第28話 食材の枯渇 追いつめられたレンレン
ダダは相変わらず回る向日葵亭に通っている。もちろんシャン、ノナ、ユウユウ、アモンも一緒だ。
「今日の昼ごはんは、なににしようかな。レンレンちゃん、おすすめはあるかい?」
「鶏のグリルかオムレツです」
「鶏かあ。羊料理が食べたいんだけどな」
「羊肉は入荷できなくなりました。ダダさんのせいです」
「あ? なんだと?」
ダダが口調を荒くし、レンレンを睨んだ。彼女は怯まない。
「羊はファット・ファロファロさんから購入していたんです。ファットさんが、ダダさんが出入りする店にはうちの羊を売るわけにはいかない、と言ってきました。ダダさん、ファットさんのお嬢さんを殺しましたね?」
「殺してないよ。処刑したけどさ」
「同じじゃないですか」
「ちがうよ。殺人と処刑は大ちがいだ」
レンレンは軽くため息をついた。
「じゃあ、白身魚のフライ定食にするよ」
「それもお出しできません。ルカが牢屋に入れられてから、オレン・コーネットさんは漁が手につかなくなったんです。魚もうちの店に入ってこなくなりました」
レンレンはダダにきつい視線を向けた。
「それもボクのせいだと言いたげだな」
「そうじゃないんですか?」
「もちろんちがうさ。ボクは教皇猊下から与えられた任務を遂行しているだけだ。なにも悪いことはしていない。罪は処刑されたり、牢屋に入れられたりした側にある」
「悪魔少女だというだけで罪なんですか?」
「そうさ」
レンレンは深いため息をついた。
「羊や魚がないんじゃ仕方がない。ジビエを食べさせてくれ。鹿でも猪でもどちらでもいい」
「ツツさんを捕らえたことを忘れたんですか?」
「憶えているさ。チェスが異常に強かった女の子だ」
「ツツさんのお父さんは猟師です。彼女が鹿や猪を持ってきてくれていたんです。その入荷もなくなりました。回る向日葵亭はいま、食材が枯渇しているんです。すべて、ダダさんのせいです」
バン、とダダがテーブルを叩いた。
「ボクのせいにするな! ボクはなにも悪くない!」
シャンは無表情でなりゆきをうかがっていた。
ノナはニヤニヤと笑っていた。
ユウユウは顔を蒼白くさせて、胃のあたりを右手で押さえていた。
アモンはうつむいている。
「レンレンちゃん、きみも悪魔少女でしょ?」
ダダが地獄の底から響いてきたような低い声で言った。
「ちがいます」
レンレンは即答した。
「ボクさあ、どんな子が悪魔少女かだいたいわかるんだよね」
「どんな子なんですか」
「きみみたいに綺麗な子」
「ありがとうございます。でも、わたしは悪魔少女じゃないですよ」
「きみはとびきりの美少女だ。パンピー・バンビーノちゃんが亡くなったいま、村で1番美しい。2番目はここにいるユウユウだ。きみもユウユウも悪魔少女だよ」
「ユウユウさんは悪魔少女ですが、わたしはちがいます」
今度はダダがため息をついた。
「強情だなあ。あくまでも認めないつもりだね。ボクはね、外見だけではなくて、雰囲気でも悪魔少女と人間を見分けられるんだよ」
「悪魔少女の雰囲気って、どんなものなんですか?」
「一見ふつうの女の子と変わらないふりをしている。でもたいていの悪魔少女は、1度や2度は殺人を犯しているんだよ。人を殺したことのある少女には独特の暗さがある。それは隠していても、見る目がある者にはわかるんだよ。ボクにはその目がある」
レンレンの顔色が変わる。赤みを失った。
「レンレンちゃん、人を殺したことがあるでしょう?」
「あ、ありません」
「動揺してる。いま嘘をついたね。ねえ、誰を殺したの?」
「殺してません」
「親しい人を殺したのかな。友だちでも殺した?」
「殺してませんったら!」
ダダはアモンの方を向いた。
「ヴィンジーノ家でいなくなった人はいないか?」
「何年も前にアンノン・ヴィンジーノが失踪したことになっています。レンレンの母親です」
「それだ!」
ダダがにやりといやらしく笑い、レンレンの顔を見つめた。
いまや彼女の顔は蒼白になり、額から冷や汗を流している。
「レンレンちゃん、お母さんを殺したんだね。ひどい罪だ。親殺し。重罪だよ。悪魔少女でなくても死刑だ」
「こ、ここ、殺してません……」
レンレンは泣きそうになっていた。
「ビンゴ。声が裏返っているよ」
「お母さんは、と、とと、突然どこかへ行っちゃったんです。殺してなんかいません……」
「その声の震え、どもり、認めたも同然だよ」
ついにレンレンは涙を流し始めた。
そのとき、彼女の父レジンがやってきて、ダダの横に立った。
「お客さん、帰ってくれ」
「回る向日葵亭のオーナーだね」
「ああ、レジン・ヴィジーノ。レンレンの父だ」
ダダはふっと笑った。
「シャン、おまえのリュックを寄こせ」
「はい」
シャンは床に置いていた彼女のリュックをダダに渡した。
ダダはその中から金貨を取り出し、テーブルに積み上げた。
「これで裏庭の向日葵畑を買い取らせてもらう。そこにあんたの奥さんの遺体が埋まっているんじゃないの?」
「遺体なんてない。あいつとはレンレンが幼い頃に大げんかをした。それで、勝手に出て行っちまったんだよ。美人だったからな。いまは他の男と暮らしていることだろうさ」
ダダは金貨を取り出しつづけていた。
「100枚だ。田舎の向日葵畑を買い取るには充分すぎる額だな」
「出ていけ! 金貨などいらん」
「また来るよ。金貨は置いていく」
ダダは立ち去り、神聖少女騎士たちとアモンもレストランから出て行った。
「面倒なことになったな……」とレジンはつぶやいた。彼は娘が悪魔少女だと知っている。
レンレンはうつむいて床を見ていた。
「レンレンは悪魔少女なんかじゃない! おれの大切な妹だ。ふつうの人間だ!」
真実を知らないカラリが叫んだ。
回る向日葵亭には多くの客が入っていたが、皆、関わり合いになるのを怖れて、立ち去って行った。
ダダは悠然と歩き、喫茶店マルガに入った。
人数分の紅茶とサンドイッチを注文する。
「ダダ様、どうしてレンレンをさっさと殺さないんですか。自分に斬らせてほしいっす」
ノナは血に飢えていた。悪魔少女の本質を剥き出しにしている。
シャンはいまも無表情だ。彼女にも殺人衝動はあるが、抑制されている。
「レンレンちゃんはこの村で最後の獲物だ。あの子を処刑したら、マーロへ帰る。じっくりといたぶって、楽しんで殺す」
ダダは悪魔少女ではないが、サディスティックな性癖を持つ男だ。
「ボクはレンレンちゃんが大好きだ。さっきのあの子の絶望的な表情はとてもよかった。興奮したよ」
ユウユウはこんな男に従わなければならない自分の運命を呪っていた。
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