第3話幼馴染が吹っ飛んで来たんだが?

その頃。ちょうど、アルがスライムを使って、街道を無双しつつ、辿り着こうとしていた街の近くの人気のない草原。


「はぁ、はぁ──」


少女の息遣いが荒い。


彼女は必死に走っていた。そして時々後ろを振り返る……何かから逃げるように。


その時、彼女の後から声が響いた。


「ふっ! ははははは! 無駄ですよ、この私からは逃げられませんよ!」


声に気がついて、少女は追ってを全く振り切れていないと知って、その表情が曇る。


それでも逃げようと足掻くが、すでに体力を消耗しているのか、足元がおぼつかない。


「いい加減諦めては如何ですか? 抵抗しても無駄ですよ。──クリスティーナ……様!」


「っ!」


逃げ切れないと悟り、その美しい顔が歪む。


「何故!!」


彼女は悲痛な表情で叫び声をあげる。


「何故なのです!! カール殿下!!」


侯爵令嬢、クリスティーナ・ケーニスマルク。


ケーニスマルク家の令嬢であり、12歳の時、第一王子カールと婚約した。


そして、アルの幼馴染でもあった。


アルが王都を離れるまで、二人は仲良く遊ぶことが多かった。だが、クリスはこの国の王子の婚約者に内定してしまい、アルが辺境へ住むようになった一因でもある。


アルにとって、魔法が苦手な彼を蔑ろにしない唯一無二の存在が彼女だった。


だが、第一王子殿下の婚約者となったからには幼馴染だからと言って、アルが容易に近づいて良い存在であるはずもなかった。


彼女はこの4年間で、王子殿下に相応しい立ち振る舞い、教養、礼儀作法を学び、立派な令嬢へと育っていた。


そして、その愛らしかった容姿は更に美しさが増し、シュタルンベルクの宝石と評されるほどの美少女となっていた。


そんな彼女が何故追われているのか?


「クリスティーナ・ケーニスマルク嬢……いい加減に諦めてください。あなたには……国家転覆を目論んでいるという疑いがあるのですから!」


「わ、私はそんな大それたことは考えておりません。どこにそんな証拠があるのですか?」 


彼女には全く身に覚えのない嫌疑。一体何のことだか、さっぱりわからない。


そして、彼女を追い詰めていたのは……エリアス・ベルナドッテ……アルの兄であり、第一王子の側近。本来ならば彼女を警護すべき者。


彼女は突然、近隣の街へ向かう馬車が襲撃されて、警護の騎士団に命からがら逃がされたものの、エリアスが指揮する兵とともに、とうとう追い詰められることになるなど想像もできなかった。


「……いくら殿下の側近でも、そんな根拠のない疑惑をかけて……あなた、令状は? 令状もなく、仮にも侯爵令嬢である私を捕らえようなんて、違法行為よ!! とても許されることじゃないわ!」


「はは、逆ギレですか? 悪人にそんな細かいことを気にする必要もないでしょう!」


いや、悪人であれば、法を犯しても構わないという話はないし、そもそも濡れ衣だ。


だからこそ、正式な令状もなく、クリスを追い詰めるのであろう、アルの兄、エリアス。


しかしクリスに一体何があったのか?


アルの兄、エリアスは嗜虐心に満ちた笑みを浮かべると。


「確かに令状はありませんね、今はね。だけど、何故そんなモノが必要なのですか? ……あなたはカール様は捕縛、いえ処刑を命じられたのですよ!」


ぎりりとクリスは唇を噛む。かつての婚約者にそこまで疑いの目を向けられるとは。


「殿下はあなたの謀反を事前に察知して、あなたを密かに処刑せよとおっしゃったのです!」


「……そんな無茶苦茶な! それに裁判もなく一方的に死罪になるなんて!」


「ユグラドシル王国の第一王子殿下にして英雄のカール様が仰っているのです。偉大なユグドラシルの人間ならば、大人しく、死を賜りください。この際、罪の有無などどうでもいいことなのです。あの方が誤ったことをされる訳がないでしょう?」


滅茶苦茶である。そもそも、人は間違える生き物であるし、カール王子がどれ程過ちを犯す人物かを知るクリスには歯痒い。


それを指摘し続けたからこそ、婚約破棄までされて、傷心を親戚の辺境の領地で癒やそうとするや否やのこの所業である。


そもそも、王族だから、英雄だからと言って、法を無視するなど道理に反している。


それ自体が既に誤りなのだ。


……だが。


この無茶苦茶な話は通ってしまうだろう。今のこの国はカール王子を象徴として、国全体がおかしな方向に向かっている。


おかしな話がまかり通っているのは、カール王子の周辺だけではない。


国のトップがそれだから、権力者の意見は絶対であり、周りもそれに異を唱えることなどありえない。実際、異を唱えた自分が死地にある。不当に。


このままだと自分の身は?


彼女の持つ神級聖魔法は治癒の為の魔法であり、戦には向かない。


しかし、例えそうであっても、生を諦めず、クリスは魔力を高めて戦闘準備に入る。


「おや、おや、おや? まさか! これは一体! 全く、罪人と言うのは何故これ程見苦しいのでしょうか? まあ、足掻くだけあがきなさい。せっかく楽に死なせてやろうとおもったのにね」


クリスが魔法詠唱に入る。それを聞いて、エリアスは歪んだ笑みを浮かべながら。


「お前たちは何もしなくてもいい。彼女は仮にも貴族……それも神級魔法の使い手、せめて同じ神級魔法の使い手の私が死なせてやるべきだろう」


周囲にいる兵士たちにそう告げると、やはり魔法詠唱に入った。


エリアスの魔法は火の神級魔法『紅蓮の祝福【プロメテウス・ブレイズ】』。火の攻撃魔法の最上位魔法だ。エリアスが第一王子カールの側近であることを証明する、強力な魔法の才能。


だが、先に呪文詠唱を終えたのはクリスだった。


「光あれ、地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動さん『暁光の慈悲【ヒューペリオン・ブレッシング】』!!」


クリスの背後に複数の光球が展開する。しかし、続いてエリアスの呪文も完成する。


「主 は 焼きつくす火、万軍の主 は 焼きつくす火の炎をもって臨まれる、燃え盛る火はその真価を我が身に示せ『紅蓮の祝福【プロメテウス・ブレイズ】』!!」


エリアスの頭上にも赤い炎の光球が燃え盛る。


それはクリスの光球より一回り大きく、絶対的な自信を見せる笑顔を見せて、嘲りを含んだ声でクリスに呼びかける。


「さあどうぞ、先に攻撃してみてください。……最も、私に傷の一つでもつける事ができるのならばね!」


クリスは堪忍袋の緒が切れた。エリアスの自信は当然のものだ。彼の攻撃魔法は数ある神級魔法で授かる魔法でも最上位のもの。しかし、クリスの神級魔法は攻撃魔法ではない。


本来、傷ついた人々を癒す聖なる魔法。それをクリスはただ、魔力を凝縮しただけの光球としていた。


魔力を火という物理現象に変えているエリアスの火の魔法と、ただの効率が悪い魔力の塊のクリスの魔法、どちらの方が威力が高いのかは、明白だ。


それが分かっていて、いたぶるこの男の無慈悲。つい、本来の地が出る。


「じゃかましいわ! このいちびり!! キモイ! いーかげんにさらせ! ぶっ殺す!」


深窓の令嬢は母が関西出身ということ、子供の頃から信じがたくお転婆で、毒舌。


「は?」


「ええから死にさらせやぁ! 暁光の慈悲!!」


クリスの攻撃魔法がエリアス目がけて飛んでいく。しかし、エリアスは余裕の表情で一言発する。


「紅蓮の祝福 !!」


結果は一目瞭然だった。クリスの魔法はたった一発のエリアスの魔法でかき消される。


そして、全ての光球を打ち尽くしたクリスと、まだ多数の光球を擁するエリアス。


「くっ、殺せや!」


「はははは、あっははは!」


哄笑を上げてエリアスは悠然と手をかざし、光球を更にクリスに放つ。


「まあ、少し遊んであげましょう。じわじわと真綿を締めるように殺す方が楽しそうだ」


「ッ、この……っ!」


クリスはなおも呪文を詠唱して次弾をエリアスに放つが、それもエリアスの最初の呪文の残りの光球にあっさりとかき消される。


技術の差ではない。単純に、魔法の質の問題だ。


「さあ、まずは飛んでもらいましょう! 紅蓮の祝福!!」


「ぎゃぁああああああ!! お前なんて死んでしまえ!!」


クリスはエリアスの火の光球に吹き飛ばされて、空に舞った。


深窓の令嬢とは思えない位みっともないポーズで、空高く吹き飛んで……


落ちた。地面に人型の穴を作って。漫画のように。


「ち、ちきしょう」


クリスの脳裏にはかつての幼馴染、アルのことが思い出された。


アルならいつも助けてくれた。怖い蛇を怒らせた時も父が大切にしていた壺を割った時も。


そんなこともあったっけ、でももうアルとは二度と会えない。


……でも。


この状況で思い出したのは、子供の頃、いつも助けてくれた。アルのことだった。


女神様が本当にいるのなら、この願いを聞き届けて欲しい。


死を覚悟して、最後に泣きそうな声で、彼女は心からの言葉を口にした。


「……助けてよぉ! アル!」


「ああ、もちろんだ」


応えが、あった。


「えっ?」


少女の叫びに応える者がいた。つい先ほどまで自分と殺戮者だけしかいなかった筈の草原に突如として、一人の少年が現れた。

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