第4話

『──こんな事は前代未聞なのじゃ!』


 半年前の今頃。ステータスの確認をした担当天使のアスファエルが驚く姿は、今も鮮明に思い浮かべる事ができる。

 自分が知ってる物語の異世界転生ならば、こういうセリフは規格外の力を所有している主人公が良い意味で言われるもの。


 けれども今回の言われたセリフは、百パーセントの割合で悪い方の意味が込められていた。

 基本的に狩人は契約を終えたら、最低でも一つ~二つのスキルを与えられるらしい。


 彼女が何度も全てを見通す〈鑑定〉のスキルで調べても、本来与えられるはずのスキルは見つからなかった。

 そこから天使の管理者である美女の〈四大天使〉に、大聖堂の最上階に呼び出されて入念なチェックをされたけど。


 スキルが見つかったり、遅れて発現する事はなかった。

 彼女達は最終的に『問題なし』の判断を下し、絶世の美貌にドギマギしていた俺を解放した。


 ところが不幸は、ここで終わりではない。

 落ち込んで大聖堂を後にした自分を待っていたのは、新人勧誘にやって来ていた沢山のギルドマスター達だった。


 大中小と様々なギルドを運営するベテラン狩人達に歓迎された後、次にどんなスキルを所持しているのか尋ねられた。

 嘘をつくことはできないので、勇気をもってステータスを可視化してスキルが無い事を正直に伝えたら、


『──は?』


 と、全員口を揃えて固まってしまった。コレも良い意味ではなく悪い意味での驚きだ。

 後にアスファエルから聞いたのだが、どうやら人族はステータスが最下位な代わりに珍しい〈レアスキル〉を所持する者が多いらしい。


 気になって図書館に保管されている記録書を確認したのだが、

〈空間を操るスキル〉〈重力を操るスキル〉〈大聖獣を召喚するスキル〉〈能力を無効化するスキル〉〈指定した物質を分解するスキル〉等と強力なラインナップが記載されていた。


 確かにこれだけ強力なものばかりだと、ギルドマスター達が期待してしまうのも仕方がない。

 オマケに人族は百年に一人しか出現しないレア物、期待していた分裏切られたら反転するのは当然と言える。


 ソシャゲのガチャでも、星五の最高レアリティ演出で最低レアのコモンが出現するようなもの。クレーム殺到の大炎上は必至。


 この世界で〈スキルゼロ〉の致命的欠陥を抱えている自分が、全員からゴミを見るような目を向けられるのは避けられない運命だった。

 弱小ギルドでも良いから雑務係として入れてくれる心優しい人達がいないか、ほんの少しだけ期待していたけれども、


『──時間の無駄だった!』


『──スキルが無い欠陥人族なんて、ステータスの低いゴミ狩人じゃない!』


『──まさかムダ足なんて最悪だ!』


『──数十年ぶりの人族なのに、こんな大ハズレが現れるなんて!』


 残念ながらギルドを運営する狩人達は、全員ガチ勢ばかりでエンジョイ勢は一人もいなかった。

 色々な暴言を吐き捨てられ、誰一人見向きもせずにポツンと取り残された虚しさと悔しさは二度と忘れる事はないだろう。


 過去一番平和な勧誘日だったと、後に見物していた狩人達が酒場で笑い転げていた程だった。

 どこのギルドが新人を獲得するのか賭けていた狩人達は、全員大損をして近年まれにみる胴元の一人勝ちとなったらしい。


 そのことで関係のない奴等から理不尽な恨みを買い、大負けしたガラの悪い下級狩人達に俺は強く当たられるようになった。

 国全体に噂はまたたく間に広がり、〈スキルゼロ〉の名は今では誰もが知る最弱の代名詞。


 ヒエラルキーで例えるなら、正に下級狩人の層にすら入ることを許されない新たな最下層。

 自分の下に位置する狩人は、この世界には一人もいない。


 ちなみに翌日に現れた同じ新人の狩人達はちゃんとスキルを所持していて、全員残されることなくギルドマスター達に引き取られていったそうだ。

 その時はお祭りみたいな騒ぎで、なんで『一番平和な勧誘日』だと言われたのか悲しくなるくらいに理解できた。


 取り合う価値もない狩人。

 最弱で誰もが真っ先に思い浮べる〈スキルゼロ〉の狩人。


 ある意味伝説となった人族唯一の汚点。

 この半年間で付けられた不名誉な二つ名の数々に、大きな溜息を吐く。


「あー、思い出したら何か涙が出てきたわ……」


 やり場のない気持ちを発散する為に、発見したスライムや小さなゴブリン等に八つ当たりをして片っ端から経験値に変えていった。

 三ヶ月前までは苦戦していた相手も、レベルを上げてステータスが強化されたらスキルが無くても優勢に戦える。


 流石に最底辺のGランクでも、この山のモンスター達に後れを取ったりはしない。


 最初は重くて振り回されていた鉄の剣も数多の手マメと痛みを経る事で今は自在に使いこなし、今では片手で軽快に振り回す事だって、出来るようになったのだから。


 こういう近接武器は一部の強化系スキル使いを除いて、緊急時の自衛でしか使われることはないらしい。

 弓とかも一応あるのだが、ああいう武器はスキルで威力を強化しないと牽制にすらならなかった。


 だから〈スキルゼロ〉の名を冠する自分にとっては、この鉄の剣が最大の攻撃力であり最後の命綱となっている。

 スキルが無い大きなハンデを少しでも補うために、半年間は剣の扱い方を徹底的に覚える事に専念した。


 利用者の少ない図書館に足を運んで、保管されている伝説の狩人達の物語から戦術、技法を学んで実戦レベルまで昇華させた。

 だがいくら技を習得していっても、レベルの低い狩人ではスキルの有無を覆すだけの強みには至らなかった。


「まったく異世界転生したらスキルで無双の予定が、まさか致命的な欠陥を抱えてるなんて、想定外にも程があるだろーっ!」


 自分の無力を声に出して嘆きながら、草むらから出てきたゴブリンを一刀両断にする。

 当然だけど、こんな武器しか使えない無能を入れてくれるギルドは一つもない。


 だってスキルゲーで、スキルが無い産廃モブキャラを誰だってパーティーに入れようとは思わない。

 掃除とかの雑用もスキルで片付いてしまうこの世界で、原始的な手で何かをする事しかできないのは論外だ。


 逆の立場で考えると、自分でも〈スキルゼロ〉を受け入れるのはかなり難しいと思う。

 お荷物を抱える事によって、他の狩人達から不満が出るのは目に見えている。


 余計なトラブルが起きる可能性を考えると、いくら心優しい狩人でも俺を迎え入れる事はできない。

 リスク管理は、この世界では何よりも大切な能力だ。


 関わらないのが最善と判断されても、仕方のない事である。

 これはゲームで例えるなら、正に詰んでいると言える最悪の状況だった。


「ステータスも平均で、どうやって巻き返せって言うんだ!」


 この半年間、ずっとひたすら努力して来た。もしかしたらスキルが無い代わりに何らかの特殊能力みたいなものがあるかもしれないと考えて、素手から始まり色んな道具を使ってスライムと戦い続けた。


 だけど結局は剣で戦った方が楽だという結論に至り、一ヶ月間の努力はムダに終わった。


 それ以外でもモンスターと心を通わせて仲間にできないか。モンスターを直に食べたら強くなれないか。

 筋トレをしたらハゲる代わりに能力値が上限を突き抜けないか。

 諦めずにオタク知識を駆使して色んな事に取り組んだ。


 でもその間に転生して来たスキル持ちの後輩狩人達は、全員ギルドに所属してレベルを上げてGランクから一つ上のFランクになっている。

 ランクアップ報告の掲示板を毎日虚しい気持ちで眺めながら、半年もいるのに未だに一番下のランクにいるのは俺だけ。


 ……強くなりたい。


 最強キャラじゃなくても良い。せめて普通の狩人くらいになりたい。

 心の内で願いながら一心不乱に、同じ立場の最弱モンスター達を相手に剣を振るい続ける。


 酒場で聞いた噂では、強化ポーションが下級狩人達の間で出回っていると聞いている。

 但しこの世界の強化ポーションはステータスを大幅に強化する代わりに強い中毒性があり、国から製造はもちろん流通させるのは固く禁じられていた。


 もしも使用か或いは所有しているのが見つかったら、とても厳しい処罰が待っている。

 苦労しないで強力な力を得る代償は大きい。特に依存性の高い強化ポーションは、遥か昔に多くのギルドを壊滅させた歴史があって図書館にも詳しく書いてあったのだが……。


 正直地獄としか言いようがない内容だった。

 あんなものに手を出すくらいなら、頑張って地道にレベルを上げた方がマシだと言える程度には。

 それにまだ数ヶ月しか経過していないし、もしかしたら大器晩成型の可能性も残っている。


 希望を失うな、諦めずに努力を続けていればいつか必ず実るはず。

 元居た非凡に厳しい世界ならともかく、ここは異世界ファンタジーの舞台なのだから。

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