第44話

 ──マモンが人の姿になって数日後。


 要塞都市ザイオン。

 高位魔獣が数多く生息する〝魔の荒野〟から、そう遠くない距離にある大都市だ。

 俺とマモンは、〝欲望の痕跡〟を求めてこの都市を訪れていた。


「要塞だってのにすげー賑わってるな。魔獣が侵攻してきたら最前線になるってのによ」

『争い事と近ければ近いほど人も金も多く集まるのさ。戦争は儲かるなんて話は、お前も耳にしたことくらいあるだろ?』


 ザイオンは文字通り魔獣の脅威から領内を守る要塞としての役割を持つ他、ダンジョンの管理も行っており、高難易度のダンジョンの入口が都市の中に存在するという。

 そうした立地条件から、この都市は中位から上位プレイヤーの活動拠点となっていた。


「目的の地点までは、まだ時間がかかりそうだな」


 俺は視界に表示させたマップを確認しながら呟いた。

 マモン曰く、〝魔の荒野〟には俺たちのクエスト目標である欲望の痕跡があるらしい。

 それで〝魔の荒野〟に一番近い拠点であるザイオンにやってきたのだが、クエスト対象を示すピンまでは結構な距離があった。


「おい、見ろよ。ケイだぜ……!」

「本当だ。今のうちにサイン貰っとくか?」


 歩いているだけで他のプレイヤーからの視線を感じた。

 好奇心、対抗心、羨望心。色んな感情の瞳が俺を見ていた。


「くく、すっかり有名人だな」

「この前ブラックリリィからの発表があったんだ。そりゃ嫌でも顔が売れるさ」


 実は先日、ブラックリリィに俺が所属する事が発表された。


「隣の美少女は誰だろー? 翼が生えてるって事はNPCなのかなぁ?」

「あんな冴えない野郎が黒木さんと同じ事務所なんて……うぐぐ! 許せねぇ……!」


 流石は大手事務所だけあって、その影響力は凄まじい。

 

「有名人ってのは煩わしいもんだな」

『ハッ、贅沢な悩みだな。気になるなら顔を隠せばいい。【鑑定】が無けりゃ名前はわからねーんだしよ』

「そりゃ名案だな。確か奪ったアイテムにちょうどいいのがあったよな」


 マモンのアイデアに乗っかる事にした俺は、インベントリを開いた。

 そこから取り出したのは悪魔を模した黒い仮面と、闇夜を思わせる漆黒の外套だ。


 名称:悪魔の仮面

 レア度:希少級レア

 種類:頭部用アクセサリー

 効果:STR+3


 名称:隠密の外套

 レア度:希少級レア

 種類:背中用アクセサリー

 効果:AGI+10、隠密


 仮面系アイテムは好き嫌いが分かれるが、顔を隠すのにぴったりだ。

 そして、隠密の外套に付与された隠密は第三者に気付かれにくくなる効果を持つ。

 ステータスの上昇量は低いが、それぞれ使い道がありそうなので残しておいたのだ。


「【瞬影シャドウブリンク】」


 こんな大通りで装備しても意味は無いので、俺は瞬間移動ブリンクスキルで路地裏へと移動する。そこで仮面と外套を装備した。


『いいじゃねぇか! 結構似合ってんぞ!』


 一式を──というより主に仮面を装着した俺を見たマモンがくくくと笑い始めた。


「本気で言ってんのか? 小馬鹿にされてる気しかしねーんだが……」

『はん、気のせいだ。俺様は好きだぜ』


 ホントかよ。言う割に顔がニヤついてんぞ。

 まぁいいや。とりあえずはこれでケイとバレずに行動できるだろう。

 別の意味で悪目立ちはしそうだが、それはこの際諦めよう。


 悪魔の面を着けた男と、黒い翼の生えた美少女。

 そんな奇妙な装いをした俺たちは〝魔の荒野〟へと続く門に向かった。



 ◇



「通行できない……⁉」

「あぁ、悪いがしばらくは通行止めだ。今は危険だからな。また時間を空けてから来るといい」


 門を通ろうとすると、警備兵に呼び止められた。

 そして彼から告げられたのは、魔の荒野への立ち入り禁止だった。


「どうして通れないんだ? 危険っつーのは?」

「実は〝魔の荒野〟に山喰らいベルグステンが観測されたんだ」

山喰らいベルグステン?」

「竜の一種とは言われてるが、詳しくはわからない。ただ、わかるのはとんでもなく巨大な魔獣って事さ」


 ボスクラスの超大型MOBってことか。

 確かにNPCからすれば災害にも等しい存在だろうが……。


『わかってるとは思うがこっちは魂装士アニマだ。危険も何も無いだろう?』


 魂装士アニマ──つまりプレイヤーはこの世界において神が遣わした不老不死の存在として認知されている。だから〝魔の荒野〟がどれほど危険だろうと止める理由が無いのだ。


「わかってるが、今は影響範囲の調査中でね。しばらくすれば君たち魂装士アニマ向けに依頼が発行されるはずだから、それを待ってくれ」


 マモンが不満そうにしているのを察したのか、警備兵は申し訳無さそうに頬を掻いた。

 警備兵も対応に困ってる様子だったので、俺たちは仕方なく門を後にした。


『さっきの話、恐らくレイドクエストに発展するぞ』

「なら今はクエスト発生の前段階イベントってとこか」


 この世界においてクエスト発生は時事の影響を受ける。

 さっき聞いた山喰らいベルグステンの出現等、その時起こった事件がクエストに繋がっていくのだ。


 それはさておき、山喰らいベルグステンか。

 恐らく蒼鰐竜ラギラトスと同格か、それ以上のネームドモンスターだろう。

 なら報酬やレアドロップもかなり期待できるな。

 痕跡集めはお預けを食らっちまったが、金が手に入るなら悪くないイベントだ。


「仕方ない。痕跡収集は後回しにして俺たちも山喰らいベルグステンを狙うか」

『ネームド討伐はかなり儲かるからな。俺様は大賛成だぜ』


 俺が提案すると、マモンはギザ歯を見せてニッと笑った。

 わかりきっていた事だが、金になる事なら何でも賛成のようだ。


「問題なのは、どうやってレイドに参加するかだな……」


 この手のクエストは基本的に争奪戦だ。

 警備兵から情報を手に入れた上位層が、クエストを独占しようとあれこれ画策している事だろう。下手を打つとレイドに参加できないなんて事も十分に有り得る話だ。


 一番理想的なのは自分がクエスト受注者となる事だが、もし無理だった場合はクエストを持つプレイヤーを探してパーティーに加わるか、別パーティーとしてレイドに加わる必要性がある。どちらにしても面倒だ。


「……あっ」


 今後の動きについて考えていたところ、ふと思いついた。

『なんだ?』とこちらを見てくるマモンに向けて、俺は思いついたそれを言葉にした。


「正式なクエストが発行される前に、山喰らいベルグステンを討伐しちまえばいいんじゃね?」

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