富士山で一番最強なのは、ラーメンでした。
さくらみお
第1話
これはまだ私が二十代の頃の話。
当時の私は富士山の麓にある自動車関連の会社に勤めていた。
同じ部署のメンバーはとても明るくて、陽気な人間が集まっていて、とにかく楽しい事が大好きなのだ。
週末になれば居酒屋へ行ってどんちゃん騒ぎ。
地域の様々なイベントや祭りにも参加しては、みんなでBBQ。
釣りや旅行にも行ったし、会社のバレーボール大会でもお揃いのTシャツを作るほど意気込んで挑んでは、肝心の練習不足で一回戦敗退をした。
月曜日になると「週末、何して遊ぼうか」がいつもの口癖だった。
(もちろん、仕事はしっかりとやっていた)
これといったグループもなく、誰かが「こんなイベントやるけれど、参加する人~!」とメールで投げかけて、行きたい人が参加するというものが多かった。
そんなある年の8月、戸嶋さんという上司が「富士登山に行く人〜!」という募集をかけた。
日本一高い山であり、その景観はとても美しいと言われている富士山。
しかしいつも見ているせいか、あまり有難みも特別感も無く……私にとって富士山とは、笠雲で天候を知るコンテンツに過ぎなかった。
そんな風に見るのは毎日だが、登った経験は? といえば、頂上まで登った事は無い。
学生時代の遠足で八合目までは強制で登らされたが、それ以上はなかった。
募集を見て、ふと登ってみたいと思った。
当時の私は達成感を求めていた。
自分に敢えて辛い状況を強いて、その先に得られる達成感が好きだった。
だから趣味でランニングもしていた。
たくさん走って鍛えているから、富士登山も少しは辛いだろうが楽勝だと思った。
さっそく戸嶋さんへメールを返信した。
……これが大誤算の始まりなのだが……。
◆
そして富士登山当日の朝。
私はランニングをしていた。
土日の朝は、会社の「マラソンをやりたい人」仲間が集まり、いつも長距離ランニングをしていた。
ある程度ののんびりペースで長距離を走るから、走りながら雑談もたくさんする。
私は今日登山に行く事を伝えた。
「今日、戸嶋さんの富士登山企画に行ってくるんですよ」
「ええ~?! さくらさん、走った後に富士登山行くの!?」
「出発までに時間あるので、平気かと思って」
「何時に行くの?」
「夕方に会社の駐車場集合です。富士宮口から登って、日の出を見て御殿場口から帰ってくるコースです」
「ひえ~……さくらさん、ド
と、ランニングメンバーには呆れられつつ、いつもの20kmコースを走りきり、それから夕方に登山メンバーの集まる会社の駐車場へ向かった。
今思うと当時は若かったなと思う。
◆
富士山には四つの登山コースがある。
静岡県に三つ。
富士宮口、御殿場口、須走口。
山梨県に一つ。
富士吉田口。
私達は静岡県の東部に住んでいる。
一番楽と言われる富士宮口から登り、御殿場口を下るコースに決める。
普段の富士山は五合目までなら車で行ける。
しかし、夏の登山シーズンは混雑するためマイカー規制があり、五合目近くの公園までしか行けない。そこから、シャトルバスで五合目の登山口まで行くのだ。
その時のメンバーは15名ほどだったと思う。
全員、山登り経験はほぼ無しの
なのに最初からラストダンジョンへ乗り込む様な無謀なチャレンジを挑もうとする我ら。
日が暮れたとはいえ蒸し暑い会社の駐車場で、発起人の戸嶋さんはウキウキと言った。
「頂上でビール飲むんだぁ」
と、350mlの六本入りの缶ビールを見せてくれた。
……富士登山(夜間)を経験した人ならば、この缶ビールが要らない代物だとお分かりだと思うが、それは後述に記す。
他のメンバーも、定番のポテトチップス(気圧で膨らむため)を持ってきたり、私もお父さんの要らない靴下を持ってきたりして、全員集まったしそろそろ出発しようか? という頃合いで「お~い!」と同じ部署の赤木さんが会社の方から走って来た。
みんな「ん?」となる。
赤木さん、富士登山メンバーでは無いのだ。
しかも恰好は半袖シャツにジーパン、ナップサック一つ。
確か今日は休日出勤をしていたのだが……。
「仕事早く終わったから、一緒に富士登山行くわ!」
と、軽く「そこらへんのコンビニ行くわ」ぐらいの口調で赤木さんが突然参加しようとした。
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