足のない女子高生

 マフラーの女ことマフラーちゃんと出会った翌日、研修が始まった。徒歩で研修会場に入った。警備の仕事に関わりのある法律や心構え、事故が発生したときの対処方法や護身用の道具の使い方、救命措置を習得する。新任研修は、はじめて警備の仕事に就く人に向けた基本的な内容のカリキュラムになっていて、18歳以上であれば、受講に必要な資格は特に無いらしい。基本教育はテキストやDVDを使っておこなう講義と実技で構成されており、礼式と呼ばれる実技では、敬礼や駆け足などの基本姿勢や大声を出す訓練なども含まれている。

 

 研修とはいえ、たった1人。寂しいし、虚しい。休憩時間は自動販売機でコーヒーを飲んで黄昏れるだけだ。これが3ヶ月も続くとなるととてもじゃないが憂うつになる。

 

 8時間後、ようやく研修初日を終えた俺はゲッソリとしながら夕陽を背にして歩いていると、踏切に差し掛かった。カンカンと警報が鳴り、遮断棒が降りて来た。

 

 こんな時に電車かよ……運悪ぃなぁ。

 

 勉強勉強でうんざりしている俺はイライラしながら電車が通るのを待っていると、

 

 ペタ…………ペタ…………。

 

 カンカンと鳴り響く中、何かが這う音が混じって聞こえて来た。

 

 なんだ?この音?

 

 俺は不思議に思い、辺りを見渡しているとワイシャツと赤いリボンを包みブレザーを着た女子高生が地面に横たわっているのが見えた。

 

 だが、俺は異変に気付いた。

 

 その異変というのは、その女子高生に下半身がなかった。

 

「えっ!?ちょ、君、大丈─────」

 

 これって119番?110番!?どっち!?

 

 スマホを片手に混乱しながら近付いた瞬間、女子高生は顔をバッと上げて、

 

「あたしが…………見えるんだね?」

 

 あっ、よかった、酷い交通事故じゃなさそうだ。危うく通報する所だったわ。

 

 一安心した俺はスマホをしまって下半身のない女子高生に近付いて尋ねた。

 

「あ、あの…………痛くないの?  肘とか手とか」

「なんで内蔵とか出てるのにそっちを心配するの!?」

「いや、最初は通報しようと思ったよ?見えるんだって言われれば幽霊って思うじゃん?」

「そうだけど、そうだけども!!」

「そりゃ生身の人間だったらめっちゃ心配するよ。けど、君幽霊でしょ?それなのに心配しないのかと言われたら不愉快ってもんですわ」

 

 俺が言い負かすと、下半身のない女子高生はぐうの音も出ないのか黙り込んでしまった。

 

 はい論破。

 

「んじゃ、痛くないなら俺はもう行くよ?見えてない人に見られたら頭のおかしな人と思われて通報されかねないからね」

 

 そう吐き捨てて俺はその場を後にした。

 

「ったく、若い幽霊ってあんなに意味不明な事いうのか?近頃の若い幽霊は分かったもんじゃねぇな」

 

 ブツブツと呟きながら歩いていると後ろから殺気というか、嫌な気配を感じ取った。

 

 なんだ?

 

 振り返って見ると、

 

「ちょっと待ちなさいよぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 先程の下半身のない女子高生が肘を使って物凄い勢いでこちらに向かって来ていた。

 

「えっ!?えっ!?なに!?どうやって進んでんのそれ!?」

「待てって言ってんだろぉぉっ!!」

 

 女子高生はめちゃくちゃ怒っているようで今にも俺を殺そうとしているのが嫌でも理解出来た。たまらず俺は無我夢中に走った。

 

「うおおおお!元陸上部の補欠なめんなぁぁっ!!」

 

 バトンを受け取った選手の様に走り出しだすが、相手は腐っても幽霊。人間が敵うはずもなく、あっという間に追い付かれてしまった。俺は足を掴まれて転ぶと、下半身のない女子高生がのしかかって胸ぐらを掴んで来た。

 

「さぁ、捕まえた」

「ま、まて!?落ち着け、話せば分かる!」

「幽霊と何を話そうっての?おじさん?」

 

 お、おじさん!?

 

 聞き捨てならない言葉を聞いた俺は開き直って、

 

「おじさんって言ったか!?このJK!よく聞けよ?俺はまだ20代だっつぅの!小便くせえ小娘が生意気に…………」

 

 こ、これは…………!!

 

 下半身の無い女子高生が動く度垣間見えるワイシャツの隙間。恐らく動いた反動でボタンが外れたのだろう。そう、ブラジャーがチラチラ見えている。

 

「おらぁぁぁっ!!どうやって殺してやろうか!?」

「…………」

 

 怒り狂っている下半身の無い女子高生のブラチラを目に焼き付けようとしていると、目線に気になったのか声を掛けて来た。

 

「つーか、さっきから何見てんの!?」

「え?何って?」

「とぼけないでよ。あ、分かった。おじさん、あたしの胸見てたでしょ?」

 

 胸じゃない、ブラジャーだ。

 

「まぁ、嘘言っても仕方ないから言うけど、言っていいの?」

「はぁ?何?嘘じゃないっての?」

「うん。チラチラ見えるブラジャーを見てたよ」

 

 正直に言うと、下半身の無い女子高生は呆れた顔をして、

 

「はぁ〜?胸もブラも同じでしょ?つーか、見ないでくれる!?」

「はぁ〜?ボタン外れてたから見てただけなんですけど?」

「はぁ〜?マジでキモいんですけど?痴漢じゃん」

「はぁ〜?痴漢じゃないんですけどぉ〜?透けブラとかブラチラをたしなむ程度の男ですけどぉ〜?」

 

 勝手にブラチラさせておいて痴漢呼ばわりするとはなんてやつだ。

 

「いいか?俺はな?確かにおっぱいが大好きだよ。けどな?透けブラやブラチラの方がグッとくるものがあるんだよ!」

「いや言ってる意味が分かんないんですけど」

「とりあえず、退いてくれるか?」

「退いても逃げないよね?」

「当たり前だ、痴漢じゃないんだからな。正々堂々と戦ってやるよ」

 

 俺がそう言うと、下半身の無い女子高生は頷いた。

 

「分かった」

 

 下半身の無い女子高生が力を緩めた途端、俺は彼女をドンと突き飛ばして思いっきり駆け出した。

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