第16話 雨降って、地固まって

 タローはレプラコーンに動きを読まれていた。怪我を考慮して大きく避けたつもりが、逆に回り込まれる結果となった。タローは近接戦闘では明らかにレプラコーンに劣る。為す術もなくレプラコーンに短剣を脇腹に突き刺さされる。


 タローは痛みをこらえながら、体を捻って地面に倒れ込む。これ以上の致命傷を避けようとした動き。床を数回転してから片膝をつく体勢で迎撃の姿勢を取る。だが、レプラコーンはタローより速い。タローが体勢を整える前に攻撃に移っている。しかも、今度は頭部への一撃。勝負を決めにきた攻撃。


 避けれる。


 タローは反応していた。が、意識だけで体は反応しない。水中を動くかのように負荷があって動作が緩慢になっている。


 マズい。タローには敵の攻撃がスローモーションに見えた。コマ送りのような動きで自分の頭部に短剣が振り下ろされ……。


 刹那、魔法がレプラコーンに突き刺さる。それほど強力な魔法には見えない。しかし、この場合は最適な魔法であった。


 レプラコーンの動きが停止したのだ。その時間、わずかの数秒。とは言え、それは十分な時間。


「タロー、今!」


 ロジーネの声に反応したタローは、短剣を低い位置から思いっきり首筋目掛けて放つ。 切り落とせるほどの威力はない。とは言え、確実にレプラコーンの首を捕らえた。間違いなく致命傷。短剣を振り抜くと同時に、レプラコーンは前のめりに石畳の床に倒れ込む。


「やったか?」

「タロー様!」


 タローは抱きついてきたオーガスタにその場に倒される。満面の笑みを浮かべてから、顔を歪める。


「あのー」

「何、ロジーネ。私が先に捕まえたから」


 タローは他の人に奪われまいとするオーガスタに押さえつけられて、ううう、と呻いた。


「タローの脇腹、血が、出てる」

「えっ? ごめんなさい。タロー様、今、治療します」


 タローは上に乗っているオーガスタのことを意外と重いなと他人事のように考えながら我慢していると、少しずつ痛みが和らいでいく。聖女の治癒能力である。治癒の効果は超回復の魔法と同じだが、麻痺や石化などの状態異常も回復できる。


「どうです? 気持ち良くなりました?」

「ありがとう。楽になったよ。でも、どいてもらっていいかな」


 タローが要求すると、オーガスタは反論せずにタローの上から降り、横に両膝を揃えたまま座った状態。床に倒されていたタローは、体を起こしながら自分の脇腹に触れて状態を確認する。


「気持ちいいですか?」

「いや、気持ちは良くないけどさ」

「私のスキル効かなかったですか、そうですか。であれば、私がペロペロして……」

「オーガスタ、治してもらって悪いけど、今はそんな気分じゃ」


 タローが片手で額を抑えながら答えると、オーガスタは横をちらりと見て離れる。ニッコリと笑顔を浮かべながら距離を取る。


 その代わりに、ロジーネがオーガスタがいた場所にしゃがみ込む。


「あ、あの」

「何?」


 タローは顔に当てていた手をどけてロジーネのことを睨みつける。どこかしら不愉快そうな表情を隠そうとすらしない。


「ごめん……、私」


 ロジーネはタローから視線をそらす。何か言いかけた言葉を飲み込んでいる。


「どうして謝る? ロジーネは悪いことなどしない」

「でもッ!」

「むしろ、俺が言わなきゃいけないことがある」

「えっ?」

「ありがとうロジーネ」


 タローはロジーネに頭を下げる。彼女がレプラコーンに睡眠の魔法を放っていなければ、間違いなくタローは死んでいた。大して強くないと高をくくっていた魔物に殺されかけた。そのことを一番理解しているのはタロー本人だった。


「な、何で?」

「ロジーネの魔法がなかったら、今頃、どうなっていたか」


 タローが言うと、ロジーネは目を大きく見開いて彼のことを見返してくる。瞳を滲ませながら、唇をギュッと引き締めている。と、その後ろで大きな咳払い。


「ああ、オーガスタもありがとう。聖女の治癒能力が無ければくたばってたよ」

「いいえ、どういたしまして」


 と、オーガスタは満面の笑み。それ以上は自分の役割はないと視線でロジーネに発言を促す。


「でも、私の我儘で、タローが、死にかけた」

「気にするな。俺もみんなの気持ちを考えないで命令していた」

「大変なの、分かっていたのに、傍観、していた」

「そんな時もあるよ。食堂で最後に食べようとしていたイチゴをブーンに横取りされたときとかさ」

「何、それ」

「誰でも機嫌が悪い時があるって話」

「ちょっと、違う。でも、私こそ、ありがとう……」


 ロジーネは視線を落とす。黒いトンガリ帽子のつばを下げる。何か言おうと唇を少しだけ動かす。だが、声は発せられない。


「ロジーネ!」


 オーガスタが、背後からロジーネに抱きつく。


「仲直りのお祝いにペロペロしてあげるね」

「い、いらない」

「遠慮しないで」

「や、止め、やめれぇ」


 オーガスタがロジーネに馬乗りになって、大の字に両腕を押さえつけている。さーて、どこから舐めようかと瞳をキョロキョロと動かしている。


「舐められるの、いやぁ」

「じゃあ、頬ずりしてあげるね」


 オーガスタはロジーネを押し倒したまま彼女の頬と自分の頬を軽く擦る。


「ねえ、ロジーネどうして泣いてるの?」

「わからない」

「こうしてると、落ち着かない?」

「どういう、意味?」

「人のぬくもりって心を落ち着かせる機能があるの。知ってた?」

「ホント?」

「多分ね」

「多分、か」


 ロジーネは既に開放されていた両手を使ってオーガスタのことを押しのける。もし、本気で抵抗されればオーガスタのことを動かすことは不可能だった。けれども、オーガスタはすくりとその場に立ち上がり、仰臥しているロジーネに手を差し伸べる。


「ありがと」


 ロジーネはオーガスタの手を借りて立ち上がってから、前屈みになってトンガリ帽子を拾う。パンパンと汚れを払ってからトレードマークと言わんばかりに頭の上にぴょんと乗せる。


「で、これから、どうする?」


 ロジーネに言われてタローは腕を組む。今回の一件で、目的が曖昧になってきた。一度、地上に戻って、何のためにダンジョン探索をするのかを確認したほうが良いかもしれない。そう考えながら、ポンと手を打つ。


「まずは回収。怪盗から取り戻す。回答、それが大事。一番大事♪」


 タローはレプラコーンの死体を漁る。まずは、自分の財布を取り戻してから、他にお金が無いか確認をする。


「おおっ、思ったよりあるな」

「では、みんなで、分配」

「甘いなロジーネ。俺のものは俺のもの」

「その、冗談、笑えない。からね」

「そうだな。とりあえず、パーティー用の財布に別で入れておくよ」

「そう、公正、公平、それが、大事~♪」

「あ、真似された」


 タローが言うと、二人は笑う。


「で、一度上に戻るか? 大儲けじゃないけど、杖の使用分にお釣りが来るくらいは利益が出たはず」

「私、お金はいりませんけど」

「駄目、オーガスタ。お金、大事」

「後で揉めると大変だからな。報酬をちゃんと貰うのも大事だよ」

「わかりました。ありがとうございます。でも、このまま、ダンジョン探索を続けるのですよね」

「ああ」


 そう言いながらタローは考え込む。そして、少しだけ悩んでから答えを出す。


「とりあえず、淫魔インキュバス、倒すか。今回の目的はそれだしな。構わないか?」

「ええ、別に、殺したくない。というわけではありません。毎日夢で見知らぬ淫魔を殺すのも飽きましたので」

「殺している?」

「ええ、礼儀がありませんのであいつ」


 オーガスタが目を細めると、タローは一歩身を引く。目を逸らして何事もなかったかのように、ロジーネに訊く。


「それでいいか?」

「勿論、もう、舐められるの、嫌」

「ロジーネ、冷たい」


 オーガスタはロジーネに抱きつく。顔を近づけようとするのを、ロジーネは必死に押し戻している。嫌がってはいるものの怒っているわけではない。


 だから、タローは装備の点検を始める。淫魔はレプラコーンよりは強いだろう。不意打ちを前提とした上の魔法と杖頼りの戦闘ではなく、正面からの戦闘も考えなければならない。


 そうでなければ、これ以上の深層階に潜ることは無謀だ。杖の弾数が命の残数になる。 タローは自分の短剣の汚れを落としてから鞘に入れる。敵が近づいて来るのを察知しながら、新しい戦闘のことを考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る