?」


「な!? お前はまさか……あのアルベルトなのか?」


兄、いや兄と呼んでも、否定されるだろうことはわかっていたが、あえてそう呼んでみた。


案の定、先程までとはガラリと変わってご機嫌斜めの兄、エリアスが苦虫を嚙み潰したような顔をしている。


「ああ、アルベルト、アルだ。……兄貴はずいぶんと変わったようだな……」


「お前に兄と呼ばれる筋合いはない! もうお前はベルナドッテ家の人間じゃない、先日実家を追い出されたばかりだろう。てっきりとっくにのたれ死んだと思っていたが。……生きていたとはな。腹立たしい!!」


すっかり不機嫌になり、突然顔色が豹変する。


「いや、考えようによってはこの手で始末してやろうと思っていたヤツが向こうからノコノコ現れたんだ。お前、一体何を考えているんだ? まさか、私と対面して嬉々として姿を現したのか? 安心しろ、お前はそこの小娘を始末した後、すぐに殺してやる」


「だから、さっきからやりとりを聞いていたら、令状もなく捕縛も、殺生も法律違反だろ?」


「呆れたな! 殿下に死を賜ったそこの令嬢にしてもお前にしろ、生かすも殺すも殿下の信頼の厚い私次第に決まっている。そんな有名無実な法律を盾に、正当性を主張する気か?」


「規律を守り、慈愛と博愛の精神を持つことがユグラドシル人の矜持と学校で教わったのだが……」


どちらにしろ、衝突は避けられないだろう。


幼馴染のクリスを守るためなら、俺は自重しない。


エリアスは敵意がはっきりと見てとれる表情で睨みつけるが、すぐにどうでもいいとばかりに鼻を鳴らす。


「まあ、ちょうどいい。二人ともまとめて始末してやる。父上からも、我が家の恥を密かに始末しようと相談していたところだ。そうだな、お前ら仲が良かったな、これは慈悲だ。二人仲良く安心して死ね」


「どうやって? と聞きたいんだが?」


「ふざけるな! 神級魔法も持たないただのハズレスキル持ちのお前に何ができる! お前はただいたぶられて、見苦しく這いつくばって死ぬんだ!」


「……這いつくばるだと?」


幼馴染のクリスは俺を見上げると。


「ありがとう。アル、でも、エリアスはとても強い魔法使い、その、関わらない方が……」


気丈なクリスは命の危機に際しても、尚、俺を思いやる心を持っているようだ。


この子が謀反を企てた? この子を守るべき法がない? 俺は憤りを感じた。


「幸いあの後スキルが覚醒してね。俺、結構強くなったんだ。だから、それなりのことはできるんだ。例えば──」


不敵な笑を浮かべて、愚かな兄に蔑む視線を向ける。


「──あの馬鹿兄貴をボコボコにする、とか」


「ッ!!」


クリスは俺の言葉の真実味を測れず、戸惑っているようだ。


その後、俯いて、目線を彷徨わせ。


「……でも、これは私と殿下の問題。アルには関係のない話だよ。こんなに……醜くて、見苦しい諍いに巻き込まれる必要なんて無いわよ。だから、あなたは」


クリスはアルを見た瞬間、嬉色に満ちた笑顔をしたが、すぐに元の絶望に染まった少女へと変わってしまった。彼女が俺を遠ざける理由……それは、探査魔法でやりとりを聞いていてわかった。


主犯は第一王子カール。殿下を敵に回すことがどんなに危険なことか……


それは重々承知している。クリスは優しさから俺を遠ざけようとしている。


だが、例え、どんなことがあっても。


「クリス。君、言ったよな? どんなことがあっても私を守りなさいって?」


「……え?」


クリスは子供の頃から勝気で、アルにも散々悪態をついていた。その癖。


『アルは一生私を守るのよ。あなたは私の勇者なんだから!』


クリスは強気な性格の割に臆病な一面があった。蛇や虫などが苦手で、いつも俺に助けてもらってばかりいた。


「いつも言っていただろう? 俺は一生君を守らなくちゃ駄目なんだろう? それに……君だけが魔法の才能の無い俺に優しく接してくれた。クリスがいなかったら、俺の心は折れていたよ。今、ここにいるのは、君への恩返しと、君との約束を守るためにあるんだと思う」


「ア、アル?」


「俺はクリスに恩返しがしたいんだ」


二人のやり取りを聞いていて、エリアスは不愉快なのか、何度もアルに殺意のこもった目を向ける。


クリスの方は俺の言葉と様子を驚きとともに見つめていたが、やがて。


「……そ、そんなことを言われたら」


少し切なげにクリスは笑った。多分、例え俺が本当に強くなっていなくても、俺がクリスを見捨てる筈がないことを知っているクリスは……どうせ死ぬなら俺と一緒に……そしてそれでいて一縷の望みを込めた期待を込めて。


「どうしてアルはいつもこんなタイミングで、こんなふうに現れて、そんなことを言われたら……私、縋りたくなってしまう」


そして、クリスは。


「……助けて! アル!」


今度は躊躇せず、アルに大きな声で伝える。


しかし、そのやり取りを聞いている間に兄、エリアスが激怒する。


「いい加減にしろ!! さっきから黙って聞いていれば!! いい気になるにも程があるだろうがぁッ!!」


口角を釣り上げて嗜虐心をたたえ、歪んだ顔は見苦しい。


「強くなったのかどうか知らんが、私に勝てるなどと、本気で考えていること自体が不愉快だ! 亜人であるお前が魔法で貴族である、私に勝てる訳がないだろう!!」


俺はスライム召喚でかなり強くなっていた。


もちろん、エリアスの馬鹿兄貴に勝てないかもしれない。だが、幼馴染のクリスをむざむざ殺されるなど、黙って見ていられない。


それに、この馬鹿兄貴の前にして気持ちが収まらない。


「できるもんなら、やってみな。殿下の腰巾着様」


「き、貴様!」


兄に急激に魔力の高まりを感じる、そして、俺も戦闘体制に入る。


兄は完全に切れた。もっとも、俺もとっくに切れていたが。


「【我の魂よ、女神をたたえよ。わたしの内にあるものはこぞって聖なる御名をたたえよ。その者はケファに現れた女神の為】サモン・スライム!」


俺がスライムを召喚すると、エリアスは。


「ギャハハ!! 強くなっただと? 一体、そのスライムで何をする気だ? 正気とは思えん」


「……」


俺は無言で準備をした。スライムは囮だ。身体強化魔法(小)を心の中で発動する。


「主 は 焼きつくす火、万軍の主 は 焼き つくす 火 の 炎 を もって 臨まれる、燃え盛る火はその真価を我が身に示せ―――」

馬鹿兄貴が魔法詠唱に入る。詠唱終わるまで待っている馬鹿いないよな?


ドゴォォォォォォォン!!


轟音と同時に、兄貴に急速に近づいてアッパーカットをお見舞いする。


何故か爆音が聞こえる。


「……え?」


「ウガガアアアア!!」


間抜けな俺の声に反して、兄貴は忽然と姿を消した。大きな悲鳴だけを残して。


「兄貴、何処へ行ったんだ?」


「う、上よ、アル!?」


上を向くと、兄貴がはるか高い空に吹っ飛んでいた。


「……は?」


俺は意味がわからず、目をぱちくりさせる。


い、いや、スキル攻撃力アップ(小)だぞ。それを発動して兄貴を殴った。


人間を殴ったのは初めてだが、大型の魔物だと、吹っ飛んだりはしなかった。


これじゃ、まるで神級の身体強化魔法で殴ったみたいじゃないか?


攻撃力アップ(小)て、ハズレスキルだよな?


おかしい。


たしかにおもくそ殴ったが、普通、あんなに吹っ飛ぶか?


俺はただ、ハズレスキルで魔法詠唱を中断させようとして殴っただけだぞ。


「え?」


「へ?」


「は?」


その場にいる誰もが、素っ頓狂な声をあげる。


さっきまで殺意を向けていた兄貴の部下たちも、すっかり度肝を抜かれてしまったようだ。


ぽかんと口を開けて、兄貴が飛んでいる放物線を目で追っている。


「…………ぎゃぁぁぁぁああああ!!」


放物線の最高位で悲鳴をあげた兄貴が、上昇から落下に起動を変えると、落ちてきた。


情けない悲鳴をあげながら、見苦しい姿のまま、万歳して手足を大の字にして地面に激突する。


――― ドォォォォォン!!


兄貴は地面深くまで窪んだ穴を作って入ってしまった。


万歳の形の人の形の穴が地面に開いている。漫画以外で初めて見た。


流石に死んでいると、気分が悪いので、生死を確かめに穴を覗くと、兄貴はまだ生きているようだ。ぴくぴくとゴキブリみたいに手足を動かしている。


いや、殺意はあったけど、予想外の威力だし、よく考たら、クリスに未だ何もしていなかった。未遂の人間を殺してしまうのは、例えこの馬鹿兄貴でもあんまりだとおもったから、正直、ちょっと安心した。


「ち……ちょっと!」


クリスが驚いた顔で俺を見ている。普通、喜ぶところだと思うが?


クリスは続けて俺に質問してきた。


「ア、アル……いま、なにをしたの?」


いや、それは……


俺は正直困った。実際、俺にも良く分からん。


「身体強化(小)のハズレスキルを発動して殴っただけだ。当たりどころが良かったようだが」


「「そんな訳、あるかぁああああああ!!」」


何故かエリアスの部下達に突っ込まれた。


「そんなこと言ったって、マジそうなんだが?」


身体強化(小)て、ちょっと身体能力が上がるだけのヤツの筈だが……


俺は段々自信が無くなってきた。


「流石は賢者様の息子……スキルが無くても、何か魔道具か何かを……卑怯な!!」


「はあ?」


マジむかついた。神級の魔法の使い手にこんなに大勢の手勢で女の子一人を追い詰める輩に卑怯扱いされた。卑怯なのはむしろこいつらの方だと思うのだが。


「油断しなければ、所詮魔道具! インチキな能力に遅れは取らん!」


「そうだ、おとなしくしろ!」


なんかムカついた。こんな卑怯な奴らに卑怯だとかインチキだとか言われてるのだが。


俺は召喚済のスライムに命じた。みなスライムごときと見くびっていたのか、ノーマークだ。


「行け、スライム!!」


『ぴぎゃー!!』


バシバシバシバシバシバシ、ドゴーン、ゴゴッゴゴゴ!!


「「「「あぷっ! ぷぎにぎゃあああああ!!」」」」


なんか凄い音と声がして、次々と騎士達が素っ飛んでいく。

なんか一瞬で、騎士団が壊滅したようだ。すると。


スキル【簒奪者】により、スキル【神級火魔法】を入手しました。


マスターへのスキル付与がなされます。


スキル【上級火魔法】が付与されました。


スキル【上級土魔法】が付与されました。


スキル【上級聖魔法】が付与されました。


経験値上限に到達。スキル【身体強化(小)】が進化、【身体強化(中)】になりました。


「ア、アル? ……あ、あなた何したの?……」


クリスまで聞く?


クリスはポカンと口を開けて俺の顔を見つめていたが、気のせいか頬が赤くなった。


可哀そうに、兄貴に吹っ飛ばされた時に擦りむいたんだろう。そんなことを思っていると。


「わ、私、別にアルの勘違いだからね! 助けてもらって、嬉しくて、今すぐキスして欲しいとか! この隙に乗じて、お付き合いしてもらって、恋人なるとか、お似合いの2人になるとか、未来のお嫁さんになるとか! 結婚式場はもう予約した方がいいとか! 思っている訳じゃないからね!」




……どんだけちょろい? クリス? しばらくみないうちに俺の幼馴染は立派なチョロインに成長していたのだが?

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