第15話 リュウ・ジュピタ 蠅騒動
パンピーはいま貨幣崇拝組織ゴールド&シルバーの構成員リュウ・ジュピタと付き合っている。
整った顔立ちの25歳の男だが、目付きが悪い。麻薬の売人で、パンピーにもアヘンを吸わせようとしている。
アヘンはキセルで煙を吸い、多幸感や陶酔感をもたらす薬物だ。強い依存性があり、吸いつづけると廃人になる。
リュウは自らもアヘンの快感を楽しんでいる。
「おまえも吸えよ」
「嫌よ」
パンピーは頑なに拒否している。彼女の目的はリュウの殺害だ。こんな男、好きでもなんでもない。社会の害虫だと思っている。
リュウはパンピー以外にも3人の女性と付き合っていて、彼女たちを麻薬中毒にしている。アヘン吸引をやめると禁断症状を呈し、手足が震え、恐怖に陥り、幻覚を見る。リュウは彼女たちに麻薬を与え、金銭をむしり取っている。その悪行をパンピーは知っていた。いつ殺そうかとタイミングをはかっている。彼女がやったとバレないように実行しなければならない。
パンピーとリュウは昼食を取るため、回る向日葵亭にやってきた。このレストランは村人に大人気で、ふたりも気に入っている。
メニューを見て、リュウがウエイトレスのレンレンを呼んだ。彼女は中等学校の生徒だが、いまは夏休みで、1日中家業を手伝っている。
「ご注文はいかがしますか」
「ビールと羊の串焼きとコーンスープを持って来い」
「あたしは紅茶とステーキ定食をちょうだい」
「はーい。しばらくお待ちくださいね」
レンレンはメモを取らず、注文をすべて記憶して、厨房に伝えた。父レジンと兄カラリがすばやく料理に取りかかる。昼食時と夕食時、厨房もホールも戦争のように忙しい。
ダダとシャン、ノナ、ユウユウ、アモンも店内で食事をしていた。彼らは回る向日葵亭の常連となっている。
レジンはあらかじめ串に刺しておいた羊の肉を炭火で焼いた。カラリはフライパンに油を引き、牛肉を乗せて加熱した。
レンレンが料理と飲み物をパンピーとリュウがいるテーブルに運び、手際よく並べた。
ウエイトレスが他のテーブルに行ったのを確認してから、リュウは死んだ蠅を白いマフィアスーツのポケットからそっと取り出し、コーンスープの表面に乗せた。パンピーはそれを見て、眉をひそめた。リュウのこの程度の悪事は日常茶飯事だが、慣れることはなかった。不快きわまりない。早くこの男を殺したい。
「こらあ、この店は客に蠅を食わせるのか」
リュウが店中に響き渡る大声で怒鳴った。
「申し訳ありません。蠅が入っていましたか」
レンレンが慌てて対応した。
「これを見ろ。スープに蠅が浮かんでいるじゃねえか」
「すみません。すぐにお取り替えいたします」
十中八九、この目付きの悪い男の悪行だろう、とレンレンは思った。しかし、あなたが蠅を入れたんでしょう、とは言えない。入れた入れないの水かけ論になるに決まっているし、この繁忙時に口論に時間を割いてはいられない。
「客に不快な思いをさせたんだ。取り替えるだけじゃ済まさねえぜ。全部の料理を無料にしろ」
レンレンはむっとした。この男が悪の組織ゴルシバの構成員だと知っていた。悪いやつだ。客とけんかしてはいけないとわかっているが、黙っていられなかった。
「わかりました。無料にします。でも、今後一切、回る向日葵亭には来ないでください」
「なんだと、オレを出禁にするってか。それは非を認めてないってことかよ」
「そうではありません。でも店内で大声で怒鳴る人に来てほしくはありません」
「蠅が入っていたから注意したんだ。てめえらがまともな食事を出していたら、おとなしくしていた。悪いのはそっちだ。出禁にするなんて、もってのほかだ。難癖つけやがって。床に頭をこすりつけてあやまれ!」
難癖をつけているのはこの男だ。レンレンは悔しくて泣きそうになった。
「うるさいなあ。食事がまずくなるよ」
ダダが言い、立ち上がった。
「悪いのはおまえだろ。蠅をスープに入れたのを見ていたよ」
リュウの顔面が真っ赤になった。怒りの沸点が低い男だ。
ダダは実は目撃していない。しかし、大方そんなところだろうと見当をつけていた。
「そんなことはしていねえ! ぶっとばされてえのか!」
激しく怒るリュウを見て、ダダは図星だと確信した。
「ボクをぶっとばせるのか? 教皇の甥を?」
ダダの背後には神聖少女騎士たちが控えていた。シャンとノナは剣の柄を持ち、臨戦態勢を取っている。ユウユウはダダとリュウの両方を苦々しく見ていた。
「てめえ、悪魔少女狩りの隊長か」
ラシーラ村で悪魔少女狩りが遂行されているのは有名な事実で、当然リュウも知っていた。
「そうだよ」
「おれは男だ。悪魔少女じゃねえぞ」
「しかし悪質なレストラン営業妨害の犯罪者だ。ボクはこの村を正しく導く司教でもある。見逃してはおけないね」
「営業妨害なんてしてねえ。最初から蠅が入っていたんだ!」
リュウも簡単には引けない。このぐらいですごすごと逃げ帰れば、暴力稼業はやっていけない。
「ゴールド&シルバーのラシーラ村支部長ロッカー・アフリカン。彼もボクには頭を下げるんだよ」
ダダはリュウの耳元でささやいた。
下っ端の構成員は瞬時にびびった。ロッカーは冷酷非道なトップで、気に入らない部下は容赦なく殺す。
劣勢を悟って、リュウは店を出ようとした。
「すみません、このまま帰らないでください。お代をいただいていません」
レンレンは強気だった。
「ちっ、これで足りるだろ」
リュウは銀貨1枚をテーブルに置き、足早に出て行った。
パンピーもつづいて出ようとしたが、ダダに引き止められた。
「きみ、悪魔少女でしょう」
パンピーは顔色を変えた。
「あなた、前にも村長室でそんなことを言ったわね。ちがうわよ」
「調べはついているんだよ。きみの周りで不審な死を遂げた男が何人かいる。悪魔少女のしわざとしか思えない。パンピーちゃんが殺したんだろ」
「証拠はあるの」
「ないなあ。でもボクは処刑権を持っている。疑わしいというだけで死刑にできるんだよ」
「あたしは村長の娘よ。処刑なんかしたら、父が黙ってはいないわ」
「そうなんだよねえ。だから、きみの場合は動かぬ証拠をつかみたいと思っている。悪魔に変身してくれないか」
「あたしは悪魔少女じゃない。変身なんてできない。失礼するわ」
パンピーは逃げるように回る向日葵亭を後にした。リュウなんか怖くないが、ダダは不気味だった。
「あの女を監視しろ、ノナ。最重要の標的だ」
「はーい。証拠をつかんでやるっす」
ダダたちが昼食を終え、店から出ようとしたとき、レンレンはユウユウに静かに話しかけた。
ユウユウの両親は毎週水曜日に回る向日葵亭で演奏会を開いていた。娘が悪魔少女であったことが露見し、さらに村の少女たちを迫害する側についたため、いまは演奏できなくなってしまったが、ムジーク家とヴィンジーノ家の結びつきは深い。娘同士も親しかった。
「ユウユウさん、悪魔少女狩りなんてやめて」
「レンレンごめん。事情があって、やめるわけにはいかないの」
「事情ってなに?」
「ワタシがダダ様に反抗すると、お母さんとお父さんが殺される」
レンレンは黙り込んだ。
ユウユウは悲しそうな表情をして、レストランの扉から出ていった。
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