第13話 ドロテ・バルテル【side.セーレ】

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 学園生活が進むほどに、授業内容も徐々に複雑になっていった。この学園は特に魔法に関しては厳しい基準が設けられていて、他の学園であれば卒業試験で行うようなレベルを、一年生で要求してきたりする。


 それは成績に影響しない体力測定ですら例外ではなかった。


「体力測定でも魔法を使うことが前提なのですか?それって総合測定ですよね」


「ええ、他校では卒業前に行う試験を兼ねていますね。ですがこの学園では一年生の時から総合的に測定します。これはセーレにとっては少々辛い内容かもしれません。魔法も手足の一部みたいなものとして扱うということですから」


 確かに、それはかなり辛い。私は昔から兄の手で体を鍛えられているので、中々の身体能力を持っているつもりだけど、流石に身体強化魔法ブーストアップ持ちとは比較できない。


 身体強化魔法ブーストアップとは、血中魔力を増大させることで骨の強度と筋力を強化することで成り立つ魔法だ。骨だけを強くしても効果が薄く、かと言って筋力を強化し過ぎると骨折のリスクを伴う、技術よりもセンスを問われる魔法とされている。


「どうしますか、セーレ。見学しますか?」


 ……流石にそれは出来ない。所詮は体力測定なので直接成績には響かないが、私にもメンツというものがある。公爵令嬢が学園で最も貧弱であるというレッテルは避けたいところだ。


「ご冗談を。体力測定なら、そのままの意味で測定するまでですわ」


「あれー?今回はお得意の魔法陣を使わないのですかぁ?」


 ……ドロテさんか。あの時以来、私の事を目の敵にしているようだけど、目立って虐めてくるわけでもなく対処に困っている人間の一人だ。ちなみにもう一人の困った人間は、本当に友人づきあいを始めてしまったカロリーヌさんである。


「ええ、使いません。あれは他人の魔力を使わないといけませんから、今回のような測定には相応しくありませんの」


「残念ですよぉ、お貴族様なんかには負けないんだってところをお見せしようと思っていましたのに。これじゃあ全部勝っちゃいますねぇ」


 ドロテさんは自分の身分に対してコンプレックスがあるのだろうか?彼女は平民でありながら貴族の同級生からの人気が高く、可愛がられている。その一方で「平民にしては」という余計な一言が付いて回っていることも聞いている。


 公爵令嬢に実力で打ち勝つことで、少しでも平民ドロテではなく、一人のドロテとして見てもらえるようになりたいのかもしれない。


 もっとも最大限好意的に見ればの話であり、その切実な事情に私が忖度する理由は一つも無いが。


「全部とは限りませんよ」


「……セ、セーレ?」


 別に身分差はどうでもいいが、こうも意味の分からないところで上から目線を喰らうのは気に入らない。というより個人的にこの人の事が最初から好きじゃない。殿下と同じ属性が得意と言うだけで、どこか優越感を滲ませている節がある。


「一つくらいは貴方に勝てると思いますわ」


「へえ……?言っておきますけど、私は魔法を使いますよ?」


「ええ、もちろん。魔法を使うあなたに、魔法を使わずに勝ってみせますわ。魔法の限界というものを教えて差し上げます」


「言いましたね……?じゃあ私が一つでも負けたら、白旗を上げてセーレさんに参りましたって言って。逆にセーレさんが一つも敵わなかったら……」


「その時は床に手を置いて参りましたと、白旗を振ってわ」


「ふふふ……楽しみです……」


「ええ、本当に……ふふふ……」


 二つの嘲笑が校庭に響き渡り、それを見た他の生徒たちがじりじりと距離を離していった。あなた達もよく見ておくことね。魔法に頼りすぎると痛い目を見るってことを学ばせて差し上げますわ。




「……セーレ、あなた意外と短気なのですね」




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 体力測定の項目は大きく3つに分かれている。「筋力」、「瞬発力」、そして「持久力」だ。


 残念ながらその3つの内、「筋力」と「瞬発力」では絶対に勝てない。


「ドロテさん、2秒52!」


 今のは50m走の記録だ。初回の授業でも感じたが、ドロテさんはどちらかと言えば天才肌なのだろう。感覚的な部分で使う魔法については本当に秀でているよう思える。


 さらに言えば、今の彼女は私に勝つ一心で全力を注いでいる。こういう体力勝負の場面では雑念が無い方が強い。そういった意味でも、今の彼女は強敵だった。


「セーレさん、6秒43!」


「やっぱり魔法が使えないと遅いな」


「まあ、あんなもんだろ」


 息切れと共に、自分の記録を見直す。これでも魔法を使わないにしてはかなり早いはずなのだが、ドロテさんを始めとした身体強化による圧倒的なスピードと比べられては、見劣りしてしまうのも仕方ない。それほどまでに、魔力保持者と魔力不能者の壁は高く、厚い。


「セ、セーレさん……大丈夫ですか?」


「あまり無理して怪我をしてもよくないですよ」


 心配してくれるのはカロリーヌさんと、あと何故か殿下くらいだ。なんで殿下まで?と思わなくもないけども……そこはやはり、婚約者だと周りにアピールするためかもしれない。


「自己ベストには届きませんでした。残念ですわ」


「す、すごい……私は13秒42でした……」


 カロリーヌさんは今回、敢えて身体強化を使わずに参加している。その理由は言わずもがな、適切に身体強化魔法を使えないからだ。下手に筋肉を強化しても、それを制御できるセンスとテクニックが無いと、大事故に繋がりかねない。……でも、正直それでよかったかもしれない。


「ゆっくり走った方が男子諸君は喜ぶかもしれませんわよ。ねえ、殿下?」


「ぼ、僕に振らないでくださいよ。ちょっと返事しにくいじゃないですか……」


「……??」


 その、体操着に着替えてから分かった、豊満なメロン。物凄く着やせするタイプだったらしい彼女に、男子諸君の目が釘付けになっていた。同時に女子諸君からの嫉妬と敵意も集めてしまったが……私とお友達になった時点で嫌われ確定だった訳だし、ここは腹を括って頂きましょう。




 続いて行われた筋力測定でも、魔法を使わない者では絶対到達できない異次元の記録ばかりが叩きだされていた。最下位はカロリーヌさんで、その次に私がいた。魔法が使えないと自称する冒険者達が魔獣達と対等に戦えるのも、身体強化の魔法を無意識に使いこなしているからだという話があるが、記録の数々を間近で見ていればそれも納得できるというものだ。


 そしてついにやってきた、「持久力」の測定だ。ドロテさんは勝利を目前にしてか、再び挑発にやってきた。ニヤニヤと笑っていて、実に鬱陶しい。


「ここまでは私の全勝でしたけど、持久力なら勝てるってことですかぁ?それとも私、セーレ様が勝てそうな種目でもう勝っちゃってますー?」


「ご安心を、ちゃんと負けそうなもので負けてますわ。次の計測では、多分貴方には勝てますわよ」


 バチバチと目線を絡み合わせながら最後の測定に臨む私達を、先日カロリーヌさんを虐めていた者たちが遠巻きに見ていることに、この時はまだ気付かなかった。




 最後の測定は、20m往復走。金属を編んだ糸で吊るされた巨大な振り子が、5回振れる前に端へ20m先へ到達し、振り子が5回振れ終わったらまた端へ走るという作業を繰り返す。ただし糸は徐々に巻き上げられるため、5回振れる時間も徐々に早くなっていく仕組みになっている。


「さあ、皆さん準備は良いですか?始めますよ!」


 合図と同時にドロテさんと私、そして他の生徒達が一斉に走りだした。


「よっと!へへ、楽勝!」


「ふぃー!これなら100回までは余裕だな!」


 生徒の中には初めから魔法を使って瞬時に端へ到達し、息を整えている者もいる。だが、あれは悪手だ。初めから息切れするような走り方では、記録を伸ばすことは出来ない。


 これはあくまで走力と同時に持久力を試す項目なのだ。瞬発力は要求されていないし、身体強化の魔法ではスタミナまでは強化されない。それを考えず最初から飛ばしていた人たちは、早々に脱落していった。


「はあ……!はあ……!な、なんで、あいつら、あんな元気なんだよ……!?魔獣かよ!?」


 生徒の大半が、70回目辺りから脱落し始めた。ちなみにカロリーヌさんは54回目で目を回して脱落しているが、その時に残っている女子が私とドロテさんだけだったのを考えれば、むしろ根性がある方だ。


「健闘したわね、カロリーヌさん」


 今残っているのは先ほども言った私とドロテさん、そして殿下と、数名の男子生徒達。


「はあっ!はあっ!くそ、もう魔力がっ……!」


 私以外の貴族はいずれも基礎体力を特別鍛えているわけではないので、スタミナが切れた後は身体強化の魔法を使って、無理やり体を動かしている状態だ。殿下もそれなりに鍛えているようだが、魔力が無い私ほど体を苛め抜いてはいないはず。


「い、意外と、やりますねぇ……!お貴族様は、いつもお茶か、読書しかしてないと、思ってましたよ……!」


「集中しないと他のお貴族様にも負けますわよ」


「~~っ!」


 そしてこの項目、一番大事なのは集中力だ。隣の選手に対抗していると、負けてなるものかと自分のペースを乱しやすい。重要なのは20m先を見据え、今何回走ったのかを数えず、時間いっぱいまで使って一定のペースで走り続けることにある。


 だが今回の場合は勝負なのでそうもいかない。必要以上に長引くと、私の方が不利になるからだ。


「……意外と粘りますわね」


 私は自分の体力に自信があるけども、後半は全速力で走らないと端に到達出来なくなってくる。そうなった時に有利なのは、身体強化魔法を使えるドロテさんになるだろう。私に残された手段は、貴族に対する対抗意識を刺激して魔法を無駄打ちさせつつ、自分のスタミナをギリギリまで温存して走ることだけだった。


 姑息だが仕方ない。こうするしかないのだ。魔法が使えない人間が、魔法に打ち勝とうとする為には、こういう小細工を弄して卑怯者に徹するほかにない。


「はぁ……!はぁ……!まじ、かよ……!?なんでまだ走れるんだ……!?」


「くっ……!なんて体力だ……!」


 80回目で他の男子が全員脱落し、90回で殿下が脱落する中、いよいよ私とドロテさんも限界を迎えつつあった。


 ドロテさんの魔力量とセンスは、やはり並ではない。魔力を自然回復させるだけでも、わずかながら体力を奪われると聞いたことがある。その分魔法を使うほどバテやすいはずなのに、彼女はまだ喰らいついてきている。


 つまりこのスタミナは、ドロテさんが自力で身に着けたものに他ならない。平民生活を送る中で、自然と体が鍛えられていたのかもしれないが、正直ここまで粘るとは誤算だった。


 まずい。私の方の脚も、もう限界だ。これ以上長引くと身体強化を使える彼女の方が有利になる。


 あと3往復が限界――!?


「っ!?」


「セーレ!?」


 突如、私の足元が急に動いた気がした。いきなりだったためにバランスを保てず、激しく転倒してしまって肘と膝を強かに擦切る。


 そんなに体力を消耗していたのかしら……!?


 いや、違う。既に脱落した女子生徒の内、昨日いじめをしていた奴らだけが笑っている。そして足元が不自然に盛り上がっていた。あいつら……この時を狙って私の足場を崩したのね……!!


 ドロテさんはそれに気付いていないのか、転ぶ私を無視して一気に走り去っていった。最後のスパートで全魔力を解放した彼女は、あっという間に端へたどり着き、疲労のあまり座り込んでいる。


 目の前が暗くなった。息を整えるドロテさんと、嘲笑う女子生徒しか見えない。疲労のためか、音すらも遠くなったような気がした。


 ……悔しいっ!こんな形で、魔法に負けるなんてっ!魔法がそういうものだって、昔から知っていたじゃないっ!


 見えない力に負けた……また負けてしまった……!


 やっぱり魔法不能者は、地を這うしか無いと言うの……!?







「起きられますか?」


 失意のまま伏せていた私の耳に、殿下の声が聞こえてきた。まだ殿下の息も整っていないのに、私の体を支えようとしてくれている。


「あなたらしくない失態ですね」


 皮肉の中にある温かさをどう捉えるべきか。いずれにしても、この人に魔法のせいで負けたなんて言い訳はしたくない。


「……疲れて足がもつれただけです。一人で戻れま……っ!?」


 膝に力が入らない。これは、結構深く抉ったみたいね……!


「強がらないでください。すぐに治療します。水魔法が得意な方は、すぐに洗浄して頂けますか?体内に砂を残すわけにはいきませんから」


「わ、私がやります!お水を出すだけなら私でも!」


「で……殿下……?カロリーヌさん……?」


 カロリーヌさんが出現させた清潔な水によって、傷口が洗い流されていく。洗われただけだというのに、鋭い痛みが走った。骨まで達していなければいいのだけれど。


「……ははっ、あなたの言う通りですね。僕の魔法は、あなたの役に立たないらしい」


「……!?」


「変わった体質だ……洗った箇所に先程から治癒魔法を掛け続けているのに、まるで効果が無い。これも、あなたが死体もどきと言われる所以ですか」


 光と火の合成魔法である治癒魔法は、対象の魔力に働きかけて自己治癒力を急速に高める魔法だ。だから、魔力が一切ない私には治癒魔法が一切作用しない。私の体は、たとえ善意であろうとも魔法の干渉を拒絶してしまう。


「……だから魔法なんて必要ないと言ったではありませんか」


「ふっ……確かに、貴方に役立ったのは水だけでしたね」


 だけど、真っ先に駆け寄ってくれたこの人に、役立たずと言うのは憚られた。確かに、私に対して治癒魔法は役に立たなかったかもしれない。だけど……。


「……それでも、殿下とカロリーヌさんのおかげで応急手当を速やかに受けることが出来ました。私にとっては、魔法よりもお二人のお気持ちの方が、ずっとありがたかったというだけです」


「セーレさん……」


「そうですか。では、そういう事にしておきましょう」


 ニヤリと笑う殿下に、何故か若干の苛立ちを覚えつつ、私が選び取ったのは……苦笑いだった。もっといい顔で笑いたかったのに、何故か素直に笑うのは躊躇われる。何故なのかは、わからなかったけども。




「……勝ったのは、私なのに」




 ドロテさんのそんな呟きが、遠くから聞こえたような気がした。




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