特別急行「かもめ」の旅路

第2話 特急「かもめ」、京都発車

 この春新設された特別急行列車「かもめ」に乗って、ある京都大学の助手が旅立つこととなった。

 彼の赴任先は岡山。

 新制の国立O大学理学部物理学科の助教授として、この春より教壇に立つ。

 彼を見送るのは、同じ研究室の石村修。

 実名は「おさむ」だが、その漢字故に、仲間からは「シュウ」と呼ばれている。それは、彼の家族らも同じ。

 1歳年下の彼もまた、この4月から助教授として立命館大学に招聘されることが決まっている。


「堀田さん、故郷に錦を飾らずに素通りして、岡山ですか・・・(苦笑)」

「助教授で錦飾っても、しょうがなかろう。教授になるまではお預けや」

「さよですか、そら、ええ御志(こころざし)ですな」


 石村氏は、母から言付かったちらし寿司を、先輩である堀田氏に差し出した。

「これ、母が、堀田先生にどうぞ列車内でと」

「お弁当までいただいて、ホンマおおきに」

「助教授昇進の御祝に、ちらし寿司です。さして具は、入っておりませんが」

「具なんか入ってなくても、ちらし寿司というだけで、今の私には御馳走や。いずれは岡山名物の祭り寿司でお返しいたしますから、しっかり頑張って参りますと、お母様にお伝え下さらんかな、石村先生」

「恐縮です、堀田先生」


 少し間をおいて、堀田氏が話をつなぐ。発車まで、まだ時間はある。

「ところで石村君は、立命館(大学)に移るとはいえ、京都のままか。あんたはしかし、結婚して子どもさんもできたし、お母さんもいてはるからな。大体、原爆を見るために比叡山に登りますなんて言い出す息子が、今度は飛び出して岡山とか広島とかなってみ、シュウの奴はまた何しでかすかわからんとか何とか言われだして、心配尽きんヤろなぁ・・・」

「ほっといてくださいよ。私はとにかく学生諸君においては、何だかんだでもそのくらいの覚悟を持って実学に励むことを、物理学を通して教えていかなあきません」

「それは素晴らしい御志(こころざし)や。シュウセンセー、その調子で頑張れ! また、学会で会おうな!」

「ほな、堀田さんも、お元気で!」


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 汽笛一声、列車は滑るように京都駅を出発した。

 この頃の機関士や乗客専務車掌といった乗務員として特別急行や急行に乗務できるのは、決まって優秀な者たちに限られていた。

 この日のこの列車の機関士も、間違いなくベテランクラスの熟練者。

 あまり揺れを感じさせず、列車は大阪に向け、すいすいと快走していく。

 しかも、この手の優等列車には石炭は上質のものを使っているから、あまりひどい煙も出ない。

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