第10話 つまらない物を持つよりは【side.ファブリス】
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今日の帰り道も、僕とセーレは同じ馬車に乗っている。お互いにニコニコと笑いつつも、全く目が笑っていない。
「初回の授業から随分と派手にやってくれましたね」
「やれと言われたからやったまでです。言われなければ見学で終わってました」
この娘に目立つなと言う方が無理なのだろうか。これ以上派手な真似をして、不必要に敵を作らないでほしいものだ。
……セーレが授業で見せた魔法陣、あれ自体は大したものではない。元々性質が光に似ていると言われる魔力を光の花に具現化させただけの、いわば子供だましだ。
あの場で先生達が感心したのはそこではない。
「ご謙遜を。僕はちゃんと見ていましたよ?あの魔法陣をあの早さで正確に書くのは並大抵じゃない。何人かはそれに気付いていたみたいですね」
「お褒めに預かり光栄ですが、何度も書けば誰でも出来ることです。それにプロには及びません」
「貴方がそう言うのなら、プロ一歩手前の腕前なのかもしれません。が、新入生がプロ一歩手前の魔法刻印術を習得しているのは異例というほかない。素晴らしい腕前ですよ、セーレ」
そこは事実だったので、僕にしてはちょっと珍しく、一応手放しに褒めたつもりだった。だが、返ってきたのは……。
「……私に出来る魔法技術など、あれくらいしかありませんから」
「え……?」
この娘らしくない、弱気な言葉だった。
「子供の頃からずっと、兄に習って練習していたのです。何度も書いては発動させようとして、失敗しました。魔法不能者であるメイドですら、魔法陣を光らせるくらいの事はできたのに……私はそれすらも出来なかった。でも、諦めの悪かった私は、ずっと練習をしていたんです。あの日から、毎日ずっと……」
憂いと悲しみ……この少女にこれほど似つかわしくない表情があっただろうか。いつも傲然として自信に満ち溢れているというのに、魔力が無いことを克服しきれていないとでもいうのか。
『ええ。私には魔法など必要ありませんから』
……あれは、君の本心ではないのか?
「……それでもあなたの努力は無駄ではないと思いますよ、セーレ。きっと役に立つ時が来ます」
セーレと僕の目線がぶつかりあった。
そうか……この娘の瞳は、紫の中に少し赤みが差しているのだな。
「それに魔力なんてその辺に転がっているものです。持ったからと言って自慢できるものでもない。そんなつまらない物より、あなたは別のものを持てば良いのではありませんか?」
「……殿下は」
「ん?」
「私を、慰めてくれているのですか?」
…………あれ?そう……いうことになるのか?
「……どうなんでしょうね?」
「……ふふっ」
……っ!?
「失礼な申し上げようかもしれませんが……殿下も、結構面白い方ですね」
夕暮れを背に見せたその笑顔は、年相応の可憐な笑顔だった。……この娘、そんな笑顔も出来たのか。
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