第31話 未来への教会
「あらあらどうしましたか?」
聖総主教は穏やかな表情でオーガスタのことを見やる。
「勝手に祓うとはおかしくありませんか? 先程、聖総主教様が先程おっしゃられたことに矛盾しませんか?」
オーガスタの言葉に周囲の人間が青ざめる。聖総主教に意見するなどありえない。しかも、批判するなどは。
部外者のロジーネでさえ冷や汗が出てくる。王に意見したときの恐怖とは違う。神への代理人でもある聖総主教に意見するとは。例えるならば神に唾吐くような行為。人間の王の罰は地上のみだが、神罰は永遠である。死後も続く呪いを自らかけるようなものだ。
「オーガスタ、貴方って人は……」
「構いませんよ」
聖総主教は、クククと笑う。再び立ち上がると、オーガスタの胸に手を置く。
「無理をしなくても良いのですよ」
「無理などしておりません。私は楽しんでいたのです。精神の同居生活を。祓われてしまったアレとの」
周囲は引いている。明らかに嫌悪感のある表情を浮かべている。
それはそうだ。オーガスタの発言は一般的な常識からかけ離れている。そもそもここは教会だ。欲求を満たす場所ではない。寧ろ逆。自己を犠牲とし神への献身を示す場所。
そんな場所で異様な発言をしたオーガスタは異端。触れるべきではない存在。故に教会員誰しもが不浄なものを見るような視線でオーガスタを見る。淫魔に取り憑かれたどころではない。悪魔の化身ではなかろうかと。
そんな不穏な空気が漂う中、唯一、聖総主教だけが何事もないと言わんばかりの穏やかな目つきをしている。
「では、再び、同じように取り憑かれるのを望むのですか?」
オーガスタは口を開きかける。だが、言葉を発しない。ゆっくりと口を閉じる。
「私も昔、ダンジョンに潜りました。あの頃は、大変でした。今ほど簡単な試練は無かったのです。だから必死でした。生き延びるのに。今、考えてみても当時の試練が良いとは言いません。だからと言って今の試練が良いかと言われると疑問があります。簡単にしすぎてしまったのですよ。王族が聖女スキルを持ってしまったために」
「王族?」
オーガスタが首を傾げるのと同時に妙齢の女性が大声を出す。
「聖総主教様ッ!」
「知りませんでしたか? 聖女スキルを保有している王族のこと。あらあら、そんな顔をしなくても大丈夫。あなた方は今の言葉聞いておりませんからね」
聖総主教と国王は持ちつ持たれつの関係。聖総主教は教会を束ねる存在として強力な権威を有している。だが、武力は無い。正面切って国王と戦える直属の兵はいない。国王に教会を囲まれれば抵抗のしようがない。
しかし、権威はある。聖総主教の一声で諸侯や民衆が国王に牙を向ける危険はある。付き従っている兵士の中にも信者は多数いる。無碍に武威を示すことなど命取りになる危険がある。だからこそ、国王は聖総主教を保護し優遇する。
それに、聖総主教の地位は世襲できない。その地位に就くためには聖女スキルを保有していることが必須である上、聖総主教は独身である必要がある。だから、国王にしてみればそれほどの脅威ではない。本来なら。
「なれるはずのスキルを持っている人間は二人共、聖総主教になろうとしないのに、周囲の人間は無理矢理にでも聖総主教になってもらいたがる。困ったものですねぇ」
「聖総主教様ぁ」
妙齢の女性が困ったような表情を浮かべるのに小さく手を振って応える。黙って聞いていないさいと身振りだけで示す。
「隠す必要などありませんよ。オーガスタ、貴方は教会を出たいのですね。自由に生きたい。聖総主教になどなりたくない。そのために淫魔を取り憑かせていたと。でしょう?」
聖総主教に言われてもオーガスタは黙っている。前髪から一滴、先程かけられた聖水の雫がポトリと床に落ちる。
「大丈夫ですよ。貴方の考え方は普通です。若い頃は私もそう思いましたから。どうして私が聖女スキルを保有しているんだろう。それだけのために教会に入らなければならないのかって」
「聖総主教様がですか?」
オーガスタは驚く。現在の聖総主教は自ら望んで教会に入り、神と神の代弁者として民衆にその身を捧げてきたと思ってきたから。
「当然じゃありませんか。この仕事は本当に大変なの。こんなみすぼらしい教会で全国の信者を束ねているのです。綺麗事では済まされない話がいくらでも上がってきます。それこそ、信仰心が無ければ耐えきれないほどです。だから、本当に構わないのですよ。自由に生きてもらって」
「あ、あ、あ」
オーガスタは聖総主教の手を取るとその場に跪いた。ゆっくりと目を閉じると祈りを捧げ始める。何を言っているか理解できない。それでも祈りの言葉を述べていると理解できる。聖総主教の優しさに対する感謝の気持ちや共感してもらえたことに対する嬉しさが伝わってくる。
オーガスタの望みは我儘ではある。聖総主教になるべくスキルを持っているのだ。本来ならば、神のために教会のために民衆のために命を捧げるべきである。この国の人間であれば、不信心な人間でもそのことを疑わない。
だが、当人にしてみればたまったものではない。どうして、スキルを持って生まれてきただけで、自分の運命が決められなければならないのか。神に仕え人々に奉仕をし犠牲にならなければならないのか。簡単に納得できる話ではない。
「一つだけ伝えておきます。私が教会に戻ってきたのには理由があります。それは、私には使命があることを知ったからです。自分がなすべきがあると悟ったからなのです。だから、誰かに命令されてここにいるわけではありません。ただ、神様の御心のままに自分の職務を執り行っているのです。そして、これは多分、彼女にも、貴方にもわかる日が来ます。何故ならば、聖女スキルを保有すべき人間を神様が決められているのですから」
オーガスタは聖総主教の手を再びギュッと握る。そこには赤子が母親の手を握り直すかのような頼り切った感情が込められている。
「だから、今は好きなように生きなさい。そのことが、オーガスタ、貴方の心と身体を成長させます。そして、必ず神様のため、民衆のためになることでしょう」
「はい……」
オーガスタは跪いたまま聖総主教の手を自分のおでこにつける。感謝の言葉と祈りが小さく周囲に響き渡る。
「ただ、淫魔を取り憑かせていたいた事を見過ごすわけにはいきません。それに、教会に出たり入ったりと好き勝手にさせるわけにもいきません。聖職者だけではなく信者の皆さんにも示しがつきません」
「ま、まさか……」
聖女スキルがあればどんな致命的な傷であろうと治療することができる。それは、どんな拷問であろうと可能であることの裏返しでもある。教会から出てくる人間は十分な神の加護を得てはいるが、それは外に出たときのこと。中でどのようなことが行われてきたのかなどはロジーネもオーガスタも知らない。
もしかしたら、数十年前に廃止された異端審問と呼ばれる異教徒の炙り出しに使っていた世にもおぞましい道具が使用されるのかもしれない。
「オーガスタを取り押さえなさい」
聖総主教の命令で、妙齢の女性を中心に跪いたままのオーガスタの体が固定される。まさか、この場所で何か行われるのか。ロジーネが不安を感じていると、オーガスタは無抵抗のまま。全てを受け入れるとばかりの態度。
しかし、部外者であるロジーネが口を挟むことは出来ない。折角のオーガスタの決意を邪魔してしまうかもしれない。
ロジーネはゴクリとツバを飲み込むと、聖総主教はロジーネなど気にせず高らかと宣言をする。
「パフパフを味わいなさい」
「あ、あああぁ……」
オーガスタが言葉にならない声を出した瞬間、聖総主教は……パフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフパフ
「は、はぁ?」
ロジーネは思わず呟く。
「あなた方も手伝いなさい」
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「あ、もぅ、帰る」
ロジーネはくるりと聖総主教らに背を向ける。何が起こっているか。なんて見たくもないし知りたくもない。ただ、ただ、この場から去りたかった。急いで逃げ出したかった。
「モフーーーーーーー」
聞こえない聞こえない。ロジーネは念じながら早足に駆け出す。多分、背後は地獄絵図。この世界の終わりに違いない。そう考えながら。
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