霊安室の看護師

 新しい職に就いた俺は、面接を終わらせて明日からの準備をする為に家に帰った。玄関に入ると、おくまが「あっ、おかえり」っという感じの顔をしながら顔を向けた。

 

「ただいま、おくま。あー、疲れた」

 

 スーツのネクタイを緩めながら俺は茶の間に入り、幽霊達に声をかけた。

 

「ただい────」

「いけっ!そこだ!いけぇっ!!」

「10番いけいけー!」

「5番負けるなぁー!」

「1番のお馬さん、負けてはいけませんっ!」

 

 八尺様、小さいおじさん、花ちゃん、メリーがテレビの競馬の番組を見ていて、レースを応援していた。くねくねは絵本を黙々と読んでいた。

 

「おい、おい、おいおいおい!」

「ちょ、うっさい!今いい所なんだからっ!」

「帰ったのだろう!?さっさと飯の支度をせぬかっ!」

 

 こいつらっ!!

 

「はいはい、今日は豚丼でいい〜?」

「賛成ー!」

「豚肉か、まぁいいだろう」

「あんちゃん!見てくれ!レースで1万円勝ったぜ!今日はビールつけてくれよ!!」

「えっ!?勝ったの!?勝ったんならいいけど。キリ〇ビールでいいだろ?」

「おうよ!」

 

 俺はちゃちゃっと豚丼を作り、缶ビールを開けて玩具のグラスに注いで小さいおじさんと乾杯をした。テレビに夢中だった花ちゃん、メリー、はーちゃん、くねくねもお腹を鳴らしてやって来た。

 

「あー、騒いでたらお腹空いた〜!」

「競馬というのは奥が深いのぉ」

「そうですねぇ、これでおじさんは勝ってるのが凄いですね!」

 

 皆が椅子に座り始めた。俺はタンスの隙間に目を向けると、『グゥ〜』っとお腹を鳴らす隙間女と目が合った。

 

 めっちゃ、腹鳴らしてんじゃん。

 

 見兼ねた俺は、隙間女に声をかける。

 

「そんな所にいないで、こっちに来ればいいじゃん」

 

 俺がそう言うと、

 

「べっ、別にいらないもん!お腹減ってないも」

 

 グゥ〜

 

「腹減ってんだろ?ほら、【すーちゃん】の分もあるから」

「気安く変なあだ名付けないでよ!」

 

 すーちゃんと呼んだ途端、隙間女は隙間から飛び出して来た。俺は豚丼をかきこみながら、

 

「だって隙間女って呼びにくいじゃん?」

「ふざけんじゃないわよっ!んじゃ、んじゃさ!?この子はなんて呼んでんのよ!?」

「えっ?花子さんの花ちゃん」

「んじゃこの子は!?」

「メリーさんのメリー」

「んじゃこのデカい人は!?」

「八尺様のはーちゃん」

「んじゃ玄関いる不気味な人形は!?」

「おくまだけど?」

「んじゃさ、んじゃさ!?このくねくねしてる子は!?」

 

 隙間女は最後にくねくねに指を指した。くねくねは口にご飯を頬張りながらこちらに気付いて、首を傾げる。

 

 そういえば……、くねくねってなんか可愛げないなぁ。

 

「当ててあげる、くーちゃんね?」

「え、え〜っと、【くねちゃん】?」

「なんでそこはくーちゃんじゃないのよぉっ!?」

 

 隙間女は俺に掴みかかり、タンスの隙間に引きずり込もうとする。

 

「おい、やめろ!豚丼がこぼれるだろうがっ!」

「さっきからあたしをバカにしてもう、許さないんだからっ!」

 

 この野郎っ!許さんっ!

 

 俺はアツアツの豚丼の豚肉をつまんで隙間女の腕にくっつけた。

 

 ジュッ!

 

「あ゛っつ!」

「ったく、このツンデレ幽霊め!てめぇは飯抜きだっ!」

 

 その後、隙間に閉じこもったすーちゃんは、俺に口を聞かなくなった。

 

 ─────────────────────

 

 翌日の夜。俺は初出勤の準備をして、靴を履き始めた。

 

 初出勤に夜勤にまわすなんて、余程厄介なヤツがいるんだろう。

 

「んじゃ、明日の朝に帰って来るからね?みんな留守番たのんだよ?」

「行ってらー」

「ちゃんと働いてくるんじゃぞ」

「お気を付けて、ご奉公して下さいね!」

「行ってらっしゃいませ」

 

 俺はおくまの頭を撫で、みんなに見送られながら職場に向かった。片道数十分かかる道のりでシフトの時間に間に合う様に警備室に入った。俺が警備室に入ると、警備部長が今にも死にそうな顔をしていた。

 

「お疲れ様です。タイムカード押してきました」

「はいはい。ご苦労様、初出勤に夜勤にまわしてごめんねぇ」

「いえいえ、で、夜勤の勤務は何をすれば良いんですか?」

 

 俺が部長に言うと、

 

「初日だからね、とりあえず監視カメラの監視と、病院の巡回、施錠をして貰えれば良いから。次回の夜勤の時から本格的な仕事をしてもらうよ」

「分かりました。夜間に患者さんが来る事は?」

「ここは田舎だからねぇ、滅多に来ないよ」

 

 そんな適当で良いのか!?

 

 部長はフラフラと立ち上がり、マニュアル本を棚から取り出して俺に渡す。

 

「とりあえず、この通りに動いてくれればいいから」

「分かりました」

「んじゃ、僕は帰るからねぇ〜」

 

 部長はそう言い残し、帰って行った。俺は椅子に座り、マニュアル本を読みながら監視カメラを見始めた。

 

 

 数時間後。

 

 時刻は深夜2時を過ぎ、俺は巡回と施錠を終わらせて警備室に戻って来た。

 

「ふぅ〜。巡回と施錠でもこんなに時間がかかるのかぁ」

 

 独り言を言いながら監視カメラを覗いて見ると、車椅子を押した看護師が目に入った。

 

 あれ?さっき見た所には患者さんいないし、ナースステーションもないよな?なんであんな所に看護師さんがいるんだ?

 

「一応、もう一回見てくる─────」

 

 プルルルルルル!

 

 突然、警備室の電話が鳴り響いた。病院の電話は、向こうが何処からかけて来ているのか分かるシステムになっている。ちなみに、この電話の先は……霊安室と記されていた。

 

 出たっ!お決まりの霊安室パターン!!

 

 俺は恐る恐る受話器を取って対応した。

 

「はい、もしもし……警備室ですが?」

《………………………ごめんなさい……》

「はい?どうしました?もしもし?」

《ブチッ。ツーツーツー》

 

 電話は一方的に切られてしまった。

 

「ごめんなさいってなんだよ……はぁ、そういう事か。部長さん達を困らせている原因はコレか」

 

 原因を突き止めた俺は警備員の帽子をかぶって、俺は懐中電灯を片手に霊安室に向かった。霊安室は地下にある為、専用の階段を降りて行くと……生ぬるい空気が漂っていた。

 

 これは厄介なヤツが居そうだなぁ。

 

 俺は暗闇の廊下を懐中電灯1つで進んで行き、霊安室を探した。階段から少し進んだ突き当たりの所に、霊安室と書かれた部屋を見付けた。

 

「ここかぁ……」

 

 霊安室からは禍々しいオーラの様な物が見えた俺は、ゴクリと唾を飲み込んで鍵を開け、扉を激しく開けた。

 

「コラァッ!何やってんだ!!」

 

 怒鳴り散らしながら電気を付けるとそこには誰もいなかった。

 

 逃げられたか……。

 

「ちっ、どこに行きやがった!?」

 

 プルルルルルル!

 

 待っていたかのように、霊安室に備えられていた内線電話が鳴り出した。俺は辺りを見渡しながら受話器を取った。

 

「はい……こちら霊安室」

《…………………………》

「貴様だな?警備員達を脅かしてるのは?こんな子供じみたイタズラしてねぇで出て来たらどうだ?」

 

 俺が相手を煽ると、

 

《…………………うしろ》

 

 俺が振り向いて見ると、

 

 俺の目の前には、病院の看護師の制服とは違う看護師が立っていた。

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