第8話

 真っ暗な世界で、何かの鍵が外れる音が聞こえた。

 一体何が外れたのか。何も見えない暗黒の世界が段々光で晴れていく中、

 

【特殊条件を達成。──〈王之器〉を解禁しました】


 意識が覚醒する。同時に知らない少女の声が耳元で囁かれた。

 止まった心臓は再起動し、消える寸前だった意識が急に明瞭となる。

 生き返ったのか、そんな感慨にふける間もなく目の前には首を断つ刃が迫っていた。


 ああああああああああああああヤバい!


 そういえば〈デュラハン〉にギロチンされる寸前だった。

 とはいえ目覚めたばかりで、寝転がっている身体は急に動かせない。

 リスキルなんてサイテーと思っていたら、目の前まで迫っていた魔剣と自分の間に変化が生じる。

 何やら周囲の空間が歪み、まるで俺を守らんとみたいなモノが集まってきた。


 何だこれはと疑問に思っていたら、魔剣が触れた瞬間にまるで磁石が反発するように弾き返す。

 ポカーンと口を半開きにする自分の目前で、重量百キロ以上はある〈デュラハン〉の身体が数メートル以上高く宙を舞う。


 まるで物理演算が狂った、ゲームみたいなぶっ飛び方だった。

 想定外の事態で姿勢制御に失敗したらしく、そのまま敵は不格好に背中から墜落した。

 なんだかよく分からないが、助かったみたいだ。一安心していると、そこで自分はもう一つの異変に気が付く。


「ガハ、ゲホゲホ……。あれ、身体の痛みが……消えてる?」


 胸に空いていた致命傷が、不思議な事に塞がっていた。

 誰かが治療してくれたのかと思い、立ち上がって周囲を見回してみる。

 だがここにいるのは俺と〈デュラハン〉だけで、他に人の姿は見当たらなかった。


 今の刃を弾いた不思議な力といい、まさかアレは夢では無かった?


 傷が治ったのが夢で剣に触れた影響ならば、この力も恐らくはそれに起因しているのだろう。

 魔剣の一撃を防いだ先程の黒い粒子は、そうだと応えるように目の前で徐々に大きくなる。

 更には自分の全身に纏わり付き、上下黒で統一された衣服を形成した。


 デザインは黒いジャケットに、黒いズボンというラフな感じだった。

 戦闘用の服というよりは、何処かにお出掛けに行くようなイメージが強い。


「はは、どんな力なのかは分からないけど凄いな……」


 全く状況は理解できていない。でもこういう展開を自分は漫画やアニメで何度も見てきた。

 これは主人公的な王道の逆転劇。現に身に着けている衣服に関しては、自分のレベルでは全く図る事ができない程の力を感じる。


『AGEROK、IISARABUS⁉』


 俺が纏った衣服に〈デュラハン〉が、何か叫びながら魔剣を手に突撃して来る。

 たぶん致命傷を受けた状態から、完全に復活したことに困惑しているのだろう。

 先程と同じで敵の速度は、目で追うのがやっとなレベルだった。


 やはり手加減していたのか、舐めプとは実に腹立たしい。

 苦々しく思っていたら、あっという間に敵は正面からではなく此方の背後を取る。

 辛うじて目の端で動きを捉えると、そこから首を狙った鋭い横薙ぎの一撃が放たれた。


 手にしている折れる寸前の剣では、防御しても砕かれて絶対に魔剣を受け止める事はできない。

 自分の低い敏捷びんしょう値で回避するのも不可能。


 普通なら完全に詰んだ状況だけど、先程の光景を思い出し一か八か左腕を持ち上げる。

〈デュラハン〉の放った横薙ぎの一撃を、身に纏った黒衣の袖で受け止めた。

 凄まじい衝撃と共に、何かが砕けるような音が響き渡る。


「マジかよ……」


 目の前で起きた光景に、自分は頬を引き攣らせて目を見張った。

 直感でやったのだが驚くべき事に、刃を受けた左腕は切断される事なく無事だった。


 それどころか攻撃した側である〈デュラハン〉の魔剣が、黒い袖に衝突した瞬間に剣身の半ばから砕け散った。

 とんでもない現象に、自分を含め敵も動きが止まってしまう。


『──────!?』


 首無し騎士は、動揺して後ろに一歩下がった。

 鉄以上の硬度を誇る魔剣が、布ごときに負けるなんて有り得ない。


 半分になった魔剣を手に距離を取る〈デュラハン〉からは、そんな驚きが伝わってくる。

 布で鉄以上の硬度とか、この服はもしかして〈オリハルコン〉かなにかで出来ているとでもいうのか。

 驚きながらも直ぐに冷静になる。勢いは完全に此方側で、攻めるなら今しかない。


 だけどEランクモンスターの身体は、自分が今手にしている折れかけの剣で簡単に両断できるほど『強靭値』は低くない。

 こんな状態の剣を振り回せば、剣身は確実に木っ端みじんになるだろう。正にお互い、決め手に欠ける状況だ。


 しかし時間が経過する事で、此方は直にサンクチュアリ国から強力な狩人がやって来る。

 このまま睨み合って、ひたすら防御に徹しているだけでも勝利できるのだが、


 …………俺は、こいつに一人で勝ちたい。


 不思議な力を得る事で、今まで強く抑えつけていた欲求が表に出てくる。

 脳裏に浮かんだのは〈スキルゼロ〉と呼び、バカにする下級狩人達の姿。


 彼等を見返す為にも、助けてくれた人たちの思いに報いる為にも。

 そして何よりも、この世界でようやく立つことができたスタートラインから大きな一歩を踏み出す為にも。

 目の前にいる格上モンスターを、狩人としてソロで狩りたい。


 いつか自分にできる、

 脳裏に思い浮かべたのは、手紙のやり取りをしている素性の分からない女性の事。

 俺なら『英雄』に成れると応援してくれていた、彼女のメッセージを胸に剣を強く握る。

 その思いに応えるように、今度は漆黒の粒子が右手に握る長剣に集まった。


「防御だけじゃなく、攻撃にも使えるのか」


 この黒い粒子が何なのかは分からない。

 でも少なくとも黒衣の性能から推測するなら〈デュラハン〉に通じるだけの威力を発揮してくれるはず。


 取りあえず、これで戦う準備は整った。

 黒衣に黒剣の組み合わせで、まるで敵役みたいな感じだけどそこは気にしない。


 半分になった魔剣を構えて、首無し騎士が凄まじい速度で向かって来る。

 今度は正面からの愚直な突進だ。肌に感じる強烈な殺気から、敵の狙いは恐らく頭だと推測する。


 得体のしれない黒衣を避ける選択は、流石はEランクモンスターといったところ。

 しかし一度やられた事を、流石に二度も正面から受ける程に自分はバカではない。

 タイミングを計り急加速した瞬間に、


 ──ここだ。


 身体を横にずらす事で、迫る刺突を紙一重で回避する。

 同時に漆黒の粒子を纏う黒剣を、右から左に向かって水平に振り抜いた。

 たったそれだけで〈デュラハン〉の胴体は、まるでスライムのように真っ二つになった。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?』


 断末魔の叫び声を上げながら強敵であった首無し騎士は、今まで倒したモンスター達と同じように純白の粒子となる。

 空中に漂うそれらは、自分の身体に吸い込まれて完全に消えた。


 黒剣は役目を終えると解除されて、限界を迎えた剣は砕け散る。

 黒衣も形が崩れて空中に散り、この場に残ったのは血まみれの自分だけとなった。

 シーンと静まり返る山の中で、自分は歓喜に震えた。


「……勝った。あの〈デュラハン〉に勝ったのか?」


 Gランク狩人の俺が、二つもランクが上の超格上を倒した。

 正に狩人の常識を越える、一つの大偉業を成し遂げたのだ。


「ハハハ、やった。やったぞ──ぐふっ!」


 大喜びすると不思議な力の反動なのか、急に全身から力が抜けて無様に仰向けにぶっ倒れた。

 立ち上がろうと思うけど、意思に反して指一本動かすことが出来なかった。


 不味い、ここは安全地帯ではない。このまま気を失ってしまったら、間違いなく他のモンスターに殺される。

 漁夫の利で終わるなんて、余りにも情けない終わり方だけは絶対にしたくない。

 せめて〈デュラハン〉を討伐しに来る同業者達が、ここに到着するまで頑張って起きていなくては。


 だけど意識は段々と遠くなり、重いまぶたは閉店を告げるように勝手に閉じていく。

 必死に耐えようとしているが、身体の限界に気合だけで意識を保つのは困難を極める。


 そんな自分自身との戦いを繰り広げていたら、誰かの足音が此方に向かって来るのが聞こえた。

 果してモンスターか、それとも狩人か。


 遂に限界を迎えて意識を失う寸前、見上げる景色の中に白髪の少女が映る。

 この世界で知らぬ者は一人もいない聖女、アウラ・オレオールに似ていた。


 幻覚かな。サンクチュアリ国の象徴たる聖女様が、こんな場所にいるはずがない。

 彼女に抱き締められた俺の意識は、そこでプツリと途切れた。

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