禁足地

 ひとりかくれんぼを堪能して淡々と日々の仕事をこなしていた。ある時、昼休み休憩をしていた時に警備部長の田中さんに声を掛けられた。

 

「福島くん、ちょっと良いかな?」

「はい?なんですか?」

「ここじゃなんだから、こっちに来てくれ」

 

 箸を止めて田中さんを見つめると、田中さんは深刻な顔をしながら俺を別室に来る様に言われた。俺は椅子に座って尋ねる。

 

「どうしたんですか?」

「うむ、実はな…………」

 

 田中さんの話はこうだった。田中さんには息子がいるのだが、その息子がドがつくほどの不良で手が付けられないそうだ。その息子が遂に田中さんの奥さんに暴力を振るったらしい。堪忍袋の緒が切れた田中は息子に『禁足地』で同じように暴れてみろと促したそうだ。息子は二つ返事で今夜行くと言ったらしい。田中さんは息子が死んでも構わないが、息子の友人達が心配だと言う。だから今晩その禁足地に行って様子を見て来て欲しいそうだ。

 

 確かに、母親に手を挙げるのは良くないな。

 

 俺は田中さんに恩を返すつもりで快く引き受けた。

 

「分かりました。様子を見て来ればいいんですね?けど、禁足地って事は無闇に入ってはいけないんじゃ?」

「いや、途中までは大丈夫。あるひと区間だけ立ち入り禁止なんだ」

 

 一体どんな所なんだ…………。

 

 了承したのを後悔し始めた俺は、田中さんに確認する。

 

「ちなみにここから遠いんですか?」

 

 俺がそう尋ねると、田中さんは地図を広げて俺に場所を教えてくれた。

 

「ここから10キロ程度の所にある○○山だ。ここは山自体一般人も入れるのだが、その禁足地だけは特別な人しか入れない。私もここに就職してから前警備部長からここだけは行くなと言われていたんだよ」

「一体その先に何があるって言うんですか?」

 

 俺が田中さんに尋ねると、田中さんは重い口を開いた。

 

「聞いた話だと2メートル程のフェンスには太い綱と有刺鉄線、柵全体には連なった白い紙垂、大小いろんな鈴が無数についてるらしい。それ以上いくと命の保証は無いと言われている」

「かなり厳重ですね…………。何か封印されているんですか?」

「私も詳しい事は分からない。頼む、ついカッとなってしまって喋ってしまった私に責任がある。だが、息子を許す訳にもいかない、だから福島くん、君が頼りなんだ」

 

 母親に暴力を振るった息子は確かに許す訳にいかないが、心の底では心配らしい。だから代わりに俺に行ってきて欲しいという。

 

 何があるか分からない、他にも誰かついて来て貰おう。

 

 仕事が終わった帰り道に、俺は○○寺にやって来た。

 

「やっほー、お岩さん」

「なんだ、誰かと思えば龍星じゃないか。どうしたんだい?」

 

 そう、俺はお岩さんに声を掛けたのだ。メリー達をものともせずに家まで乗り込んで来たお岩さんなら安心だと思い、声を掛けに来た。お岩さんは煙管をすうっと吸いながら俺の話を聞いてくれた。

 

「なるほどねぇ、いつ時代にもそんな奴がいるもんなんだね」

「うん。めんどくさいとは思うけど、ついて来てくれる?」

「まぁ、龍星の頼みだからね行こうじゃないか」

 

 お岩さんは快く引き受けてくれた。それと同時に俺は携帯を取り出して電話を掛ける。

 

《プルルルルル…………しもしもー?》

 

「あっ、口裂け女?」

 

《お久〜♪どうかした?》

 

 電話の相手はシシノケをボコボコにした口裂け女だった。

 

「今暇?」

 

《まぁ、暇だけど?》

 

「今から○○寺に来てくれる?お岩さんがいる寺にいるんだけど?」

 

《お岩さん!?あんたお岩さんとも知り合いなの!?ぶっとびー!》

 

 口裂け女は電話越しでも分かるくらい上擦った声を上げる。

 

「今すぐ来てね、頼みたい事があるからさ」

 

《えっ!?今すぐ!?えっ、ちょっとまっ─────》

 

 俺が一方的に電話を切ると、3分程で口裂け女が現れた。余程急いで来たのか、口裂け女は肩で息をしていた。

 

「ぜーっ、ぜーっうぇ…………何よ用って!」

「ちょっとハイキングに洒落こもうぜ☆」

 

 ─────夜になり、目的地に到着した。山の入口には原付バイクが3台駐車されていた。

 

 田中さんの息子はもう入った様だな。

 

 俺は車を降りると、お岩さんと口裂け女も降りて来た。口裂け女は辺りを見渡し、

 

「ヤンチャ坊主達はこんな山の中で何をしようっての?」

「なかなか雰囲気があるじゃないか、化け物でも出そうだねぇ」

「多分この先かな?」

 

 そのまま山道を進んで行くと、月の光がまったく入らなくなって来た。数分歩いているとほぼ同じタイミングで、何か音が遠くから聞こえ始めた。夜の静けさがやたらとその音を強調させる。最初に気付いたのはお岩さんだった。

 

「ねぇ、あたいの気の所為かね?何か聞こえないかい?」

「えっ?なにか聞こえる?」

「何かしら?」

 

 お岩さんの言葉で耳をすませてみると、確かに聞こえて来た。断末魔の様な叫び声が段々近付いて来ているようだった。俺が懐中電灯を照らして見ると、高校生くらいの青年2人が叫びながら走って来た。

 

「助けてくれぇっ!」

「ば、化け物だぁっ!」

 

 高校生達は俺に気付いてぐしゃぐしゃに泣きじゃくりながらしがみついて来た。

 

「助けて!頼むから助けてくれぇっ!」

「フェンスの向こうに何かいるんだよ!」

 

 俺は高校生達を落ち着かせる為に肩を摩った。

 

「まぁ落ち着け、どっちが田中さんの息子だ?」

 

 俺が高校生に尋ねると、高校生達は首を横に振った。

 

「俺達じゃねぇ、田中ならフェンスの有刺鉄線に引っかかってんだよ!」

「助けようとしたけど変な化け物が近付いて来たから置いてきたんだ!」

「置いてきた!?俺は田中さんに頼まれて来たんだ。息子は奥だな?」

「ああ、そうだよ!」

「分かった。俺が助けに行くからお前達は携帯で親を呼べ、いいな?」

 

 高校生達はブンブンと首を縦に振ってそのまま山を降りていった。口裂け女とお岩さんは顔をしかめる。

 

「余程のヤツがいるのね」

「これはあたい達だけで大丈夫かねぇ?」

「どんな化け物がいるか分かんないけど、行くしかない」

 

 俺達は山の奥へと進んで行った。

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