戦え魔法少女サイケデリア! レインボーチタンバットは愛と平和の輝き!!

「――あ、、、あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっはぁぁぁぁ」


 マジカルLSDを舌に置いた愛美は、全身を貫く多幸感に微笑んでいた。呼吸の一つ一つが愛おしく、肺に取り込まれる酸素分子の一つ一つが嬉しく、また無限に等しい宇宙に生命が誕生した歓びで打ち震えていた。


「愛美ちゃん、涎たれてるにゃ。それは魔法少女的にあかんにゃ」

「あああああああアルベルタさぁぁぁん……?」

「……だから涎を……まぁ、運動してれば……ウチの巾着に例のものが――」


 アルベルタが言い切るより早く愛美は腕を巾着に突っ込み弄った。そのあまりのに、アルベルタは口をあんぐり開けていた。さすがに二回目からシート二枚はいきすぎたかもしれにゃかった。

 ずるり、と引き抜かれる青地のスカジャン。虹色の後光を背負ったピンクの蓮の花が背中いっぱいに刺繍され、右の胸元に華、左の胸元に児と入っていた。

 

 ――華児フラワーチルドレン。魔法少女同盟オラクルに属する者の証だ。


 愛美はセーラー服の上からスカジャンに袖を通すと、すぐさまにアルベルタの巾着に手を入れた。黒く、鈍く、愛らしい感覚。ずるりと引き抜かれたそれは。


「まじかーる……れいんぼぅばっつ!!」


 愛美の目には、時間とともに色を移り変える虹色の魔法杖が映っていた。一方でアルベルタの目からすれば、


「……いや、ネット通販で買ったチタンバットだにゃ」

「ありがとうアルベルタさん! 私、このマジカルレインボーバッツで愛と平和を広めてみせます!」

「……ウチにはチタン灰色グレイのバットにしか……聞いてるかにゃ?」

「逝きます!」


 ガバン! と愛美――いや、魔法少女サイケデリアがガンギマリでトイレのドアを蹴り壊した。とっくの昔に脳漿をブチ撒けた理性が筋力のコントロールなどできるはずがない。

 アメリカ陸軍でも運用を検討された鎮静剤であるLSDだが、それは誘導の仕方によるのだ。言い換えれば、薬効を得る前にどのような思考形態マインドセットを用意しておくかである。

 ことマジカル・リゼルグ酸ジエチルアミドの使用においては、自身が魔法少女であると幻覚させるまでの誘導が最も重要な作業だ。

 愛美の使い魔たる二対の翼を持つ虹色サイベリアン――アルベルタは、魔法少女への誘導に関しては熟練の腕を持っていた。

 結果。

 アルベルタの想定よりも上物であったマジカルLSDが、愛美の――サイケデリアの真の力を解放したのである。

 サイケデリアは廊下に飛び出すや否や、視線の先に宇治抹茶十を有するガンジャガールズの一味を捉えた。


「……ふ、しっ」


 息を吐くと同時に駆け出した。上履きが廊下と擦れて鳴いた。ガンジャガールズの手下が気づいた。サイケデリアに向けられる銃口。火炎を吹いた。

 だが。

 サイケデリアの目には、そのすべての弾道が見えていた。毎分一千発を越える宇治抹茶十の球筋すべてが虹色の帯となって目に映る。体を揺らし、床を蹴り、顔の横の数ミリという単位でかわしながら接近、サイケデリアがバットを振った。


「愛と!」


 くゎん!


 と、甲高くも底冷えのする音色が廊下に響いた。サイケデリアはバットを振り抜いた勢いで旋回、廊下をスピンしながらガンジャガールズ戦闘員の足を払い、宙にある躰を殴打し、立ち上がると同時に渾身の力を持って振り下ろした。


「平和の!」


 ぺぐん! 


 と鈍い音が鳴った。サイケデリアは手を止めない。音は三度鳴った。彼女の背後で扉が開いた。


「――おいなにが――てめぇ!」


 二拍。十分だった。つま先で右手の宇治抹茶十を跳ねあげ眼前でキャッチ。


「魔法少女!」

 

 サイケデリアは引き金を引き絞りながら横薙ぎに払った。バタタタタ! と壁に穿たれる穴。連なる悲鳴。ガンジャガールズが左手の銃で天井に発砲、倒れていく。


「サイケデリア!!」


 サイケデリアは駆けながら接近、振り上げたマジカルレインボーバットで顔面を叩き潰した。一発。二発目でヘッドが床を叩いた。さすがチタンだ曲がらない。三度目で皮膚片がガラス窓にへばりついた。四度目は何を叩いたのか分からなかった。宇治抹茶十の口先を顔面だったらしき場所に向けサイケデリアが引き金を切った。


「ラブ! アンド! ピィィィィィス!!」


 叫んでいた。飛び散る血潮がピンクのハートと煌めく星と虹色の波となって広がり教室を愛と平和の世界に塗り変えていく。

 トトッ、と聞こえた足音に銃口を向けながら振り向くと、一瞬はやくアルベルタがサイケデリアの肩に飛び乗っていた。


「大丈夫かにゃ! 愛美ちゃん!」

「――さいっっっっっこうですこれ!!」


 バカでかい声に窓が震えた。サイケデリアの瞳孔は限界まで拡散し、肌に氷より冷たい汗が浮いていた。息は切れ切れ、千切れた筋肉繊維が歓喜の声をあげている。教室にはサイケデリアの振りまいたマジカル九ミリパラベラム弾の誤射による不幸な事故に見舞われた生徒たちも転がっている。

 アルベルタはフレーメン反応よろしく口をくわっとあけて言った。


「……そいつぁ良かったにゃ」


 ドン引きだった。しかし、サイケデリアの瞳には凛々しき美猫しか映らない。


「アルベルタさん! 行きましょう! 敵は放送室のはず!」

「え、あ、そ、そうだにゃ! 損害は五パーセントまで――じゃなかったにゃ! ガンジャガールズがいなければこんな事態にならなかったはずにゃ!」

「そんな! なんて酷いことを!」


 会話が微妙に噛み合っていない。だが、アルベルタの仕事はそれと悟らせないことでもある。魔法少女の仕事は過酷だ。人の身で足を踏み入れれば心が壊れてしまいかねない。マジカルLSDは彼女らを守る盾でもあるのだ。


「ガンジャガール! あなたに愛と平和を教えてあげます!」


 サイケデリアがスピーカーに怒鳴った。

 アルベルタは言う。


「愛美ちゃん! あれは送信専用だにゃ!」

「あ、そっか! 急ぎましょう!」


 ――通じた。アルベルタはサイケデリアの肩の上で、感動のあまり目を瞑った。地球に降りる際に選んだ猫の姿の影響で、ちょっと眠くなりつつあった。

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