聖書~バイブル~
智琉誠。
聖書~バイブル~
「彼って本当に私のこと好きなのかな」
物憂げに彼女は僕に問いかけた。恋愛経験なんてさしてない僕に、何故いつもこの娘は恋愛相談をするのだろう。
「さあね、知ったこっちゃないよ」
不機嫌かつ無愛想に答えた。彼女は丁寧にカールされた髪を、指先でくるくると弄びながら紅茶に口をつけた。
なんであんな奴なんだよ。本当はそう言ってやりたかった。
あの娘が言う『彼』はただのオッサンだし、結婚までしてるというのだから手に負えない。そのことは、クラスでも噂になっているくらいだ。
段々、苛立ってきた僕は珈琲を飲み干すと、二人分の代金をテーブルに置いて、さっさと喫茶店から飛び出した。
考えたくもない。こんなに素敵な子が、三十代のオヤジに夢中になって、きっと何度も抱かれているなんて。絶対僕の方が、彼女にお似合いに違いない。
歳も彼女と同じだし、バスケ部だし、これで僕とあの娘が付き合う事こそ健全な恋愛ってものさ。
翌日、学校へ行くと、相変わらず彼女は清楚を装った顔をして机に向かっている。本当に、女ってやつは器用だ。僕はずっと君のことで悩んでいると言うのに、君はそんな事にも気づかず、その上、例の奴に抱かれてたとしても、こうやって清楚を装って、いつもの女子生徒の姿に戻るんだろう。
気づけば僕のあの娘への気持ちは、恋慕というよりかは怒りに変わりつつあった。今日も彼女はきっと僕を、いつもの喫茶店に呼び出して例の話をベラベラと聞かせてくるのだろう。
それは案の定正解で、放課後僕たちは喫茶店で向かい合っていた。いつも通り、あの娘は紅茶に角砂糖を一つ。僕はブラックのホット。
「もうやめろよ、あいつなんて」
「誰を好きになろうといいじゃない。私の勝手よ」
膨れっ面でそう答える彼女は、何処か寂しげだった。そもそも、こうやって彼女の恋愛相談役になった理由も謎だ。学校内で、彼女が中年男と付き合っているという噂が流れ出した頃、僕は突然彼女に呼び出されて全てを聞かされた。そしていつしか僕は、この娘の恋愛相談係に任命されてしまった様だ。
当てつけなのだろうか。彼女は僕が自分のことを好きだと知っていて、この話をしているのだろうか。
僕はこの娘がずっと好きだった。清楚な容姿、素敵な笑顔。ずっと好きだった。でも、あの娘が中年男と付き合っていると知ってからは、彼女を今迄とは違う目でしか見られなくなってしまった。
「危険なことが好きなら、続ければいいんじゃないかな」
「ふふ、危険なこと…ねえ」
意味深に彼女は笑うと、珍しく彼女から先に店を出た。なんだ、こんな時にも僕に払わせるのか。見かけに依らずしたたかな女だ。あの娘にとって僕は何なんだろう。あの娘の彼氏になる上で、足りない物はない筈なのに。
気づけば空は暗くなっている。僕はぼんやりと街を漂った。次第にちらほらネオンが燈り始め、学生服姿の僕が浮き始める。帰路につこうと思ったが、なんだか街に誘われている気がして、僕の足は繁華街の方へと進んでいた。学生が歩いているというだけで、サラリーマン達が疎ましそうな視線を送ってきたが、そんなことは気にも留めなかった。
どのくらい歩いただろう。下品なネオンの眩しさで、少し目が痛かった。
その時だった。見覚えのある背格好と髪型。きっとあの娘だ。彼女は僕が見たこともない様な笑顔で、少し離れたところにいる男に向かって小走りで向かって行く。アイツだ。例の中年男。
彼女は公衆の面前にも関わらず、その男に抱き着いた。男はあの娘の髪を撫でて、満悦そうにキスをした。
汚い。
その感情しか浮かばなかった。憧れだったあの子は、あの男にいつしか汚されていたんだ。
「僕だったらあんなキスはしない」
聖書~バイブル~ 智琉誠。 @Chill_Makoto
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