第10話

 千年に一人だけ、この世界には英雄の素質を有した狩人が転生してくる。

 そういった特別な存在は、普通の狩人が一生かけても到着できないSランクにまで到達し、百年の契約を終えて次の転生を迎える。


 だけど今から数万年前、この世界にはそんな英雄の素質を持った者達が数多く集った『黄金時代』と呼ばれる奇跡の時代があった。


 英雄達は互いに力を高め合い、誰もが到達することは不可能と思われた頂点のSSSランクにまで上り詰め、後に狩人達の基盤となるものを数多く作り上げ数々の伝説を残している。

 伝承で語り継がれているのは六人の王。


 この世界で知らぬ者はいない〈極光の王〉〈紅蓮の王〉〈蒼海の王〉〈天空の王〉〈大地の王〉〈冥府の王〉。

 あの時代に、彼らが記録した最大攻略域──第十エリア〈フェンリル・パーマフロスト〉は、現代最強と言われている四大ギルドですら未だに到達できていない程。


 ちなみに黄金時代に関しては、この国の図書館に保管されてる〈王の冒険譚〉シリーズの小説に全て事細かく記載されている。

 全部で数十巻ある大作、しかも現在進行形で続刊が刊行されている。いつ完結するのかは定かではない。

 この半年で冒険譚を全て読破している俺は、オリビアの話に疑問を挟んだ。


「でもサンクチュアリ図書館に保管されている物語には、自分と同じ力を使う狩人は一切載っていなかったと思いますけど」


「詳細は私も教えて貰えませんでしたが話によると、その狩人に関する情報は当時の関係者達の総意で、後世には一つも残さなかったらしいです」


「……残念ながら、わたくしもおじい様からは詳しい事は聞けませんでした」


 聖女様は申し訳なさそうに、落ち込むような顔をする。

 情報の規制をしたという事は、知られてはいけない何かがあったらしい。〈極光の王〉の直系である彼女ですら詳細を教えて貰えなかった事から察するに、これは相当な裏事情がありそうだ。


 申し訳なさそうな雰囲気を出す聖女様に、小声で気にしないように伝える。

 すると彼女は頬を緩めて、何やらモジモジしながらオリビアの陰でこちらを何度もチラ見した。

 目は合わせられないが、すごく可愛いことだけは理解できた。


「ごほん、話を戻しましょうか。……貴方が目覚めた力はとても特別なモノです。ステータスを開いたら分かりますが、その力はスキルとして表示すらされません」


「本当ですか!」


 言われた通り、さっそくステータスを表示する。


【名前】ソウスケ・カムイ

【ランク】G

【レベル】138

【筋力】138 【強靭】138 【持久】138 【技量】138 【敏捷】138 【魔力】0


【スキル】

・〈  〉


 なんか色々と、ヤバいことになってるじゃないか!?

 彼女が言う通り、確かにスキル欄には依然と同様何も載っていなかった。


 だけど何よりも驚いたのは、レベルがGランクの限界値である『100』を越えている事だった。

 この世界の住人で、限界値を知らない者は一人もいない。


 例えば俺のランクの一つ上、Fランクの上限値は『200』である。

 この数字に達してランクを上げることで、ステータスはそのままでレベルは『1』に戻る。

 そこから次の上限値を目指してレベル上げを行い、基本的に狩人はこの流れを繰り返すことになる。

 以前に図書館で読んだ各ランクの限界値は以下の通り、


 SSS『1000』

 SS『900』

 S『800』

 A『700』

 B『600』

 C『500』

 D『400』

 E『300』

 F『200』

 G『100』


 これは絶対的なルールで、過去に一件も越えられた者はいない常識だったはず。


「あのー、夢でも見てるんですかね。俺のランクはGなのにレベルが100を超えてるんですけど……」


 恐る恐る口にした言葉は、狩人なら妄言と切り捨てられてもおかしくないものだった。

 しかしオリビアは、疑うことなく極めて冷静な声色で話を続けた。


「力の所有者が有する特徴の一つです。レベルの上限が上がり他の狩人よりも高みを目指す事ができる。数万年前の狩人は、Gランクの上限が200だったと聞いています」


「しょ、初期のレベル上限が200って……」


 それはもう、バグかチートの領域じゃないか。

 つまりこの力でレベルが200以上まで上がるとしたら、ランク以上のステータスを常に獲得できる事を意味する。

 積み重ねられるステータスは、単純計算して他の種族の二倍。


 一番のネックだった平均的過ぎるステータスを克服し、大きなアドバンテージを得られる。

 更に〈デュラハン〉を圧倒した力を自在にコントロールする事ができたら。


 脳裏に思い浮かんだのは、今まで自分には無縁だった一つの言葉。

 これなら、これなら──を目指せるのではないか。


「自分は……」


 脳裏に浮かんだのは、スキル無しと見下す下級狩人達。

 いつもバカにする彼等を、ギャフンと言わせてやりたい。


 自分達の眼は節穴だったと、少しでも良いから見返してやりたい。

 今までほとんど諦めていた未来の可能性を目の当たりにし、無意識の内に握りこぶしを作ると、


「……俺は、強くなる事ができるのか?」


 ポツリと湧き上がって来た切実な思いが、口からこぼれ出てしまった。

 ステータスをじっと眺めていると、不意に誰かに頭を撫でられる。


 顔を上げた先には、従者の背後に身を隠していたはずの聖女様が立っていた。

 男性と触れ合ったことが無いという正真正銘の生娘である彼女は、慈愛に満ちた目で傍らに寄り添うように腰を下ろす。


 小さい。びっくりするほど手足が細い。

 あと絶対に口に出せないけど、美少女はすごく良い匂いがするんだなと思った。


 腕が少し触れるだけで、初心な自分の心臓は大きく跳ねる。

 抱き締められる距離にいる聖女様から視線をそらし、ドキドキしていたら彼女は小さな口を開いた。


「ソウスケ様は、この国の誰よりも強くなれます。それは、わたくしが保証します」


「どうして出会ったばかりの聖女様が、そこまで……」


「──この半年間、いつも自室で貴方の事を見ていましたから」


「は……?」


 彼女の口から出た驚愕の言葉に、まるで石化の魔法を食らったかのように固まった。

 半年もの間、いつも自室で見ていた。これに対する心当たりは、自分の中には一つしか無かった。

 まさか、まさかまさかまさかメイドではなく貴女が──


 有り得ない、あの謎の視線の主が目の前にいる少女?


 毎日ノルマをこなした後に、応援する手紙を添えてクッキーやケーキ等を差し入れしてくれていたのも全部?


 信じられない秘密の暴露に、信じられなくて疑いの眼差しを目の前にいる少女に向ける。

 聖女様は嘘をついているとは思えない程に、真剣な様子で此方を上目遣いで見つめる。

 この見られている感覚は確かに覚えがあった。いつも山で感じていた、あの熱い視線だ。


「本当に、キミなのか。あの手紙と差し入れをしてくれていた?」


「……」


 聖女様は答えずに、首から下げているネックレスを手に取り見せてくる。

 決定的な証拠だった。紛れもなく自分がお菓子のお礼にと贈った『ジュエルスフィアの首飾り』。

 店売りのモノではない、特別な物をあげたいと思ってオーダーメイドで頼んだ世界に一つしか無いネックレス。


 衝撃的な新事実に、考えていた色々な事が頭の中から全て吹き飛んでしまった。

 彼女は言葉ではなく、頷くことで俺の言葉を肯定すると次にオリビアを見た。


 聖女様のアイコンタクトを受けたオリビアは、「かしこまりました」と何やら不服そうに封筒みたいな物を取り出し丁重に差し出してくる。

 何も考えずに反射的に受け取ると、その封筒に捺されている印璽いんじにギョッとさせられた。


 何故ならば、それはオレオール家の紋章だったから。

 聖母が描かれた盾を中心に、十二枚の天使の翼が付け加えられたデザイン。


 しかも封筒には、聖女様の始祖である〈極光の王〉グレンツェンの直筆サインが書かれている。

 彼の大ファンである俺は、一目で本物だと理解して額にびっしり汗を浮かべた。


 この国の頂点である狩人から、自分宛に一体なにが送られてきたのか。

 まだ聖女様から受けた衝撃から完全に復帰できていない状態で、指を小刻みに震わせながら慎重に封を開ける。

 すると中には、手紙が一枚だけ入っていた。


 取り出し二枚折りになっている一枚の上質そうな紙を開いて、そこに記された短い文章に目を通す。


『〈極光の王〉の権限を以って、Gランク狩人のソウスケ・カムイに厳命する。

 汝を我が一族の宝である〈聖女〉アウラの婚約者に任命する。

 そして今後は狩りを終えた後、必ず城に赴き〈聖女〉の治療を受ける事を命ずる』


「こ、こんやく……っ!?」


 信じられない内容に驚きの余り絶句すると、二人と視線が合った。

 聖女様は照れてはにかんで笑い、隣にいるオリビアは拒否感を前面に表して殺意を隠すことなく全力でぶつけてきた。

 二人の反応から、手紙の内容がジョークではない事を知った俺は心身が限界に至る。


「あ、やば………」


「ソウスケ様!」


 二つも格上の〈デュラハン〉との死闘。

 今まで遠くからしか見たことが無かった聖女様との謁見えっけん

 止めに彼女と婚約者の関係になるという、信じられない出来事。


 最底辺狩人が一日で体験するには、二件とも余りにも濃すぎる内容だった。

 許容量をオーバーしてしまった俺は急に気が遠くなると、まるで電源が切れたかのように気を失うのであった。

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