第7話 悪魔少女狩り開始 犠牲者たち

 ダダ・バルーンと彼の部下の神聖少女騎士たちが悪魔少女狩りを開始した。

 そのことはたちまちラシーラ村全体に知れ渡った。ファロファロ家とムジーク家の朝食のときにその話題が出て、ユウユウもそれを知った。悪魔少女狩りのやり口はおぞましいものだった。


 ダダはまず薬屋の娘で中等学校2年生のリデラ・サロに目を付けた。

 案内係のアモン・ニッケルが「薬屋の娘は怪しいです。美しい子で、薬草を集めていますが、そのときに毒草も収集しているらしいのです」と言ったからだ。

「その娘はどこで毒草を採集しているんだ?」

「あちこちの森です。特によく行っているのはラシーラ川沿いの森林のようですが、森で見つけるのはむずかしいです」

「だろうな。では薬屋へ案内しろ」

 真夏の昼下がり、ダダとアモン、そして3人の少女騎士は薬屋の前に張り込み、玄関から出てきた娘のあとをつけた。

 彼女は川沿いの森の中に入っていった。広葉樹の森の中は薄暗く、鳥や蝉が鳴き、カブトムシやクワガタが樹液を吸っていた。娘は地面を見つめ、ある種の草や実を見つけると、うれしそうに採取して、籠に入れていた。


 1時間ほど植物を採集させてから、ダダは娘の前に姿を現した。

「薬屋の娘、名前と年齢を教えろ」

 娘は剣を持つ少年少女たちと中年の案内係を見て怯えたが、なんとか言葉を発した。

「リデラ・サロ、14歳です」

「リデラか。まあまあ綺麗な顔をしているな」

「あの、あなたはどなたですか」

「ボクはダダ・バルーン。悪魔少女狩りの小隊長だ」

「なにか私にご用ですか」

「おまえを狩る。悪魔少女なんだろう?」

「ちがいます。私はそんな怪しい者ではありません」

「ノナ、籠を調べろ」

 ノナは医者の娘で、医療の知識がある。麻薬中毒者でもあり、その方面も詳しい。

「ケシの実がありましたっ。アヘンの原料っす。まぎれもない麻薬ですね」

「麻薬。つまりは毒か」

 リデラは首を振った。

「手術のときに使う薬です。痛み止めですよ」

「でも中毒になっちゃいますよ。麻薬でーす」

「乱用しなければいいんです。耐えがたい手術のときにだけ使用します」

「おまえ、震えているな。嘘を言っている」

「嘘なんてついていません。あなたがたがちょっと怖いから、震えているんです」

「本当のことを言わせる。おまえは悪魔少女だ」


 ダダは躊躇なくリデラを拷問した。

 ノナに命じ、針を爪の下に刺させた。戦闘狂の少女騎士は人をいたぶるのが大好きで、喜々として実行した。

「ぎゃあああああ。痛い痛い痛い痛い」

 リデラは泣きわめいた。

 逃げようとしたが、シャンとリムが剣で制し、逃亡させなかった。

「言え。おまえは悪魔少女だな?」

「ちがいます! 私は敬虔な唯神教徒です」

「そのふりをしているだけだ」

 10本の指の爪すべてに深く針を刺されて、少女の心は折れた。

「認めます。私は悪魔少女です……」

「なんの悪魔少女だ? なにに変身する?」

「変身なんてできません」

「秘匿するつもりか。切り札は隠しておこうということか」

「ちがいますっ。痛かったから言っただけ。私は悪魔少女じゃないっ」

 ダダは自ら、リデラの手首に針を刺した。

「いやあああ。悪魔少女です、私は悪魔少女ですっ」

「なんの悪魔少女かはもうどうでもいい。自ら認めた。自白した。その事実があればいい」

 ダダはリデラを村役場の地下にある牢屋に入れた。

 彼女の父グリン・サロが役場へ抗議に来た。グリンは安楽死の肯定者で、毒薬の研究をしていた。そのことがあばかれ、彼も地下牢に収容された。


 次に狙われたのは、小麦農家の娘で初等学校4年生のハルル・ゴールデンだった。

 彼女の趣味は昆虫採集。

「ハルルは蝶の標本をたくさん持っています」とアモンが言うと、リムが激怒した。

「美しく愛らしい蝶を殺すなんて、許せませんわあ。その女は悪魔少女にまちがいありません」

「ハルルがよく行く花畑を知っています」

 ダダたちはタチアオイ、ダリア、アサガオなどが咲く丘へ行った。そこには捕虫網と虫籠を持った愛らしい少女がいた。

「かわいいな。悪魔少女の可能性は大だ」

 ハルルは夢中になって昆虫を追いかけ、網で各種の蝶を捕まえていた。キアゲハ、アオスジアゲハ、クロアゲハ、カラスアゲハ、モンキチョウ、ベニシジミ、ルリシジミ……。

 ハルルは小さな針を蝶の頭部と腹部に刺し、殺しながら虫籠に入れていった。

 そのようすをリムは額に青筋を立てて睨んでいた。

「あのような行為、けっして許しておくことはできません。ダダ様、あの女を即刻殺させてください」

「いいよ。アモン、あの子の名前はなんだっけ?」

「ハルル・ゴールデンです」

「そうか。悪魔少女狩り第99小隊長ダダ・バルーンがハルル・ゴールデンを悪魔少女と認定し、処刑権を行使する。リム、死刑を執行しろ」

「はい。神聖少女騎士の異能を使用していいですか」

「好きにしろ」


 リムはリュックからガスマスクを取り出して、ダダ、シャン、ノナ、アモンに渡した。

 ダダとふたりの少女騎士は戸惑うことなくそれを顔面に装着し、アモンはわけもわからず真似をした。

「蝶の悪魔に変身」

 リムがそう唱えると、彼女の背中にアゲハチョウの羽がはえた。黒地に黄色の縞が入った羽。通常の蝶とは比べ物にならない巨大な羽。リムは蝶をこよなく愛する悪魔少女だった。

 アモンは初めて悪魔少女の変身を見て、腰を抜かした。

「わあ、大きなチョウチョだ。人の背中に羽がはえてる」

 ハルルがリムを見て、喜んで駆けてきた。

「バカな子」

 リムは羽をゆっくりとはばたかせた。鱗粉が舞った。

 ハルルはリムの前に立ち、目を輝かせて、蝶の悪魔を見つめた。鱗粉を吸った。

 数秒後、ハルルは胸がむかむかと苦しくなってきたのに気づいた。呼吸が荒くなった。息を吸っても楽にならなかった。頭痛がし、吐き気がした。彼女は胃液を吐いた。

「うげえ。ぐるじいいい」

 ハルルは悶絶した。

 数分後には呼吸が停止して、彼女は窒息死した。

 リムが放つ鱗粉は猛毒。

「変身解除」

 彼女の背中からアゲハチョウの羽が消えた。

 ダダたちはガスマスクをはずさなかった。鱗粉がまだ空中に舞っている。

 リムはその空気を直接吸っていたが、苦痛はなかった。蝶の悪魔少女は鱗粉の毒に耐性を持っている。

 小隊と案内係は10歳の少女の死体を放置して、その場から去っていった。


 ハルルが死んだ日、果樹園の娘で8歳のフルーテ・ワイナーも悪魔少女狩りの標的にされた。

「変わった娘です。太陽を見つめるのが好きなんです」

 回る向日葵亭で昼食を食べているときに、アモンがダダに伝えた。

「午後はその娘を狩りに行こう」

 ダダたちの話を、ウエイトレスのレンレン・ヴィンジーノは秘かに聞いていた。冷え切った目付きでダダをちらっと見た。

 

 第99小隊は果樹園のそばに建つワイナー家を訪れた。

 家人は不在だった。

「果樹園に出ているんでしょう」

 アモンはぶどう園に向かった。フルーテの父ホーテがぶどうに力を入れているのは知っていた。ぶどう酒を密造し、売り払って儲けているが、酒税を払おうとしない。元税金課長のアモンはホーテを憎んでいた。

 ぶどう園にはホーテとその妻アンがいて、手袋をはめて果樹から害虫を取り除いていた。

「ホーテ・ワイナー、税金を払え」

「税金ならちゃんと払っている。ぶどうの分も、りんごの分もな」

「酒税だ。ぶどう酒を売った利益の2割を払え」

「利益なんかない。ぶどう酒は趣味でつくっているんだ。無料で分けている」

「嘘をつくな」

「嘘じゃない」

 アモンとホーテの口喧嘩を放っておいて、ダダは少女を探した。

 幼く可愛らしい子がぶどう園の中にいて、まっすぐに太陽を見つめていた。

「本当に太陽を見ているぞ」

 ダダは自分でも太陽の方を向いた。眩しくて、とても見ていられるものではなかった。

 しかし小さな娘はまったく目をそらすことなく、お日様を眺めつづけていた。

「あの子はおかしい。悪魔少女だ」

 ダダは娘に近づいた。


「きみ、名前と年齢を教えてくれないか」

「フルーテ。8歳だよ」

「どうして太陽を見ているんだい」

「きれいだから」

「眩しくて見ていられないだろう」

「そんなことないよ。光はきれいだよ」

 フルーテはダダと太陽を交互に見た。

 ホーテがやってきて、ダダに向かって叫んだ。

「おまえは何者だ。うちになんか用か」

「ボクは司教だ。用件は悪魔少女狩りだよ」

「うちのフルーテは悪魔少女なんかじゃねえ」

「それはボクが判断する。太陽を見つめていられる少女、怪しいね」

「帰れ! フルーテは人間だ」

「シャン、そのうるさい男を黙らせろ」

 シャンが剣を抜き、ザッと振るった。ホーテの前髪がさらりと落ちた。果樹園の主はあとずさった。


「拷問を行う。ノナ、あの太陽を見る娘の片目に針を刺せ」

「はーい。おまかせあれ」

 ノナは喜々として右手に針を持ち、フルーテに向かって歩いた。

「なにその針。こわーい」

「右目と左目、どっちがいいっすか」

「どっちもいやーっ」

 ノナは右目にぶすりと針を刺した。

「ぎゃーっ」

 フルーテが絶叫した。

「ぎゃああああ。目が痛いよお」

「おまえは悪魔少女でしょ。変身するといいっす」

「ひ、光の悪魔にへんしーん」

 フルーテが叫んだ。すると、彼女の全身が輝き始め、やがて直視できないほど眩しくなった。まるで太陽のようだった。

「えっ、ほんとに悪魔少女だったっすか。ま、眩しい!」

「ノナ、そいつを殺せ」

「だめっす。至近距離で光を浴びました。目が開けられません。痛い、涙が出る」

「シャン、やれるか」

 シャンは目を閉じて、光に向かって突進し、もっとも明るい空間を剣で薙ぎ払った。

 ドサッという音がした。

 光が急激に消えた。ダダはおそるおそる目を開けた。

 フルーテの胴体がまっぷたつになり、地面に倒れていた。血液が大量に流れ出している。

 光の悪魔少女はもう息をしていない。即死していた。


「て、てめえら、娘を殺しやがって! なんてことをしてくれたんだ。フルーテーっ!」

 ホーテは号泣した。アンも泣いて、娘の死に顔を抱きしめた。

「その娘は光の悪魔少女だった。おまえらも見ただろう?」

「ちょっと光っただけだ。鏡でも持っていたんだろう。フルーテは人の子だ」

「人の子が悪魔少女になることがあるんだよ。おまえの妻がかつて悪魔少女だったのかもしれないし、先祖に悪魔少女がいたのかもしれない。とにかく、ここにいる全員が目撃者だ。ボクはやるべき職務を執行した」

 ダダたちは村の中心市街地へ帰っていった。小隊は村役場の隣にあるホテルに宿泊している。

 ホーテとアンは泣きながら、娘の亡骸なきがらに縋り付いていた。


 ダダ小隊の所業を聞いて、ユウユウは戦慄した。

 あの男が来ませんようにと祈りながら、彼女はバイオリンケースを持って、ステラとルナルとともに草原へ行った。

 そこに、ダダとアモンと少女騎士たちが待っていた。

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