第39話

「ここが〝魔女蜘蛛アラクネアの魔窟〟か」


 シロの背に乗って約30分ほど走った先にある森林地帯。

 薄暗い森の奥にある洞窟が、今回挑む予定のダンジョンだった。


『フィールドダンジョン:〝魔女蜘蛛アラクネアの魔窟〟に入場しました』

『──このダンジョンには欲望の痕跡が隠されています。適合者向けに難易度が調整されます』


 中に足を踏み入れると視界にそんなログが流れた。

 なんだ?〝欲望の痕跡〟ってのは。

 俺は思わずアオイの顔を見た。すると彼女は不思議そうに小首をかしげた。


「? どうかしましたか?」

「……いや、何でもない」


 どうやら先ほどのログは俺にしか見えていないようだ。

 という事は俺のソウルギアに関係する事なのか?


(マモン。何か知ってるか?)

『……わからねぇ。ただ、何かを知っているような感覚はある』

(曖昧だな……)

『仕方ねぇだろ。俺様だってシステムに創られた存在だ。よくわからねぇことも多いんだよ』


 マモン自身、先ほどのログが何なのかを知らないようだった。

 ヤツは自我を持つ特殊なソウルギアだが、本質的にはNPCと一緒って事か。


(ま、その痕跡とやらを見つけ出せば何かわかるだろ)


 考えても仕方ないと判断した俺は、当初の予定通りにダンジョン攻略を進める事にした。



 ◇



「そこら中に蜘蛛の糸が張ってあるな。足を取られないように気をつけろよ」

「は、はい……」


 洞窟の内部はそこら中に白い糸が付着していた。

 指で触ってみると粘着性があり、ネバネバしていて気持ち悪い。

 蜘蛛と聞いて予想はしてたが、これは面倒くさそうだな。

 下手に動き回ると足を取られるヤツだ。シロを攻略に参加させなくて正解だぜ。


「あっ、この先に魔獣がいます……」


 少し進むと、何やらアオイが緊張した面持ちで呟いた。


「そうなのか? 俺には何にも見えねーけど……」

「私のスキルに【狩人の勘】ってのがあって、それで魔獣の気配がわかるんです」

「へぇ、便利なもんだな」


 以前、彼女を鑑定した際に確かにそんなスキルを持ってたな。

 フラヴィアも似たようなスキルを持っているんだろうか。

 いいな。そういうスキルがあるなら俺も欲しいぜ。


『クク、この女をPKすりゃ手に入るぞ』


 しれっと恐ろしい事を提案してくるマモン。

 いやいや、流石にそこまでクズじゃねぇよ。俺を何だと思ってんだ。

 そんなことまでやりだしたら、それこそ灰の牙と変わんねぇよ。


「……本当だ。いるな」


 アオイの言った通り、先には二体の魔女蜘蛛アラクネアが待ち受けていた。

 上半身は人間の女性となっている半人半蜘蛛の魔獣だ。


「──【鑑定眼】」


 とりあえず初見の魔獣には、これを使っておくのが安定だろう。

 魔女蜘蛛アラクネアのステータスは以下の通りだ。


 種族名:魔女蜘蛛アラクネア

 HP:2600 MP:600

 STR:462

 VIT:328

 DEX:259

 AGI:214

 INT:252


(なんかステータス高くね……? アオイ一人じゃ絶対にクリアできねーだろ、これ)


 彼女の合計ステータスは900程度しかない。

 それなのにクエスト対象の魔女蜘蛛アラクネアのステータスが1500もある。

 いったいバランスはどうなってんだ、このゲームはよ。


『ダンジョンに入場した際に難易度調整されるってログが流れてたろ。恐らくその影響だ』


 なるほど、そういうことか。

 要するに俺向けの難易度になってるって訳だ。


「何だかすごく強そうですね……」

「悪い。どうやら俺が参加した事で難易度が上がったみてーだ」

「そうなんですか?」

「あぁ。つーわけで、あまり無茶な立ち回りはするなよ」

「は、はいっ」


 鑑定眼を持たないアオイには予め警告しておく。それから俺はマモンを構えた。

 彼女にとっては強敵でも、俺からすれば道中に湧く雑魚敵でしかない。


「……【瞬影シャドウブリンク】」


 俺は魔獣の背後に音もなく回り込むと、マモンによる一閃を浴びせた。

 俺のSTRは既に1000を超えており、スキル無しでも十分な火力があった。


『キャエエエェェッ⁉』


 人間の女性のような悲鳴をあげながら、光となって消えてゆく魔女蜘蛛アラクネア

 何だかリアルに女性を襲ってるみたいで気分が悪いが我慢するしかない。


「わ、私も援護しますっ! 【麻痺矢パラライズ・アロー】!」


 アオイが残った一体に向けて矢を放った。

 腕に矢を受けた魔女蜘蛛アラクネアは、途端にびくびくと身体を痙攣させた。


『状態異常スキルか』

「ナイスだぜ、アオイ……おらッ!」


 痺れて動けなくなった魔女蜘蛛アラクネアを俺は一刀両断した。

 魔獣は光の粒子となって消え、俺の視界に戦利品のログが流れた。


「ふぅ、余裕だな」

「す、すごいです! あっという間に倒しちゃいました!」


 嬉しそうに俺の元に駆け寄ってくるアオイ。

 ステータス差があるので勝って当然だが、美少女に褒められるのはやぶさかではない。


「おう……任せとけ」


 俺は頬が緩むのを必死に抑えながら、クールに答えるのだった。



 ◇



 その後も俺たちは魔女蜘蛛アラクネアを撃破しつつ、ダンジョンの探索を順調に進めていった。

 ヤツらの戦法は粘着性の糸で敵を絡め取り、そこに毒液を打ち込むというものだ。

 優秀な瞬間移動ブリンクスキルにより足を取られる事の無い俺と、そもそも距離を取っているアオイの敵ではなかった。

 

「しかしダンジョンって本当に決まったMOBしか出現しないんだな。こういう洞窟ならアンデッドの一体や二体くらい出そうなもんだが……」

「ア、アンデッド……⁉」


 何気なく話題を振ると、意外な反応をアオイが見せた。


「どうしたんだ急に……アンデッドは苦手か?」

「す、すみません……実はホラー系が全般的に苦手で……ほら、このゲームって結構リアルじゃないですか……?」


 アオイに言われてなるほどなと思った。

 いくら敵MOBとは言っても、VRともなれば実質的にホラーみたいなもんだ。

 苦手な人は、やっぱり苦手なんだろう。


「そうか。万が一、出てきたとしても俺が倒すから大丈夫だ」

「は、はいっ……!」


 俺がそう答えると、アオイは嬉しそうな顔を見せた。


「それにしても……結構奥まで来たが一向にボスの姿が見えねぇな」

「そうですね……というかダンジョンのボスってどんな感じで出現するんでしょうか?」

「実を言うと俺も初めてだからよくわからないんだよな」


 以前に俺は蒼鰐竜ラギラトスを討伐している。

 だが、あれはフィールドボスって感じだったから参考にはならないだろう。


『ダンジョン次第だな。ボス部屋が存在する場所もあれば、そうでないところもある』


 抱いた疑問はマモンがすぐに解消してくれた。

 何だかんだで色々教えてくれるし、自我のあるソウルギアってのは便利なもんだ。



『ウフフフ──わざわざ餌の方から来てくれるなんてね』


 ダンジョン内に見知らぬ女性の声が響き渡った。

 その次の刹那、俺たちの立つ地面がぐらぐらと揺れ動いた。


「な、何だ……⁉」

「地面が揺れて……ひゃあっ……⁉」


 アオイが立っていた地面が急に陥没した。

 何か支えを失ったかのように、ぽっかりと。


「アオイっ⁉」


 咄嗟に手を掴もうとするが、上手く掴めなかった。

 そのまま彼女は地下の空洞へと落ちていってしまった。


「くそっ、何なんだこりゃ⁉」


 慌てて陥没した場所を覗き込むが、想像よりも深くてよく見えない。


『慌てるな。落下ダメージは発生してねぇ』


 マモンに言われて俺はパーティー情報を確認した。

 確かにアオイのHPは減っていなかった。

 下層には落下の衝撃を吸収する何かがあるのか。


『それにしても……魔獣の癖にヤケに悪知恵が回るな。蜘蛛糸を使った落とし穴とはな』


 マモンの言う通り、陥没した穴の周囲には白い糸が少し残っていた。

 恐らく元から空いていた穴に糸を張り巡らせ、その上に岩盤を被せてあったのだろう。

 後は地下から糸を引っ張れば、支えを失って崩れ落ちる仕掛けというわけだ。


『どうする? 穴の直下は十中八九罠だ。回り込んだ方が安全ではあるが……』

「そんな悠長な事をしてたらアオイが喰われちまう。このまま飛び込むぞ」


 俺は即答した後、迷う事なく穴へと飛び込んだ。

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