第20話 魔法のようなもの【side.セーレ】
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「シッ!!」
私はカロリーヌさんの左側面から一気に間合いを詰めた。突き、払い、時にフェイントを混ぜながら逆手に持ち替えてナイフを振るい、蹴りを混ぜながら絶え間なく死角から何度も斬りかかる。どれも兄上から太鼓判を押された精度と速度だったはずだ。
だが彼女は全て見切っているのか、軽やかに後ろにステップを踏みながら紙一重でそれを躱し、私が後ろに飛ぶのに合わせてすぐさまサーベルを振り下ろしてきた。その角度と速度は、凡人の良くするところではない。
いや、これは……兄上の剣よりも鋭い!?
辛うじて身体を捻って刃を躱したけど、あのまままっすぐ飛んでいたら確実に斬られていた。……そう思っていると、体操着の一部がはらりと落ちたのが視界の端で見えた。
「切れた!?う、嘘でしょうっ!?」
今の一瞬で体操着の一部を斬られていた。刃を潰しているにも関わらずだ。
なんて恐ろしい技術、そして太刀筋の鋭さだろう……!ひらめいてる布を切り落とすなんて、人間の肉を傷付けるより遥かに難しいはずなのに、それをなまくらで成し遂げるなんて……!?
「終わりですか?」
「くっ……!?」
一方で彼女は一切手傷を負っていないばかりか、息切れの一つもしていない。持久力と筋力量の不足を、卓越した剣技で補っているらしい。
動かされているのは私だけ。つまり、カロリーヌさんの方が遥かに格上で、この場を完全に支配している証拠だった。
「来ないならば……こちらから参ります」
そう静かに宣言した彼女は、ゆっくりと前傾を取り……音も無く瞬時に間合いを詰めてきた。
「は、
私はほぼ反射的に右腕を持ち上げ、その結果幸運にも、本当に運がいいことに、ダガーの腹で剣を受けることが出来た。
う、上手い……!!真正面から、かつ自身の身体を壁にしてサーベルを抜き放つことで、剣の間合いを読みにくくしている!?
「ぐっ!?」
彼女の剣戟は止まらない。疾風迅雷を思わせる剣筋を、私は無様に地面を転がるようにして、小さなダガーを盾にしながら避け続けるより他なかった。
もはや構えがどうこうという次元ではない。強い……本当に、強過ぎる!!あのカロリーヌさんがこんなにも強いなんて!?
まだ先生から「待て」の声は上がらない。でもこの一瞬で実力差がハッキリしてしまった。このままでは、勝てない。間違いなく彼女の剣の方が上手だ。
「流石です。では、これならどうでしょうか」
「ひっ!?」
凄まじい圧がカロリーヌさんから放たれた。寒気すら覚える殺気で、私の身体が一瞬硬くなった瞬間を彼女は見逃さない。再び瞬時に間合いを詰めて、猛然と斬りかかってくる彼女の剣を、私は辛うじて受け流すことしかできなかった。
振るう一撃一撃が重く、鋭く、そして容赦がない。まともに受け止めればナイフの刃ごと持っていかれそうだ。そして集中している所をフェイントのように殺気が刺さり、危うく対処を間違えそうになってしまう。
どうする……どうすればいい!?動きだけでなく、殺気すら見事にコントロールする彼女に勝てる手立てなんてあるの!?
整えられた校庭では飛礫も落ちていない。こんなことなら私もサーベルか、いっそ長柄を選ぶべきだった。カロリーヌさんを過小評価していた私の落ち度だが、今はそれを悔いている時ではない。
「あっ!?」
逃げ続けていた私はついにバランスを崩し、尻もちをついてしまった。ナイフは取り落とさずに済んだけど、攻撃を避けられる態勢ではない。
「これで終わりです!……わっぷっ!?」
カロリーヌさんの上段が私に振り下ろされた瞬間、私は左手に掴んでいた物を彼女の顔面に投げつけた。
秘密兵器でもなんでもない、校庭に無数に転がっている砂だ。
尻もちをついた時に思わず握り込んだそれが、奇跡的にも役立った。
たまらず目をつむった彼女の鳩尾に蹴りの一撃を喰らわせた私は、そのまま全体重を乗せるようにして背中から地面にたたきつけた。そしてナイフを首元に当てて、その動きを止める。
「……参りました」
「それまで!」
先生の声が、空高く響き渡った。
「うぅ……負けてしまいました。流石セーレさんです」
いつものふわふわしたカロリーヌさんに戻った彼女は苦笑いを浮かべていたが、とても勝ちを誇れる気分ではない。
「何を言っているの、あなたの方がずっと強かったわ。……素晴らしい剣技だったわ」
あの場面、完全に私は負けていた。もしも勝負の舞台が校庭ではなく、砂を掴めない草むらであったなら。そして何より、彼女が破れかぶれの身体強化を使っていたならば。
……どんな卑怯な手を使っても、私では勝てないだろう。
「それでも、最後に負けたのは私です!あのままやっていたら、私は首を切られていました!やっぱりセーレさんはすごいです!」
「やめて!」
カロリーヌさんの優しさは分かる。分かっているけども……!!
「無理に私を持ち上げないで!戦ったのが校庭じゃなかったら、私は勝てなかった!あなたは身体強化も使わなかったじゃない!本当に優れているのはあなたの方よ!」
「そ、そんなこと無いです!私だって魔法は苦手で……!?」
カロリーヌさんに対する嫉妬心が、抑えられない……!!魔法無しの戦いで勝てなかったら、私に何が残ると言うの……!?
「そこまで。二人とも落ち着いてください。これは実技試験だと言ったでしょう?勝ち負けは重要ではありませんよ」
先生の声が、私達の意識を現実に戻した。そうだ、今は試験中――
「お二人とも、素晴らしい技術でした。特にセーレ君の機転が見事でしたね。ここが仮に草原だったとしても、セーレ君は別の方法を使っていたでしょう。環境利用という観点で見ればセーレ君が勝っていましたよ。そして、カロリーヌ君」
「は、はい!?」
「あなたの剣は既に一線級ですね。実にお見事です。しかし魔法が苦手だからと言ってあなたまで身体強化を一切使わないのでは、採点に困ります。後ほど身体強化魔法の習得具合を確認させてもらいますので、試験後も校庭に残ってください」
「はひ!?す、すみません!」
……環境利用。そう取れなくも、ないけども。普通のやり方じゃ勝てないから、誰もやりたがらない姑息で卑怯な手を使っただけじゃないのか。
「セーレ君」
「……はい」
「状況に応じて勝ち筋を見出す。兵法の基本ですが、誰にでも出来るものではない。まして戦闘中ならば尚更です。他の人には出来ないことが出来るというなら、それは魔法と何が違うのでしょうね?」
「……えっ!?」
「さて、実技試験を続けましょう。次!――」
他の人には出来ないことが出来れば、それは魔法と違わない……?
そんなこと、今まで考えたことも無かった。
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