第32話

 この国はモンスターが絶対に出現しないように、〈極光の王〉が構築した魔法陣によって負の魔力が入り込まないようにしている。

 負の魔力が無ければモンスターが生まれる事は絶対にないし、例え生まれたとしてもそれは第一エリアのスライム以下の力しか持たない。


 故に〈サンクチュアリ国〉は数万年間、安全地帯として狩人達から絶対の信頼を置かれている。

 そんな過去一度たりとも揺るぐことの無かった国に、まさかこのような事態が起きるなど誰が予想できるか。

 

「「「〈デュラハン〉だあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」」」

 

 何もない空間から突如姿を現したのは、なんと第三エリアを拠点とする首無し騎士。

 しかも周囲に確認できるだけでも数十体、肌に感じる威圧感は以前対峙した個体と同じ。

 すなわちアレが幻覚とか、そういった類ではない事がハッキリと分かる。


 安全地帯であるこの場に、恐らく史上初となるモンスターの出現。

 第一エリアの〈スライム〉ならまだしも、第三エリアの〈デュラハン〉とかどう考えても普通ではない。

 オマケに今のは、自然的な現象ではなかった。

 まるで何者かが召喚したような、不自然な出現の仕方だったと思う。


 でも一体誰がこんな重罪を犯したのか、損得云々とか以前に頭のネジが全てはじけ飛んでるとしか思えない。

 まさか第一エリアに〈デュラハン〉が出現したのも、コレを引き起こした人物の仕業?


 一つの可能性を考え付くけど、今はそういう原因を探っている場合ではなかった。

 中級と上級狩人が留守にしている現状で、この事態は最悪としか言いようがない。


 下級狩人では討伐が困難を極めるモンスターは、手に握る剣で近くにいた非武装の獣人少女に襲い掛かる。

 不味いと判断しアイテムボックスに収納していた剣を手にした俺は、力を発動させて間に割り込もうとするのだが。


(なんだこれ、いつもみたいに魔力を集めて衣服を召喚する事ができない……!?)


 どれだけ念じても力を発動する事が、全く出来ないことに気付いてしまった。

 そういえば自分が使っているのは負の魔力、という事は国の中では使えないのではないか。


 周囲にある負の魔力を集めて力とする能力は、裏を返せばそこに力が無ければ何もできない事を意味する。

 ここでまさかの欠点が発覚、国内で戦闘になるとは思ってもみなかったので想定外の事態に頭の中は真白になった。


 強化していないGランク用の剣では、〈デュラハン〉の攻撃を受けることはできない。

 殺意を以って振り下ろされた刃が、自分ごと少女を真っ二つにせんと真っすぐ振り下ろされる。


 ──考えろ、考えろ考えろ考えろ!


 思考を加速させて、その中でふと迫る刃の速度が遅いことに気が付く。

 周囲に負の魔力が無くて力が使えないのならば、〈フェスティバル〉で行われている原理と同じように〈デュラハン〉にも能力低下の影響が起きているはず。つまり敵は大幅に弱体化している可能性が高い。


 オマケにあの時と比較して、今の自分は大きく違う点があった。

 それはレベルが280まで上がっている事、能力的には実質下級狩人の中堅くらいには強くなっている。

 迫る刃を完全に見切った俺は一か八か、あの時と同じように手にした剣で受け流しを試みる。


「はっ!」


 重たい斬撃に内心では冷や冷やしてしまうが、受けた斬撃をなんとか受け流すことに成功する。

 エステルがギリギリを攻めて作った剣は、以前と違い亀裂一つ生じさせずに役目をこなしてくれた。

 そしてもちろん、敵の攻撃から身を守るだけでは窮地を脱する事はできない。


 防御に成功しても力が無いと、敵の硬い鎧を裂く事は不可能。

 だから考えた俺は追撃の横薙ぎ払いを高く跳躍してかわし、今度は〈デュラハン〉の真上を取る。

 頭の無い空洞の中には、亀裂が入っている魔石を確認することができた。


 冷静に狙って放つ突き技は、硬い鎧に触れることなく漆黒の魔石を穿った。

 通常ならば傷一つ入らないだろうが、亀裂が入っていた事から察するに結界の負荷を受けていたのだろう。

 核を断たれた首無し騎士は、そのまま光の粒子となって散った。


「これは……?」


 倒した〈デュラハン〉の散った場所に、僅かにだが負の魔力を感じる。

 俺は消えそうになるソレに、力を発動させて制御下に置くと刃に纏わせた。


 外のエリア程ではないが、刃が纏う魔力は周囲の敵を相手するのに十分な力を感じる。

 これならイケると確信した俺は、そこから強靭な鎧を相手にスキルが通じず苦戦している下級狩人達を見据えた。


「疑似・紅蓮王剣術〈火山雷カザンライ〉ッ!」


 全ての力を足の裏にためて一気に、──駆ける。

 周囲の景色が霞むほどの高速で地面を疾走し、そこから舞うように漆黒の剣で〈デュラハン〉を両断していった。

 一体倒すのに力を消費しては、倒した相手から集める事を繰り返す。


 以前に聖女様とやった制御する特訓が無ければ、コレを実行するのは難しかっただろう。

 力に頼るだけではない、着実に自分自身も強くなっている。

 確かな実感を得ながら、眼前の敵を倒すのに集中していると、


「にゃははははははは! 未来の義弟おとうとは百点満点なんだにゃ!」


「この調子なら任せて良さそうなんだにゃ、にゃーたちは他にいくにゃんよ!」


 何度も城で出会っている〈アース・メイド〉、恐らくは聖女様を送り届けた二人が大声で称賛しながら真横を駆け抜ける。

 答える間もなく彼女達は進路上にいる〈デュラハン〉を、両手に装備した鉄の爪でバラバラに刻んでいった。

 その姿は正に猫の如く、後ろ姿はあっという間に見えなくなった。


 アレが上級狩人の実力、文字通り下級狩人とは次元が違う。

 任された事に一種の高揚感を得ながらも、目指すべき世界を見据え気合を入れ直す。

 残った周辺にいた〈デュラハン〉を全て倒すのに、時間は三分も掛からなかった。


「ウソだろ、あれ〈スキルゼロ〉だよな……?」


「なんで〈デュラハン〉を相手に、剣一本で〈スライム〉みたいに倒してるんだ……」


「しかもアレ、Gランク用の剣だろ。結界で弱っているからってあんな簡単に切るのは無理だろ……」


「かっこいい……」


 多数の狩人達に活躍を見られることになったが、流石に緊急事態なので仕方がない。

 困惑、嫉妬、羨望、尊敬、様々な感情が込められた視線が自分に集中するのを感じながら聖女様の元に戻る。

 先程は体調がすぐれない様子だった彼女は、回復したのかニコニコ笑顔で出迎えてくれた。


「聖女様、身体は大丈夫ですか?」


「はい、ソウスケ様の活躍を見れて元気になりました!」


 自分の活躍が体調不良に効くなんて聞いたことないが、何はともあれ元気になってくれたのなら何より。

 周囲の視線が痛いので、一先ずここから離れることを提案しようとしたら、


 過去一度も感じた事のない、邪悪な魔力が広場の中心に出現した。

 先程の首無し騎士なんて比較にならない、それは結界の中にいてなお凄まじい圧を放っている。

 恐る恐る振り返った先、噴水があった場所には全長五メートルの怪物がいた。

 まさか。まさかと目はその巨大なモンスターに釘付けとなる。

 誰かが口にする、まさかアレは第四エリアの溶岩地帯に生息する炎獣〈ラーヴァ・ベヒーモス〉ではないかと。



『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ』



「「「───────────────────────────────────ッ!!?」」」



 炎獣の大咆哮に狩人達は、〈デュラハン〉の時以上の大パニックをもたらした。

 もはや戦おうという事を考えるのが可笑しいと思う程の、重圧な殺意が周囲に容赦なく叩きつけられる。

 全身が震えて大量の汗が流れ落ちる。下級狩人でこれに耐えられるのは先ずいないレベルだ。

 その中で邪魔なハエを振り払うように、近くで逃げ遅れた女性狩人に炎獣は手にした大剣を容赦なく振り下ろす。


 Dランクモンスターの攻撃に、反応できる者は一人もいなかった。ただ一人を除いて。

 純白の輝きが放たれると同時。白い障壁が生成され、女性狩人と炎獣の間に作られ大剣を受け止める。


 コツンコツン、と全ての者が動きを止める中で一人のローブを纏った小柄な少女が前に出る。

 その少女は目深まで被っていたフードを脱ぎ、今まで隠していた素顔を晒す。

 全ての者達の視線を釘付けにしたのは、Sランクの位を所有する聖女──アウラ・オレオールだった。


「皆様は逃げて下さい、ここはわたくしが引き受けます」


 現Sランク最強の一人である彼女の言葉に、この場で従わぬ者は一人もいない。

 下級狩人達は全員頷いて、彼女の邪魔にならないよう速やかに戦場から離脱していった。

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