第34話
盗賊団とそれに加担する灰の牙の一味を殲滅した俺たちは、奪い返した盗品を持って街へと帰還した。
「本当にありがとうございます……!」
回収した騎竜を仲介商人へと引き渡すと、これでもかと言うくらいに感謝された。
その後、クエスト報酬として損失の100%相当のゴールドをもらった。
どうやら俺のスキル効果によって報酬額が2倍となったようだ。
嬉しく思う反面、これだと赤字じゃないか?と少しだけ心配になったが、マモン曰く、
『顧客の信用を損ねずに済んだと思えば、それだけ払う価値はあるさ。金はまたいくらでも稼げるが、失った信用を取り戻すのは大変だからな』
との事だった。なるほどな、確かにそういう考え方もあるのか。
それから当初の目的通り、
変化するサブクエストをクリアして、ようやく手にしたマイ騎竜だ。
ちらっと情報を確認したところ、期待通りの非常に優秀な騎竜だった。
コイツの能力については次の機会に語るとしようか。
今晩はウルちんの配信があるからな。そろそろログアウトして配信待機しないと。
ちなみに騎竜以外の盗品は所有者不明のため、討伐者である俺たちの物になった。
後は盗賊団や灰の牙から奪った金もあるので、それをダークネスと山分けする事にした。
「くふふ、それじゃボクはこの辺で……」
アイテムとゴールドの分配を終えて早々に、彼女はアルレに戻る準備を始めた。
と言うのも、彼女のクエスト報告先がそっちにあるらしい。
「今日はクエスト共有してもらって助かった。それじゃまたな」
「くふふ、気にしないで……トモダチでしょ? また遊ぼうね……くふっ」
「お、おう……」
山分けした帰還石で彼女が転移するのを見届けた後、俺も配信に備えてログアウトした。
◇
「ご利用ありがとうございました」
騎竜に関連するクエストを終えた翌日。
俺は朝早くから銀行に向かい、現金200万円を下ろした。
「ふぅ、やっぱ大金を手に持つのは緊張するな」
200万円の入った封筒は想像よりも分厚く、重みがあった。
実を言うと、大金を実際に手にするのは初めてだ。
課金にしろ投げ銭にしろ、基本はネット上での操作だからな。
リアルに現金を持つ事が無かったのだ。
「さてと……受け渡し場所はここで合ってるよな……?」
俺が訪れたのは繁華街にある雑居ビルだ。
外で遊ぶ事など皆無に等しいこの俺が、こんな場所にやってきた理由はただ一つ。借りたブラックマネーの返済をするためだった。
(それにしても、借りて一週間も経たないうちに利息50万とかヤバすぎだろ……ソウルブレイドで稼げてなかったらマジで蟹漁船送りだったろうなぁ)
そしたらウルちんとは永遠にお別れだ。
そう考えるとめちゃくちゃな事してんな俺。
今さらながらに自分の決断力が恐ろしいよ。
「なんか緊張してきたな。ガチのヤーさんが出てきたらどうしよう……いや、ウルちんの動画でも見て気を静めるか」
ここだけの話、ウルちんの動画は万病に効くのだ。
動悸、息切れ、気つけは勿論の事、風邪や精神不安にも効果抜群だ。ちなみにソースは俺。
「っとと……やべっ!」
ポケットからスマホを取り出す際に、手を滑らせて思い切り地面に落としてしまった。
うわー、やっちまった。こりゃ画面バキバキかもな。
最悪の結果を想像しながら、俺は落としたスマホを拾おうと手を伸ばす。
「ふふ、大丈夫?」
だが、俺のスマホを拾い上げたのは別の誰かの手だった。
誰かと思って顔を上げると、そこには黒髪の女性が立っていた。
年齢は俺と同じくらいだろうか。優しそうな目をした綺麗な女性だ。
「あらら、割れちゃったわね……はい、どうぞ」
女性はヒビ割れた画面を見て残念そうにしながら、俺にそっとスマホを差し出した。
「あ、ありがとうございます……」
妙に大人びた雰囲気を持つ彼女に、なんだか俺はかしこまってしまった。
「ふふ、どういたしまして。それじゃ、またね」
「え? あ、はい」
女性は何故か幼子を見るような目で微笑んだ後、そう言い残して去っていった。
(……またねって、どういう意味だ?)
少し経ってから言い回しに違和感を覚えたが、それに気付いた頃には既に彼女の姿は見えなくなっていた。
◇
その後、俺は雑居ビルの三階へと向かった。
エレベーター内の看板を見る限りだとそこはバーらしく、少なくとも正規の金融業者ではないことがわかった。
エレベーターを降りるとすぐに店内となっていた。内装の様子からバーとして営業している事は間違いないようだ。
ただ、営業時間外なので人の気配は全く無く、電気も付いていないので薄暗い。
少し進むとバーカウンターがあって、客席には一人の男性が腰掛けていた。
「よう、待ってたぜ」
俺が声をかける前に男が振り返った。
顔半分に入れ墨の入った強面のお兄さんだ。
(こ、こえぇ……)
その顔を見た瞬間に浮かんだ感情は恐怖のみ。
明らかに一般人が関わってはいけない部類の人間だ。
「ど、どうも……その、金を返しに来ました」
早く終わらせて、さっさと帰ろう。
そんな事を考えながら、俺は札束の入った封筒を差し出した。
男は封筒から取り出した札束をパラパラとめくって確認すると、俺に向けてニッと笑顔を見せた。
「兄ちゃん若いのに感心だな。ここまで綺麗に返済した奴はアンタが初めてだ」
「はぁ、そうなんすか……」
「あぁ、ウチに借りに来る奴は金もねえのに金もねぇのに博打するようなクズばっかだからな。ま、返済能力も低いからそもそも大金は貸さねぇけどよ」
「……逆になんで俺には貸してくれたんですか?」
「あぁ、若いヤツは別だ。労働奴隷として国外で売り飛ばせば回収できるからよ」
ひえっ、怖すぎんだろ。ちゃんと返せて良かったと心から思う。
今後、怪しいお金を借りるのは絶対に辞めよう。つか、早く帰ろう。
「それじゃ、お金は返したんで俺はこれで……」
これ以上この空間に居たくない。
そう思った俺は帰ろうとしたが、
「……ちょっと待てよ」
なぜか俺は呼び止められた。
いや、なんで⁉ 借金返済の事以外で俺を呼び止める理由なんて一切無いだろ⁉
とはいえ、ここで反発すると後々が怖い気がしたので仕方なく俺は振り返った。
「は、はい……なんですかね……?」
「そう怯えるなって。ただ、取引しないかと思ってな」
「取引……?」
入れ墨の男は金の入った封筒をこちらに見せつけながら言葉を続ける。
「短期間でこれだけの大金を稼いだんだ。良い葉っぱの仕入れ先でも見つけたんだろ? それを売ってくれ」
「……? 一体何の話を……」
「とぼけるなって。近頃はネットのお陰で素人でも手ェ出しやすいかもしれねぇが、ここらでプロに売っとく方が身の為だぜ?」
男の言葉の意味を今一度よく考えてみる。
葉っぱ……アウトロー……あぁ、そういう事か。
多分だけど、借りた金を元手に違法ドラッグの売買でもして荒稼ぎしてると思われたんだろう。
何の躊躇いも無くブラックマネーを借りて、それをすぐに増やして返してんだもんな。
その道のプロからすると、同じように非合法な何かをやってると考えるのが自然か。
「いや、俺の稼ぎはそういうんじゃないんで……」
ゲームで大金が稼げるなんて話を信じるとは思えないしな。
明らかにそういうのには疎そうな見た目してるし。
なので俺はやんわりと否定する事にした。
「ははぁ、どうしても手放せねぇってか。……いや、わかるぜ、その気持ち。けどよ、あんまり素人が火遊びしてると、そのうち大変だからよォ……もう一度よーく考えてみねぇか?」
入れ墨の男は、ただただ笑顔だった。それはもう、怖いくらいに。
残念ながら、俺はその笑顔の意図をよく知っている。平たく言えば、ヤンキーがパシリに向かって言う「俺たちトモダチだろ?」の台詞と同じなのだ。
言葉こそ優しいが、そこに込められているのは拒否する事を許さないという強い圧力だけだった。
「あ、あの……えっと……」
どう返せば正解なのかが、全くわからない。
下手な事を言えば、この男の地雷を踏みかねない。
かと言って曖昧にしたまま逃げることもできない。
さて、どうすりゃいいんだ俺は⁉
「──あまり彼を困らせないでくれる?」
俺が言葉に詰まって困惑する中、不意に背後から女性の声がした。
どこかで聞き覚えのある声──と言うより、さっき聞いたばかりの声だ。
驚いて後ろを振り返ると、先ほど出会った黒髪の女性がそこに立っていた。
女性は俺の顔を見てウィンクすると、そのまま言葉を続けた。
「先に目をつけたのは、この私なんだから」
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