サボテンを捨てる話

哀音昏音

第1話

 サボテンが目を覚ますと目の前に一人の少女がいた。

「はじめまして!テンちゃん!わたしはみつき!みっちゃんってよんでね!このまえ小がっこうに入ったばっかなんだよ!」

 みっちゃんは出会うや否やこちらのことなどお構いなしに自己紹介を始めた。一般人から見れば鬱陶しいこの行為も、テンちゃんにとっては心地よい。

「テンちゃんただいま!」

 その日からみっちゃんは毎日テンちゃんに話しかけた。そのおかげでテンちゃんはみっちゃんのことならなんでも知っている。誕生日や好きな食べ物はもちろん、仲のいい子や今度のお勉強の内容に至るまでテンちゃんは聞かされた。そんな毎日がテンちゃんは幸せだった。

「テンちゃん知ってる?サボテンってかれないんだって。テンちゃんすごいじゃん!ふしちょーみたい!」

 ある日みっちゃんはお母さんから聞いた話をそのままテンちゃんに教えた。

『ふしちょー』とは死なない鳥であることを以前みっちゃんから聞いていたテンちゃんは、そんなすごい生き物と並べられて少し照れてしまった。テンちゃんがそんなすごい植物だと知ったみっちゃんも誇らしげである。

 みっちゃんが中学校に入学した後もみっちゃんはテンちゃんに話しかけ続けた。

「ねーねーテンちゃん、三年の野村先輩がちょーかっこよくてさー」

 最近みっちゃんは男の子の話ばかりする。これは思春期というものだとテンちゃんは、たまにみっちゃんの部屋の片づけに来るみっちゃんのお母さんから聞いていた。

「ごめんねぇ、みつきがあなたに変な話ばかりして」

 みっちゃんのお母さんはそう言うが、テンちゃんはみっちゃんの話を一度も不快だと思っていない。むしろ外の世界のことをいろいろ教えてくれるみっちゃんにテンちゃんは感謝しているのだ。

「決めた!私、野村先輩の志望校と同じ高校に行く!」

 恋焦がれるみっちゃんの話を、テンちゃんはまるで親にでもなったかのような気持ちで聞いていた。

 みっちゃんが失恋してから一か月が経とうとしていた。みっちゃんは毎日猛勉強をし、宣言通り野村先輩と同じ高校に入学した。しかし野村先輩は高校で別の彼女をつくっていたのだ。みっちゃんの恋は伝えることさえできないまま、幕を閉じた。それから一か月。みっちゃんは消えた。テンちゃんはなにもできない自分にひどく腹が立った。それから二週間後にみっちゃんはフラッと帰ってきた。

「テンちゃん、ごめんね」

 テンちゃんは安堵した。テンちゃんと呼び、語り掛ける様子はまごうこともなくみっちゃんなのである。

「私、先輩を忘れるためにこの家を離れていたの」

 みっちゃんが重々しく口を動かす。

「でもどうしてもテンちゃんを見ると先輩を思い出しちゃって、辛いの。だからね、」

 みっちゃんは目に涙を溜めながら続けた。

「お別れしてもいいかな」

 次の日の朝、テンちゃんは捨てられた。みっちゃんの顔は寂しそうで、どこか清々しかった。サボテンは枯れた。

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サボテンを捨てる話 哀音昏音 @inecryne

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