Episode.4 始まりの祭典(2)

「アイラ、バーナード先輩!こっちこっちー!」


 翔馬車から降りてすぐの小さな広場の中央で、元気よく手を振る姿がある。


「リオン!ユウカも、おはよう!」


 普段の様子からは想像もできないほど楽しそうな表情で手を振り返すアイラと、その後ろで駆け回る子どもたちを避けながら危なっかしく歩くバーナードが、既にいくつかの露店で料理を買ってきたのであろう2人のもとにたどり着く。


「ほんとはアイラたちもうちに泊まれればよかったのだけど……」


「生徒会の仕事があったからね…でも、気遣いは嬉しかったよ」


 ユウカの実家である貸衣装屋は、帝都の中央広場にほど近い場所にある。それを利用して、2人は祭りの開始と共に露店を巡っていたようだ。本当はアイラとバーナードも誘われていたのだが、生徒会のメンバーであるが故に叶わなかったのである。


「…喉乾いた」


 その後もしばらく話し込んでいた3人の後ろから、どことなく拗ねたような声が聞こえてくる。振り返ると、不機嫌そうなバーナードが立っていた。


「飲み物のお店……なにかあった?リオン」


「シキからなんか来てたような気がするけど……」


「確か、お茶だったわよね」


「じゃ、それでいいや」


 それだけ言ってわけの分からない方向へ歩いていくバーナードを、1つ年下の3人が呆れたような顔をして眺めている。


「バーナード先輩、そっちはとってもお肉」


「とってもお肉…………」


 吹き出しそうなのを堪えたアイラがバーナードの手を引き、リオン達の待つ方へ連れて行く。


「こっちの奥の方にシキの露店が集まってるんだよね!」


「ええ。美味しそうなものがいっぱいあったわ」


「シキってことは……『お団子』とかあるのかな?」


 実を言うならばアイラはこの「お団子」を楽しみに今日ここへやってきている。図書館の本で「シキの伝統料理で、様々な味付けがなされているもちもちの食べ物である」と読んだときから、アイラの脳内はお団子ブームに支配されてしまっていた。


「お団子?シキの伝統料理だっていう?」


「そう。お茶とよく合うって、本に書いてあったの」


 そんな話をしながらしばらく歩いていると、やがて色鮮やかな民族衣装をまとった人々が増えてくる。その中にはシキの民族衣装もちらほらと見られ、この辺りが独自の伝統を築く少数民族が多く露店を構える場所だと知らせていた。


「確かこの辺が…あ、あった!シキの露店!」


 少し先を歩いていたリオンが指で指し示した先に、真紅の傘とやや低いベンチが並んだ一角が見えてくる。少々混雑しているようだが、今やってきたアイラたち4人が座ってもまだ何席かは空きがありそうに見えた。


「いらっしゃいませ〜」


 先に来ていた客に茶菓子を出した店員らしきエルフの女性が、4人を目に止めて声をかける。


「あら、その制服はリオレンタの…」


「はい、今日は学校がお休みだから来たんです」


 そうだったのね、と呟いた彼女に案内され、4人並んで席に座る。


「それじゃあ、これがお品書き。注文が決まったりイメージしにくいものがあったりしたら言って頂戴ね」


「あの…このお団子って……」


 アイラがおずおずと手をあげて質問すると、快い笑顔とともに説明される。


「白麦を粗く挽いた粉を練って茹でたものよ。砂糖とか豆醤とか、色々な味があるわ」


「えっと……じゃあ、この豆醤餡っていうのと…あと、華砂糖?を、一個ずつおねがいします…」


「私は豆糖のやつで。リオンとバーナード先輩は?」


「華砂糖と豆糖!」


「…俺は香草のやつが気になるからこれで」


 各々が気になる団子を注文し、最後にアイラが取りまとめるように4人分の茶を注文すると、店員の彼女はメモを片手に奥へと戻っていく。


 程なくして、まだ湯気の立ち上る温かい団子と淹れたての茶が運ばれてくる。


「おまちどうさま〜。お茶は熱いから気をつけて飲んでね〜」


 豆醤餡が陽の光を弾いて甘美な輝きを見せ、その横では華砂糖が煌めきを放つ。茶は緑色の強い濁り茶で、柔らかい香りを漂わせている。


「はむ………おいし………………」


 真っ先に団子に齧りついたリオンがそれだけ言うと後は黙ってしまい、残った3人も「そんなに美味しいなら」と団子を手に取る。口に入れ、歯を立てた瞬間に「もちぃ」としか形容のできない食感と甘みが口いっぱいに広がった。茶の淡い苦味ともよく合い、皿と湯呑みはあっという間に空になってしまった。


「ごちそうさまでしたー!」


 会計を済ませて露店を後にし、次はどこへ行こうかと歩き出した。時刻はまだ10時過ぎ、祭りはまだまだ続く。

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