泣く女 ラ・ヨローナ
メアリーと別れて数時間後、眠っていた俺はふと目が覚めた。時計を見てみると、時間は深夜1時30分だった。俺はベットから降りて冷蔵庫に向かい備えられたミネラルウォーターを取って乾いた喉を潤した。
「ぷはっ……さて、もう一眠り……ん?」
ベッドに戻ろうとしたが、妙に部屋の入り口が気になった。俺は何を思ったのかドアを開けて廊下に出て見てみると、奥の方は電気が消えていた。どこからか啜り泣く声も聞こえて来た。俺は声のする方の暗闇をじっと見つめていると、この前の黒いドレスを着た花嫁が現れた。
またあいつだ!
俺は以前書いておいた御札をドアに貼ろうとした瞬間。俺の御札が突然燃えだし灰になった。
「あ゛ぁぁっ!?俺の御札が!!」
俺が声上げた瞬間、花嫁が物凄い勢いで走って来た。それを見た俺は慌ててドアを閉めて鍵をかけると、
ドーン!
花嫁がドアに激突した。それと同時に激しくドアを叩く音が響き渡った。
ドンドンドンドンドン!
「ヴァァァッ!!ヴァァァッ!」
ドアの向こうからは悲鳴なのか鳴き声なのか分からない断末魔が聞こえて来た。俺はテーブルに身を隠しながら恐る恐る声をかけた。
「へ、部屋を間違えてるんじゃないですか?」
テーブルの陰から言うと、
「ヴァァァッ!!ヴァァァァァ!」
はい?
ドアの向こうで泣いてばかりいるので思わず首を傾げてしまった。もう一度花嫁に尋ねた。
「すいません。なんて言ったんですか?よく聞き取れませんでした」
そう言った瞬間。
「ウヴァァァァァァァァッ!!」
「なんだよ。なんで泣いてるんだよ!」
花嫁は泣き叫びながらドアノブをガチャガチャと回し、ドアに体当たりでもしてるのかというくらいドンドンと音を立てる。
どうする?逃げるか?いや、ここは3階だし逃げられない。
考えた結果。俺は慌てながら洗面所に向かい鏡を見つめて叫んだ。
「ブラッディ・メアリー、ブラッディ・メアリー、ブラッディ・メアリー!!早く!出て来てほら、ヤバいんだって!」
俺は鏡をバンバン叩きメアリーを呼ぼうとした。余程うるさかったのか、鏡から水面のように波紋が浮かび上がりメアリーが顔を出して来た。
「ちょ、うるさいんだけど!?なに!?出て来る間の2〜3分くらい待てないのか?あたしのアイデンティティを雑にしないでくれる!?ほら、アメリカのメジャーな幽霊の立場とかなくなるからさ!もう少し気を遣う事くらい出来ないかな!?」
「そんな事後から聞くよ!ちょっとドアの所まで来てくれる!?」
「なによっ!」
メアリーの手を引いてドアの前に行った。ドンドンガチャガチャと鳴り響いているのを目の当たりにしたメアリーは、俺の顔を見た。
「え、なに?酔っ払いかジャンキーでも来てんの?」
「違う。この前言ってた花嫁」
俺が事情を説明すると、メアリーは途端に顔を青ざめた。
「えっ!?花嫁が!?」
「うん。壁すり抜けて見て来てくれる?」
「嘘でしょ!?」
メアリーは壁をすり抜けて外の様子を伺うと、直ぐに顔を引っ込めて俺を見る。そして俺は首を傾げながらメアリーに尋ねた。
「どう?ただの浮遊霊かな?」
「浮遊霊なんてとんでもないわ。あいつ、【ラ・ヨローナ】じゃない!」
ラ・ヨローナ?初めて聞く名前だな。
そう思った俺はスマホを取り出して【幽霊 ラ・ヨローナ】と検索をかけてみた。
ラ・ヨローナとは、別名【嘆き悲しむ女の幽霊】。その昔、子供を亡くしてしまい、川で泣きながら自分の子供を探していて、近くを通った人やラ・ヨローナの嘆き悲しむ声を聴いてしまった人は不幸が訪れるという呪いがある。メキシコの貧しい村に家族と一緒に住む、ラ・ヨローナという名の美しい女性がいた。ある日、大金持ちの貴族の御曹司が貧しい村を通りかかった時に、御曹司がラ・ヨローナに一目惚れをして一瞬で恋に落ちてしまった。この御曹司だけではなくラ・ヨローナも次第に彼に魅かれていき喜んで御曹司のことを受け入れた。それから数年の時が立ち、ラ・ヨローナが二人の子供を連れて川の側を歩いていると見覚えのある馬車を見かける。その馬車の中には夫と見知らぬ若い女性二人で乗っているのを見かけた。それを見たラ・ヨローナは限界の怒りを感じ、愛しているはずの子供を川に投げ捨て溺れさせてしまった。しかし、人の怒りは長くは続かず溺れていた子供が浮かんできた時に、自分がした事の重大さに気づいた。そして、耐えられなくなった彼女は川に身を投げ自殺を図ったという。数百年経った今でも彼女の魂は死ぬことを許されずに、彷徨っている。
あれ?花婿に捨てられてこのホテルに彷徨っているんじゃなかったのか?あくまでもネット情報、根も葉もない噂が混ざりあって段々大きくなっていったという事か。
「ってかまず、子供なんかいないんだけど?どうしよう?」
「そんな事あたしに聞かないでよ。それよりどーすんのよコレ」
「どーするって言ったって……彼女英語話せるの?」
「大昔のメキシコ人よ?難しいんじゃない?スペイン語話せるの?」
「無理だよ。英語は出来るけどスペイン語は出来ないよ?」
俺はドンドンと鳴り響く音と鳴き声に挟まれながらも頭をフル回転させて閃いた。
「あっ、なるほど。分かった!」
「何?何か思いついたの?」
メアリーが言ってくると俺は得意げな顔をしながら、
「向こうが泣いてるなら、笑わせてやればいいんじゃん!」
「…………」
メアリーの目から光が消えた。
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