新人研修

 シシノケが現れたキャンプから数日後。お盆が過ぎた頃、俺は出勤して警備室で日報を書いていると警備部長がやって来た。警備部長はにこやかな顔しながら俺に声を掛けてきた。

 

「福島くん、お疲れ様。ちょっといいかい?」

「お疲れ様です。何か用ですか?」

 

 俺はペンを置いて警備部長に顔を向けると、警備部長は俺に資料を手渡して来た。

 

「なんですかコレ?」

「これは新人研修のパンフレットだよ。福島くん、この仕事して3ヶ月になるでしょ?言わばコレは一人前になるための研修だよ」

 

 研修かぁ、って事は勉強的な事もしなきゃいけないんだよな?

 

 俺はパンフレットをベラベラ捲って行くと、どうやら研修は他県で行われるらしい。

 

「なるほど。パンフレットを見ると来週から見たいですけど、何か必要な物はあるんですか?俺研修とか初めてなんですけど…………」

「まぁ、着替えとか筆記用具とか制服かな?今着てる制服を着て研修を受けて貰わないといけないから」

「分かりました。ちなみに宿泊先はどこですか?ホテルですか?」

 

 俺が首を傾げながら警備部長に聞くと、

 

「いや、ホテルじゃないんだ」

「えっ?んじゃ…………旅館か民宿ですか?」

「いや、旅館でも民宿でもないよ」

 

 まさかこのオッサン、〇〇県まで通えと言うのか?

 

「まさか通えとか言いませんよね?」

 

 俺が恐る恐る警備部長に聞くと、警備部長は得意げな顔をしながら答えた。

 

「まさかそんな訳ないじゃないか。ウチの警備会社は研修用の一軒家を所有してるんだよ」

「凄いですね。結構大きいんですか?」

「まぁ、大きい方じゃないかな?だから期待していいと思うよ」

 

 ほほう、ウチの警備会社も捨てたもんじゃないな。

 

「ちょっと楽しみですね。他の支部からも人が来るんですよね?ルームシェアするようで楽しみですよ!」

 

 俺が期待で胸を膨らませると、警備部長から笑顔が消えた。

 

「い、いや…………福島くん、実は悲しいお知らせがある」

「え?なんですか?まさか「男だらけなんだ」とか昔のギャグ漫画見たいな事言わないで下さいよ?大丈夫ですよ、男だらけでも楽しそうですから」

「1人なんだ」

 

 オッサン、今なんて言った?

 

 俺がコーヒーを啜ってもう一度警備部長に確認した。

 

「今、なんて言いました?」

「本当に申し訳ない。今回研修は福島くん、キミ1人なんだよ」

「な、なんでですか!?」

 

 俺がガタッと椅子から立ち上がって警備部長のワイシャツに掴みかかりガクガクと揺らし始める。

 

「〇〇警備会社だって結構大きいじゃないですか!なのになんで新人が俺しかいないんですか!?」

「し、仕方ないんだ!新人達はみんな1ヶ月弱で辞めてしまって新人が福島くんしか残らなかったんだよ!」

「ふざけないで下さいよ!研修先で俺ひとりぼっちじゃないですか!年下の後輩。ツンデレの同い年。年上のお姉さん先輩見たいなハーレム展開を期待してたんです!返して下さいっ!俺の期待を返して下さいっ!」

「なんで女の子しか期待してないんだよ!こんなハードな職場に可愛い女の子が入って来るわけないだろ!」

 

 警備部長は遂にキレて俺の手を振り払った。

 

「まったく、激しい子だねキミは!。とにかく、研修は明日からだから忘れ物をしないようにしてくれよ?」

「はーい。分かりましたぁ」

 

 明日からからかぁ、カッシーと婦長に挨拶した方がいいな。

 

 ───────そして、業務を終えた俺は夕方、病院の屋上のドアの鍵を開けて外に出ると、婦長とカッシーが夕陽を浴びながら街を見渡していた。

 

「婦長、カッシー。ちょっといいかな?」

「なんだ、龍星じゃないか」

「どうしたの?まだ他に人もいるのに声をかけるなんて珍しいわね」

「ああ、実は話があって来たんだよ」

「話?くだらない話じゃないだろうな?」

 

 婦長は普段の俺の行動に警戒しているのか、ジリジリと距離を取る。カッシーも婦長の行動を見て、同じように距離を取る。

 

「大丈夫だよ。何もしないから」

「そう言って貴様は何度も不埒な事をして来たじゃないか」

「ホント、どの口が言ってるのかしらね?」

「いやホントだって。今日はちょっと挨拶をしに来ただけだから」

 

 俺がほんのり寂しい顔をすると、カッシーと婦長は俺の顔色を見た途端動揺した。

 

「挨拶?おい、まさか辞める気じゃないだろうな?」

「もう辞めちゃうの?なっさけなーい」

「ちげーよ!明日から3ヶ月間〇〇県に研修に行くんだよ。だから挨拶をしに来ただけ」

 

 そう言うと、婦長は安心したかのように胸を撫で下ろした。

 

「なんだそう言う事か。なら3ヶ月間は平和が訪れるという事だな」

「そうだよ。辞めるのかと思って包丁用意してたのに残念ね」

「随分な塩対応じゃないか。照れなくてもいいんだよ?」

「照れてないわ!」

「その自信どこから湧くの?脳外科に診てもらった方が良くない?」

「カシマ、こいつはもうダメだ」

 

 なんなの?いい加減泣いちゃうよ!?

 

 2人に冷たい事を言われた俺は、

 

「あーそうかい!そういう事を言うんだな!?帰ってきたら覚えてろよ!?この世に彷徨ってる事を後悔させてやるからな!!バーカバーカ!ベージュパンツの癖に生意気だぞ!」

 

 そう吐き捨てながら俺は屋上をバタン!と強く閉めて鍵をかけてバタバタと階段を降りて行った。残されたカッシーと婦長は再び夕陽を眺めながら呟いた。

 

「少し…………寂しくなるな」

「そうね、3ヶ月はちょっと長いからね」

 

 2人は屋上から俺が帰って行くのを見守っていた。

 

 ────────────────────────

 

 買い物を終えて家に帰った俺は、着いた途端にバタバタと部屋に入り、スーツケースを取り出して着替えや筆記用具、そして制服をキチンと畳んでいると、はーちゃん達が部屋のドアから覗いてきた。

 

「おかえりなさい、龍星さん。急に荷物をまとめてどうしたんですか?」

「ちょっと、ただいまくらい言いなよ」

「あらあら、そんなに急いでどうしたんですか?」

「何をそんなに慌ててるのじゃ?まさか警察に追われてるのか?」

「あんた外で何して来たのよ。一緒にごめんなさいしに行ってあげようか?」

「どう、した、の?」

 

 全ての物を入れ終えた俺は、

 

「明日から3ヶ月間研修になったんだよ。だから3ヶ月間いないからね?」

「研修!?どこに!?」

 

 メリーが目をまん丸くさせながら俺に聞いてきた。

 

「〇〇県だよ」

「〇〇県!?あんた一人で大丈夫なの!?」

「子供じゃないんだから大丈夫だよ」

「警備という仕事は忙しいんじゃのぉ、わしらの事は心配せずに頑張って来い」

 

 花ちゃんは小さい胸をドンと叩いて鼻息を荒らげる。

 

「ありがとう花ちゃん。おじさんの餌…………ご飯とかよろしくね?」

「今サラッと餌って言ったわね」

 

 すーちゃんにツッコミを入れられたが無視しながら荷物をまとめる。だが、何かが物足りない気がして落ち着かなかった。

 

「なんか物足りないなぁ、なんだろう?」

「必要なもの入れたんでしょ?大丈夫じゃない?」

「護身用の塩水霧吹きは入れたのか?」

「あっ、それかも」

 

 花ちゃんに言われて気付いた俺が霧吹きを手にした時、お菊さんに声をかけられた。

 

「あっ、それでしたら天然塩を持って行くと良いですよ?我々怨霊は天然塩は苦手ですから」

「え?そうなの?」

 

 お菊さんに顔を向けると、はーちゃんも混ざって来た。

 

「確かに、人工で作られたお塩より、天然塩の方がピリピリして痛いですからね。向こうで変な幽霊に絡まれないように持って行った方がいいですよ」

「はーちゃんもそういうなら向こうで用意するよ」

「なんならあたし付いて行こうか?幽霊だもの、宿泊代かからないでしょ?」

「え?んじゃ一緒にお風呂入って─────」

「やっぱりやめとくわ」

 

 メリーは俺からススッと距離を取る。

 

「んだよ、可愛くねぇな!良いよ!向こうでお前らより可愛い幽霊捕まえて研修期間エンジョイしてやるよ!」

「そこは人間じゃないんじゃな」

「あんた、自分で言って悲しくないの?」

 

 花ちゃんとメリーに言われた俺は、遂にキレた。

 

「あー!もう!ごちゃごちゃうるせぇっ!新しい洋服買ってやんねぇぞ!?。それにメリー!お前が頼んでたストッキング没収な!」

 

 帰って来る途中にメリーに頼まれた新しい黒いストッキングをレジ袋取り出した。取り出した途端、メリーが泣き叫ぶ。

 

「やぁぁっ!ごめんなさい!悪かったから頂戴!!」

「るせぇっ!帰って来るまで返さねぇからな!」

 

 そう言って俺はメリーを振り払いながらスーツケースをバタンと閉じた。

 

 翌日。

 

 朝早々と、俺はお化け達が眠っている間に支度を整えて靴を履いた。

 

「よしと、んじゃおくま。行ってきます」

 

 おくまの頭を撫でると、「行ってらっしゃい」と言ってくれたかのようにニッコリと笑って俺を見送ってくれた。駅に着き、〇〇県行きの新幹線に乗って揺られて3時間後、ようやく研修先に辿り着いた。

 

「はぁ〜、ようやく着いた。眠い…………」

 

 大きなあくびをして辺りを見渡すと、背中に妙な視線を感じた。ばっ!っと振り向くとそこには…………。サラリとした真っ黒の髪を靡かせて真夏なのにも関わらず赤いマフラーをした女性が立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る