第19話

「さっさと登録してログアウトすっか」


 今朝ぶりに取引所に戻ってきた俺は、真っ先に掲示板の元へ向かった。

 理由は言うまでもないが、蒼鰐竜ラギラトスの素材売却のためだ。

 俺は専用のインターフェースを開いた。


『良かったじゃねぇか。朝に登録した装備が売れてるぞ』


 マモンに言われて確認すると、なんとアクセサリー類が全て売れていた。

 忘れないうちに精算ボタンを押して売上金を回収しておく。

 取引手数料の5%が引かれた1580ゴールドが懐に入ってきた。


「これだけで約16万……やっぱりソウルブレイドには可能性を感じるぜ……!」


 ちなみに中級強化石は全く売れていなかった。

 取引履歴を見たところ、ロット売りにしてその分割引していたヤツがいたようだ。

 とはいえ、これくらいは予想の範囲内だ。

 この手の大量消費系アイテムは価格競争の小競り合いが起こりやすいからな。

 だがアイテムの性質上その需要がなくなる事はないし、別にすぐ売れなくても問題ないのさ。


「さてと、お次は目玉商品の売却だな……問題は価格設定だが……」


 過去に取引履歴が無い素材は、類似アイテムの相場から決めるしかない。

 俺はゲーム内のブラウザ機能から攻略フォーラムにアクセスした。

 そこで割合上昇系のアイテムの情報を調べる。


「お、あったあった。どれどれ……」


 見つけたのは過去の上級レイドでドロップしたという〝炎蛇の靴〟に関する情報だった。

 VITとAGIが5%アップ、火属性の地形ダメ無効と、それなりの性能を持つ装備だった


「取引額は……35000ゴールドッ⁉」


 過去の取引履歴を調べると、とんでもない額で売れていた。

 もちろん予想はしていたが、実際にその金額が動いたと思うとやはり驚きを隠せないものだ。


「俺の持ってる素材で作れる装飾品は三つか」


 このゲームではキー素材を獲得すれば自動的に製作のレシピを習得できた。

 そして俺が確認できたレシピは『雷鳴の指輪』『雷鳴の首飾り』の二つなのだが、どの組み合わせでも三つは装飾品を製作できるみたいなのだ。


「……へへっ、全部売れりゃ90000ゴールドは手堅いな……!」


 どれも〝炎蛇の靴〟とよく似た性能を持っている。

 素材売りである点を考慮しても30000ゴールド以上で売れるだろう。


「それにしても、リアルマネー換算で900万円か。借金分を引いてもかなりの額が手元に残る……俺はもう我慢しなくていいんだな……ううっ‼ ずびびっ……‼」


 もう投げ銭を我慢しなくていいんだ。そう思うと泣けてくるぜ。

 これからは気軽にウルちんに赤スパできる。グッズだって買い放題だ。


『なんで泣いてんだお前……つか俺様にも課金しろよ⁉』

「チッ、人が感動している時に邪魔しやがって……へいへい、気が向いたらな」

『露骨に舌打ちすんなっ⁉ 絶対課金する気ねーだろッ⁉ そんなより俺様を優先しろ!』

「は? 叩き折るぞ? 無機物の分際でウルちんと肩を並べられるとでも思ってんのか?」


 マモンへの課金はあくまでも投資。必要性がある時だけだ。

 ウルちんより優先されることはありえねぇ。

 既に150万も課金してやったろーが。


『もうやだコイツ……』


 マモンがぼそりと呟いたが、俺は普通に無視した。



 ◇



「──以上が、先日発生した自我を持つソウルギアに関するレポートです。何か質問はありますか?」


 ソウルブレイドの運営会社であるコアゲームス本社の会議室

 モニター前に立つ女性社員──月下は、会議椅子に腰掛ける男へと問いかけた。

 

「いや、大丈夫だ。現状はだいたい把握した」


 質疑の有無を問われた男は、ソウルブレイド開発責任者で名を佐山という。

 彼は首を横に振り、他に質問が無い事を示しながら端的に答えた。


「そうですか。それで、対処はどうしますか?」


 佐山の返事を聞いて、月下は本題に入った。

 彼女の言う〝対処〟とは当然ながら謎のソウルギア──マモンの事だ。

 高額課金による高ステータス──要するにペイトゥウィンの権化であるマモンは、運営側としては見過ごせない存在になっていたのだ。


「私としてはロールバックを検討すべきかと……」


 そして彼女の提案するロールバックとは、簡単に言えばデータの巻き戻しの事だ。

 オンラインゲームなどで致命的なグリッチ行為……つまりはバグ技などが広まり、ゲーム内の経済やパワーバランスが修復不可能な状態に陥った際に運営によって実行される事がある。

 その影響範囲はあまりに大きく、ほぼ最終手段と言っても過言ではない。

 だが、マモンの件はそれに値すると月下は考えていた。


「いや、このまま様子を見よう」


 佐山は画面の資料を凝視したまま、そう答えた。


「……正気ですか?」


 予想と180度異なる指示が返ってきた事に驚くあまり、月下は彼が上司である事を忘れてそんな疑問を吐露した。

 しかし、すぐに失言だったと気づいた彼女は咳払いをして取り直した。


「こほん、失礼しました。驚いてしまって……」

「いや、構わない。それが真っ当な反応だと思うからね。これはロールバックすべき事案だと私も思うよ」

「では、どうしてですか?」


 なぜ事の重大性を知りつつも、マモンアレを放置するのか。

 佐山が最終的に下した判断を理解できない月下が改めて問うた。


「アレはがあの世界に必要としたから生み出した──今のところ私はそう考えている」

「はぁ……それはどういう……」

「はは、カッコつけてみたが、要はAIによるバランス調整の一環じゃないかという意味だ。ソウルブレイドは敵対勢力の生成も全てAIが管理しているのだから、有り得なくはないだろう?」

「なるほど……ですが、一人のプレイヤーにだけ特別な力を渡すのは不自然では?」


 これはオンラインゲームだ。全てのプレイヤーが平等で無くてはならない。

 たった一名のプレイヤーだけが勇者となるゲームではないのだ。

 それをしてしまっては、オンラインゲームとして成立しなくなると月下は考えた。


「彼がテストプレイヤーだという見方もできる。彼が上手く行けば『今後はソウルギアに自我の宿るクエストを全プレイヤーに向けて展開する』なんてもの有り得る話だ。それくらいに我々が開発した人工知能は優秀だ。それは君自身がよく知っているだろ?」


 試すような物言いで佐山が問うと、月下は諦めたのか小さくため息をついた。


「はぁ……そう言われてしまうと納得するしかありませんね。──確かにの優秀さを一番よく知るのはコアシステムを手掛けた私ですから」

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