商人は神の視点で物を言う
深水輪廻
第1話:ヨーロッパ史概論・前記
1542年、ヨーロッパは三年前に終結した19年戦争の傷をまだ引きずっており、勝利した教皇派も、敗北した旧ガトロハナト=ドイツも、新たな戦争を起こす能力は愚か、国内の治安維持もままならない状態になっていた。そんな中、大国からの独立を図る領主たちに多額の支援を行ったイタリア北部の商人、アロンソ家が大きく勢力を伸ばし、ガトロハナトに味方して没落したアローネ家に変わり、ヨーロッパ一の財閥となった。総帥パオロはイタリア、ジェノヴァの統治権を買い、ヨーロッパの物流の喉元を抑える、大国と積極的に交流を持ち、数年で主要五カ国すべての王家の御用商人となっていた。
そのアロンソ家の中にあって、1541年以降、急速に頭角を表した男がいた。ルイス・アトキン=ハイドである。妹がアロンソ家総帥パオロの寵愛を受けたことで取り立てられた男だったが、決定的となったのは”ヴェルサイユの黒薔薇”事件である。アロンソ家の代理人としてちょうど赴いたフランス王室で起きたこの事件で、ハイドは大きな手柄を立てた。
当時のフランス王、アイデラハート四世が、婚約者たるスペイン王女、シルビア王女の使節団が王宮を訪れているさなか、愛人たるミュリエラ公爵夫人を王宮に招いた。当然のごとく、それが露見したとき、それは起こった。アイデラハートの不貞を咎めたシルビア皇女に罵詈雑言を吐き捨てたアイデラハートに激怒した側近が彼に飛びかかり、逆に殺されたのだ。これがただの侍女なら問題なかったのだが、伯爵婦人だったことが災いした。当然シルビア王女は怒り狂い、婚約破棄、及び国交断絶を突きつけようとした。しかし、これをルイスが仲裁。シルビア王女と茶会をともにして説得に成功し、態度を硬化させていたアイデラハートを、ジェノヴァで集めた当時フランスと戦争中だった南ネーデルラントに関する多量の情報をあたえて懐柔した、後にシルビア王女の紋章にちなんで”ヴェルサイユの黒薔薇”事件と呼ばれることになるこの事件で、スペイン、フランス両王家に多大な恩を売ったルイスは、急速にその知名度と評価を上げた。そして、その情報に基づいて南ネーデルラントに勝利したフランスより、同地における商業独占権を獲得したことで、ルイス・アトキン=ハイドは、パオロ・アロンソの懐刀としての評価を確かなものとした。
一方大陸から離れたブリテン島ではスコットランドとイングランドの戦争が佳境を迎えており、ブリテン島中部は荒れ果てていた。1546年、イングランド王アイレード2世が重症を負い、後継者問題が勃発した。第一、第二、第三王子がそれぞれ最高位の貴族、国教会、スコットランドを味方につけ、闘争を開始した。そのスキをついて、王位簒奪に動く集団があった。王位継承順位第4位、ミドラム侯爵アーガイルと、国教会No.2、カンタベリ大司教アーノルド・パット=ウェストを長とするカンタベリー諸侯連合である。アロンソ家の協力を得た諸侯連合は、王位簒奪に動き出した。アロンソ家はその支援にルイス・アトキン=ハイドを送り、全面的に協力する体制を見せた。そしてその決起集会が今、カンタベリーで行われようとしていた。
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