第23話 兵士の娘リリカ ルナルの逆襲

 兵士の娘リリカ・アルゴは17歳。高等学校には行っていない。中等学校卒業後、なにをする気も起きず、毎日ふらふらと過ごしていた。

 父カルハは酒飲みで乱暴者だ。特に家の中で酒浸りになり、不機嫌になる。万年下級兵士で、出世できない不満を妻コリンや娘リリカにぶつけ、殴る蹴るの暴力を振るう。未遂だったが、娘を強姦しようとしたこともある。

 父親から日常的にいじめられ、リリカは無力感に苛まれていた。精神を病み、毎日自殺を考えている。

 苦しい。生きる喜びなんてなにもない。死んでしまった方が楽だ……。

 でも生きていたい気持ちはゼロではない。もしかしたら、この先いいことだってあるかもしれない。

 だけど、毎日がつらい。死にたい……。

 そんなことをぐるぐると考えつづけている。

 彼女はリストカットの常習者だ。ナイフで手首を切る。痛みは感じない。肉体の傷は、精神の傷をやわらげてくれるような気がする。流れる血を見ると、いつでも死にたいときに死ねると思って安心する。

 誰かが手首の傷を見て、「死ぬな!」と言ってくれるのを待っているような気もする。


 リリカはラシーラ川の畔のベンチに座って、夕陽を見ていた。

 美しい夕暮れの風景を見ても、なにも感じない。家に帰りたくないだけだ。

 彼女は右手でナイフを持ち、左手首を軽く切った。リストカットの傷跡でいっぱいの腕に、いままた新たな傷が生まれた。赤い血があふれ出る。

 肉体を傷めると、心が少しだけ楽になる。


「なぜそんなことをする?」

 リリカの背後に、ダダが立っていた。もちろん神聖少女騎士たちとアモンがつき従っている。

「リストカットのことですか? 傷をつけると、気持ちが楽になるんです」

「そんなはずはない。手首を切ったら、痛くて苦しいに決まっている」

「痛みなんて感じません。むしろ気持ちいいぐらい。自分の血を見るとすっとします」

 ダダの目が鋭くなった。

「おまえは割と美しい少女だ。そして手首を切ったのに、痛みを感じないなどと不可解なことを言う。悪魔少女だな?」

「私が悪魔少女? ちがいますよ」

「正体を表せ、悪魔少女。処刑してやる」

「処刑してくれるんですか? 楽に殺してくれますか?」

 ダダは困惑した。彼にはリストカッターの心情など理解できなかった。

「楽に死なせてやる。心臓をひと突きだ」

 彼はシャンの顔を見て、「やれ」と言った。

 そのときのことだった。

 彼らがいるところより10メートルほど下流側の地面から、不思議な生き物が出現した。

 上半身がもぐらで、下半身が人間。

 もぐらの悪魔少女、ルナル・ファロファロだった。


「ダダのバーカ! バカバカバカ!」

 ルナルは変身を解除し、少女の姿になって叫んだ。

「もぐらの悪魔少女! リストカットの女は後回しだ。あいつを殺せ!」

「殺されるもんか。おまえが死ね! 死なないなら、ラシーラ村から出て行け!」

 シャンが剣を抜いて、風のように走った。

 ルナルは地下に姿を消した。

「くそっ! まだ近くにいるはずだ。ユウユウ、音符の悪魔になり、おまえの異能で殺せ!」

 ユウユウは顔面蒼白になった。

「ルナルはワタシの妹のようなものです。殺せません。もしどうしてもやれとおっしゃるのなら、ワタシが死にます。殺してください」

「ちっ、おまえは殺さない。利用価値があるからな」

「最近、大きな土塚が村のあちこちにできて、不思議がられているのです。すべて、もぐらの悪魔少女のしわざと思われます」とアモンが言った。

「その土塚を捜索しよう。なんとしてもあの少女を殺す」

 ダダがそう言い終えたとき、今度は30メートルほど上流側の地面から、ルナルが現れた。

「ダダのアーホ! アホアホアホ!」

「小癪なやつ! ボクがこの手で殺してやる!」

 

 ダダは剣を持って、河畔を上流に向かって走った。

 ルナルがいるところに達する寸前、突然地面が崩れ、彼は地中に落下しそうになった。ルナルがつくった罠、落とし穴だった。彼女はすばやく地下に潜り、ダダの足首を持って、地中に引きずり込もうとした。地面の下はルナルの国。彼女が支配者だ。

 しかし、ルナルの攻撃をシャンが阻止した。

 彼女は有能で、瞬発力のある騎士だ。ダダの上半身を抱え、地面に倒れ込み、穴に落ちかけていた小隊長を救った。

「シャン、助かった! 礼を言う」

 ダダは荒い息をしながら言った。危うくやられるところだった。

「神聖少女騎士として当然のことをしたまでです」とシャンは無表情で答えた。

「もぐらの悪魔少女、危険っすねー。ダダ様を狙ってます」

「土塚がどこにできているか調べよう。次の標的はもぐらの女だ!」

 ダダたちは河畔を上流に向かって歩いていった。


 しばらく後、ルナルはベンチの横の地面から地上に出た。

 もぐら少女から人間の姿に変身する。

「あんなやつらとかかわったらだめだよ」とルナルはリリカに言った。

「あなたは悪魔少女なのね」

「そうだよ。でも悪いことはなにもしていないよ」

「だけど、あの人たちに追われている」

「そうなの。悪魔少女狩り隊は悪いやつらだよ。わたしのお姉ちゃんを殺した。悪魔少女じゃなかったのに」

「悲しかった?」

「悲しかったよ」

「死にたいと思わなかった?」

「思わなかった。生き抜いてやると思った」

「そうなんだ。立派だね……」

 ルナルはリリカの手首から流れている血液に気づいた。

「あなたもつらいんだね。でも死なないで! むずかしいことはよくわからないけれど、とにかく生きて! わたしも地底で生きつづけるから!」

 ルナルは地下に帰っていった。

 リリカの気持ちは一変していた。死にたくなくなっていた。

 ルナルは生気に満ちあふれていた。エネルギーの塊りのようだった。かっこよかった。

 生きてみよう、とリリカは思った。 

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