ぐうカワばくふっ! ~豊臣彩美のほんとのきもち~
井野 ウエ
一.歓喜の齋藤家
『
大阪幕府 第五十五代征夷大将軍 豊臣彩美』
僕に老中の任命状が届いた。その事実に驚きと喜びの感情が入り混じり、飛び跳ねたい気持ちを必死に抑える。
「お兄、なんか高級そうな紙の手紙だけど、なんて書いてあるの?」
「まりな、お兄ちゃん、老中になるぞ!」
「えええ! ど、ど、どゆこと!?」
まりなが驚くのも無理はない。老中というのは幕府内の政務を統括する常置の最高職。通常体制で処理できない有事の際には
だれもが憧れる老中が、大した名家でもない齋藤家から排出される。これはがむしゃらに勉学に励んだことだけでは、説明しきれない。なぜ僕が老中に任命されたのか、その理由を将軍に根掘り葉掘り伺って、悦に浸りたい。
「今から大阪城に行くから、まりなは留守番しててくれ」
「はいはい。そんなこと言われる歳じゃないって。私もう一四歳だから。勝手に行ってきなよ」
まりなは頬をぷくんと広げる。子供扱いされるのは立腹する年頃らしい。
大阪城門前につくと、「齋藤さま、お疲れ様でッス!」と門番に礼をされ、顔パスで城内に通された。
やけに軽いノリに、警備は大丈夫かと多少疑わしくなったが、既に僕の顔を認識しているところに、幕府内での情報連携の早さを感じる。
二〇三〇年現在、築城から四四〇年以上経っている大阪城は、いたるところがデジタル化されている。先ほど門と言ったが、顔認証付き自動ドアだ。( なら門番いらないじゃん、となるが、僕のように初めて城内に入る人のために待機している )、城内に入ると至るところに電光掲示板があり、最近のニュースやら広告やらが流れている。
今や幕府も経営難。城内の広告で収入を
老中に任命された高揚感で、発令の時刻である午後三時の五時間前に来てしまった僕は、城内を適当に散策することにした。別に怒られないだろう。あと五時間で老中なんだから。
城内広告には大阪名物の豚まんが表示されていた。今ブレイク中の芸人が口元をハフハフさせながら美味しそうに
「おーい! 瑞樹くんだよねー?」
脳内で豚まんの最高の食べ方をシミュレーションしていると、どこからともなく声が聞こえた。その声は異様に小さく、でも近くから聞こえているような、そんな遠近法の垣根を超えた声だった。
「そうですけど、どこですか!?」
とりあえず全方位に響くよう大きな声で元気よく返事をする。
「ここだよここ。おーい!」
下から声が聞こえている? アリか? ミミズか? つい普通ではありえない思考に進んでいってしまう。
ゆっくりと下を向いたその先には、女の子がいた。
「ちょっと待ってて。今サイズ調整するから」
そう言った矢先、女の子は両手を上にあげ、万歳のポーズでグングンと大きくなり、一六〇センチほどに伸びたところでピタリと止まった。
「おうわぁ!」
高音と低音の狭間の変な声が出た僕に、女の子はクスリと笑い話し始める。
「ウチは
「いやまるでなにもなかったかのように!? 今のはなんですか!」
「え? ああ、まあいいじゃない」
平賀さんはあっけらかんと答える。
「いいわけないでしょう! アリが喋ってるのかと思いましたよ」
「ははは、そんなわけないでしょう」
「そうです! そんなわけないんです! だからなにかと聞いているわけで」
「『身長調整装置』だよ。で、瑞樹くんはここでなにを?」
いや、説明不足すぎるっ!
「だから、身長調整装置。昨日完成して、実証実験してたの。被験体は自分でやらなくちゃ。こーんなに大きくなったり、こーんなに小さくなったりするんだよ」
身長なんちゃらなるものの説明をしろ、と無言のまま目で圧をかける僕の思いを、平賀さんは汲み取り大げさなジェスチャーで教えてくれた。それでもまだ言葉足らずすぎるが。
大阪幕府のデジタル化は、エレキテルの復元で知られる発明家・
平賀さんは特寺の制服を着ていた。学生時分で側用人になるとは。どれほど優秀なのだろうか。
「で、瑞樹くんはここで何を?」
「三時から豊臣御殿で老中の発令式があるのですが、ちょっと早く来すぎてしまいまして。
城内を散策しているところです」
「へぇ、暇人だね」
おお、すこぶる剛速球だ。
「でも、瑞樹くんみたいな人が老中に向いてるんだろうなぁ」
平賀さんは首を少しひねり、茶髪の三つ編みを揺らした。
僕の素質について考えているようだ。今の会話でなにがわかった!? と声に出そうになる。
「瑞樹くんはたった九年で特寺を卒業したんだよね。普通一四年くらいはかかるよ。天才じゃん。そりゃ老中にもなるよ。ウチは今年で八年かぁ。あと二年で卒業できたら、もっと良い役職につけるかな」
「九年なんて大したことないですよ。将軍さまは五年で卒業したんですよね。ああいう御方を天才って言うんです」
「なんか彩美公と距離を感じる話し方じゃん。なんで?」
「なんでって、将軍さまですからね」
「ふーん。あ、ちょっと電話」
平賀さんの通話機からリンリンとベルの音が鳴り響いた。もちろん通話機も平賀家の発明品で、今や日本全国に普及している。
「あ、彩美公、え、今からですか? 承知いたしました。すぐに向かいます。ちなみに今、目の前に瑞樹くんがいますよ。代わりますか?」
平賀さんはニヤニヤしている。通話機からは、将軍らしき声がごにょごにょと聞こえる。
「そうですよね。申し訳ございません。では、失礼いたします」
平賀さんは、半笑いで電話を切った。
「彩美公って聞こえましたけど、将軍さまからの電話ですか?」
「そう。ちょっと急用ができたから。ごめんね、今日一日城内を案内してあげようと思ったんだけど」
頼んでないです。
「じゃ、また会うと思うから。これからよろしくね」
そう言って平賀さんは万歳のポーズで小さくなった。なんで小さく戻るんだ。
平賀さんが去ったあと、年下なのにバンバンため口使われてたな! と今更ながらに気付いたが、幕府役人にフレンドリーに接してもらえたことは、少し嬉しかった。
大阪城の奥に進んでいくと、頭に大きなリボンを巻き、腰巻( 身分が高い女性が着る着物 )を着た女の子がしゃがんで何かを探していた。髪は胸元まであり、茶髪のカールだ。視線を髪先に
僕は自分の頬を思いっきりつねった。
「あれー、いないなぁ」
「どうかしましたか?」
僕は気さくに声をかける。老中になるにあたって、できるだけ交流関係は広げておきたいし、その相手が腰巻を着ているとなればなおさらだ。無視なんてしようものなら老中任命前に剥奪なんてことになりかねない。
「あ! ごめんなさい。こんな姿を見られてしまって。えっとですね、なんて説明したらいいのやら、地面から声が聞こえたんです。『おーい!』って! なので小人がいるのかと思って下を見てみたらいないし。でもでも、小人なんて見つけたら世紀の大発見じゃないですかっ! 怨霊とか妖怪とか、そういった
「それ、平賀さんさんですよ」
リボンをふりふりさせながら嬉々として話しているところを遮るのは、少し罪悪感があったが、できるだけ傷口は浅くしてあげたい。
「ええええええ!! 姫花ちゃんだったの!? そんな……」
ああ、これでも十分に深かったか。
「平賀さんさんとお知り合いですか?」
僕は女の子に尋ねる。
「お知り合いというか、友達ですよ。仲良しです」
女の子は立ち上がり、ニコリと満面の笑みで答えた。眩しい、眩しすぎる。
「側用人と仲良しということは、あなたはなにか要職を任せられているんですか?」
「ああ自己紹介がまだでしたね!
まさか! 確かに身なりは高貴だけれども、この
「小人が姫花ちゃんならもう探す必要はないですね。あー暇になっちゃいました!」
「え?」
「空き部屋でゲームでもします?」
初鹿野さんは両手でコントローラを握る
「ん? え?」
「私最近パワプロにはまってるんですよ! カキーンとホームラン、狙っちゃいますよっ!」
「野球ゲームの? 今日のお仕事はないんですか?」
おい文献、なにやら聞いていた話と違うぞ。
「あー、依頼があれば動きますけど、ほとんどは当事者間で解決できますから。私はあまり動きません。連絡がきたら、多くの場合は電子手紙で町奉行としての判断を送付して終わりです。働き方改革ってやつですねっ!」
「そうですか。それはそれは……楽そうでいいですね」
「まあ、そうですねっ!」
初鹿野さんは、僕の顔にピースを近付けおどけた。嫌味で言ったつもりだが、とんでもなく良い方向で受け止めてくれたらしい。
三時までは特に用事はないし、僕もゲームは好きだ。パワプロでボコボコにしてやるかと息巻いたそのとき、初鹿野さんの従者であろう女性が、やる気のない駆け足でこちらへ向かってきた。
「まおさま、町奉行所に依頼の電話が」
「えー、今からパワプロやるから忙しいの」
ええ……。
「ちなみにですが、内容は酔っぱらい同士の喧嘩の仲裁です」
初鹿野さんのまゆげがピクリと動く。
「町奉行の出番だ! 行くぞ皆の衆! なんだか面白そうじゃあないかっ!」
皆の衆って、僕と従者の方しかいないんですけど。
「私は面倒なので遠慮しときます」
従者はそそくさとどこかへ消えた。じゃあ僕と初鹿野さんしかいないんですけど。
「行くぞよ齋藤! 酔っぱらいってのはね、見てると
初鹿野さんは、急に走り出した勢いで転びそうになっていた。
ここまでくれば、初鹿野さんが自分の気の向くままに動く天真爛漫少女ということが嫌というほど理解できた。だがそんな人と一緒にいるのは、案外楽しいものだ。
かくして僕は、将軍
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