俺の武装だけ課金で強くなるんだが?

ぷらむ

第1話

「やばい……マジでやばい……」


 なんとか吐き出せた言葉は、それだけだった。

 薄暗いワンルームの一室。乱雑に散らばる大量の請求書。

 その中央に座する俺が、手にしているのは文明の利器であるスマホ。

 バックライトに照らされた画面に映し出されたのは、こんな表示だ。


 口座名義人:忍田おしだ圭太けいた

 預金残高:452円


「給料日からまだ二日しか経ってないってのに……」


 まだ二日しか経っていないというのに、俺の全財産は500円を切っていた。

 絶体絶命と言っても過言ではない状況。


「……電気代にカードローンの支払い……家賃と食費……だあぁ!! 終わった。何もかも終わりだ! 生きてけねぇ!」


 この先の苦難が次々と頭に浮かび、俺の心はさらに荒んでいく。

 どれだけ考えても次の給料日まで生き延びるプランが思いつかない。

 思考したところで、苛立ちが先行し、何もかも投げ出してしまいたくなる。


 だけど、このストレスをぶつける相手なんていない。

 なぜなら、この絶望的な状況を生み出したのは俺自身なのだから。


「はぁ、もうダメだ……とりあえずウルちんのアーカイブ見よ……」


 俺は慣れた手付きで動画アプリを開いた。

 お気に入りチャンネルの一覧からとある∨ライバーのチャンネルへと遷移する。

 そこから配信のアーカイブ動画を探してタップした。


「ふぁぁ……ウルちん可愛い過ぎる……マジで天使だわ……」


 動画に登場したのは、俺が人生を捧げた愛しき存在だ。

 淡い水色の髪に、くりくりとした瞳。蕩けるように甘い声。


「あぁ……くそっ! ウルちんごめんよ……俺の稼ぎが悪いばかりに……!」


 その愛らしい笑顔に癒やされると同時に、悔しさが込み上げてきた。

 残念ながら俺の預金残高は残り少ない。

 つまり、これ以上彼女に〝投げ銭〟することは叶わない。

 それを思うと、自然と涙がこぼれ落ちた。


「ダメだ……こんなところで止まれねぇ……俺はもっとウルちんに投げ銭しなきゃなんねぇ」


 彼女に笑顔をもたらすのは、他の誰でもない。この俺なのだ。

 こうなったら普段のバイト休みの日に、派遣バイトをいれて……。

 

 ──あれ?


 違和感に気づいた俺は、ぶるぶると首を振って思考をリセットする。


「あぶねぇ……推しが尊すぎて自分が置かれた状況をすっかり忘れてた……」


 ウルちんは超絶可愛い俺のマイエンジェルであり、投げ銭するのは当然の義務である。が、しかし、今に限ってはその気持ちは封印しなきゃならねぇ。


 そもそも今の状況に陥ったのは、ちょうど二日前に配信された『赤檮いちいウル生誕1周年記念配信』が理由だった。

 ウルちんの誕生日は、この世のどんな祝日よりも尊く、素晴らしい日。そんな日が偶然にも俺の給料日と重なった。

 あとは語るまでもない。俺は振り込まれた給料を即座に電子マネーに変え、祝辞と共に投げまくった。

 たとえ他の富豪どものスパチャに押し流されたとしても。それでも俺は、いと尊き彼女に全てを捧げたのだ。


 ……そして、その代償が現在の状況である。

 だが後悔はしてない。義務だからな。


「けど、本気でどうするか考えねぇとな。食事は一日もやし五本に抑えるからいいとして、家賃と電気代は致命傷だ。月末のVRライブに備えて視聴環境は死守しなきゃなんねぇ」


 後はその時にスパチャするための軍資金も工面しないと。

 さて、いったいどうしたものか。消費者金融はもう借り入れできねぇし……。


「……アキラに相談するか」


 俺の頭に浮かんだのは幼馴染の姿だ。

 アイツなら何かいい稼ぎ方を知ってるかもしんねぇ。

 俺はスマホのメッセージアプリを立ち上げた。



 ◇



「……つまり、その変な名前の配信者に貢ぎまくって今月ピンチだと。そう言いたいわけ?」

「おい、ウルちんを侮辱すんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ」

「本気で人を刺しそうな目すんな。怖すぎんだろ……」


 メッセージを送った数時間後、俺は近くのファーストフード店を訪れていた。

 ちなみに俺の注文は水とスマイルだけ。金がねぇからな。

 それはさておき、向かいに座るのは、陰キャな俺とは正反対の爽やかイケメン野郎だ。

 ヤツの名前は山本やまもとアキラ。俺の幼なじみであり、数少ない友人だ。


「ま、俺とお前の仲だ。ウルちんを侮辱した件は今回、不問にしてやる」

「お、おう……? どの目線で物言ってんのかわかんねぇけど……」

「それで、だ。何かいい方法ないか? お前なら人脈も広いだろうし。超稼げて自分の時間も確保できるような仕事とかも知ってんじゃないか?」


 何やら不満を言いたげな表情のアキラだったが、俺は無視して本題を切り出す。

 するとヤツはさらにげんなりとした表情を見せた。


「あのな……それが世に言うホワイト企業だぞ。そこにお前みたいなヤツが入れると思うか? 面接官に向かって誇らしげに語れる長所だってないだろう」

「ウルちんに対する愛なら誰にも負けないが?」

「それを真顔で言えるのはお前だけだよ……」


 頭を抑えながら、ため息を吐き出すアキラ。

 よくわからんがウルちんへの愛だけで仕事に就くのは難しいらしい。まったく世の中どうかしてるぜ。


「なぁ、本当に無いのか?」


 俺はもう一度訊ねた。

 俺と違ってアキラは優秀だ。ルックスも良くて交友関係も広い。だからこそ、何か良い方法を知っているんじゃないかと期待してしまう。


「マジで何でもいいんだ! ウルちんを愛でる時間さえ確保できれば、仕事内容は何だっていい!」


 虫が良すぎるのは承知の上だ。

 図々しいヤツと思われようが、一向に構わない。

 とにかく俺には金が必要なのだ。月末に待ち受けるVRライブを最高に盛り上げるための軍資金が。


「……圭太、ソウルブレイドって知ってるか?」

「ソウルブレイド……? それって最近流行ってるゲームだよな?」


 ソウルブレイド。あまりゲーム界隈に詳しくない俺でも、そのタイトルには聞き覚えがあった。

 その最大の特徴はAIによって生成されたプレイヤー固有の武装──ソウルギアの存在だ。

 初めにプレイヤーはゲーム開始時に自分だけのソウルギアを与えられ、その後はPvEやクエスト、PvPを通じてソウルギアを強化させていく。確かそんなゲームだ。


「で、それがどうかしたのか? つか俺はゲームじゃなくて金稼ぎの方法を聞いてるんだが……」

「その金稼ぎの手段だよ。なぁ、圭太。ソウルブレイドのランカー上位の年収は知ってるか?」

「いや、知らねぇけど……」


 俺が答えると、アキラは含みのある笑みを見せた。


「上位5名なら年収は億超えだ」

「お、億ゥッ⁉」


 想像の何倍もの数字に思わず声が出た。

 ゲーム配信者やプロゲーマーの存在は当然知っている。

 しかし、まさかそんな莫大な金が動いてるとは思わなかった。


「将棋だって究極的に言えばボードゲームだ。でもプロなら何千万と稼ぐだろ? ソウルブレイドも一緒さ。世界的に人気があって競技性もある。金が動かないわけがない」

「なるほど。そう言われると確かにそうだな」


 それにしても1億か。そんな大金があればウルちんに投げ銭し放題じゃねぇか。

 そう思うと俄然、興味が湧いてきた。

 待っててくれよ、ウルちん。俺がスパチャランキング一位の座に就かせてあげるからな。


「……決まりだな。俺もプレイしてるから序盤は手伝ってやるよ」


 興味津々なのが表情に出ていたのか。アキラは俺の顔を見て笑った。

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