Find our color④

 先輩たちのテスト?が発表されて、1週間がたった。テストの日まで、残り2週間だ。すっかり学校にはなれて、登校する道も見慣れたものになった。ベースの方は、やっとキレイな音が出せるようになってきた。ゆっくりならば、あの曲も弾けるようになった。今日は、明音も千代さんも掃除当番で遅くなるらしいので、私は一人で部室に向かった。


 「失礼しまーす。」

 私が部室の扉を開けると、紅葉先輩が先に来ていた。

 「こんにちは。いろは。」

 一昨日くらいから、紅葉先輩は私のことを呼び捨てにするようになった。私は「憧れの先輩」との距離が近くなったと思うと嬉しい。ただ、一緒にいる時間は少なくなったのでその寂しさもある。

 「紅葉先輩、お疲れ様です。」

 「今日はいろはだけなの?」

 「2人とも掃除当番だそうです。」

 「ギブアップしたのかと思って焦ったよ。」

 紅葉先輩はからかうように言う。少しムスっとしたが、このちょっとした意地悪も距離が近くなったからだと思うと嬉しくもなる。

 「ギブアップはしませんよ。3人でなんとかします。それより、最近先輩たちは忙しそうですね。」

 「まあね。みんな、用事があるのは確かだよ。別にみんなのことを嫌いになったわけじゃないよ。」

 「それなら、安心ですね。」

 ちょっと申し訳なさそうに言う紅葉先輩に私は笑いかける。先輩たちの「用事」というのは話せないのだろう。私はその「用事」について追及する気はなくなった。気にならないわけではないが、追及してもはぐらかされてしまうだろう。

「今日はお一人なんですか?」

 「私だけでは不満?」

 先輩はまた意地悪そうに、そして少し拗ねたように言った。

 「いえ、そんなことは...」

 「2人は先に用事に向かったよ。さあ、練習しに来たんでしょ。ベースを弾いてみて。」

 「はい」

 私は言われたとおりに、軽音部から借りている初心者用ベースを肩にかける。チューニングをして、アンプにつないで音を出す。そして演奏を始める。


 メトロノームを準備する。コツコツという音が鳴る中で、一呼吸置き演奏を始める。正直言ってそんな難しい曲ではない。楽譜を見ながらだが、私が何とか弾けているのだから。指を必死に動かしながらメトロノームについていく。そして、無色透明な音を奏でる。


足りない。


根本的に足りてない。



なにもかも。




 技術が足りないとかそういう問題ではない。もちろん技術は足りてない。しかし、そういう問題ではない。カラオケの採点の「表現力」とかいう言葉で表されるものではない。本物の表現、点数で表されるようなものではなく、見るものを魅せるもの。もっと言えば、圧倒し感情を動かし、笑顔にしたり涙させたり、時には背中を押すような、その様々な感情を引き起こすもの。そういうものが私にはない。私が感じてきたように、音楽が誰かに響いて初めて音楽であるのなら、音楽が他人に響いて初めて「響く」のであるならば、私はまだ音楽を奏でていない。ただ、音を出しているだけだ。


焦る。


なぜ上手くいかないのか分からない。


 そんな焦りがさらに音を閉じ込めていく。紅葉先輩に聞こえているのかも、私には分からない。そして、音が鳴りやむ。ただただ、リズムを刻む音だけを残して。

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