第3話
──と、威勢よく思ったのが半年前の若かりし自分。
思い描いていた俺TUEEEなんてものは、やはり現実では有り得ない。
その事を現在最弱の狩人として不名誉なワースト一位に名を載せている自分は、数か月間のソロ活動で数え切れない程に思い知らされた。
鉄の長剣を腰に下げて、最低限の皮装備を身に着ける。今にも床が抜け落ちそうな、シャワートイレ付きで一泊十セラフのボロ宿が今の拠点。
設備はそれなりに揃っているし、お値段が安いからとてもお得なのだが一つだけ大きな欠点がある。
その欠点とは壁が薄い事。……いや、薄いどころか仕切りとしてしか機能していない。
寝ていると隣の部屋に住む者の話し声がハッキリと聞こえるし、仲睦まじい狩人がホテル代わりに利用する時があるから為に、朝までお盛んな声を聞かされる事も頻繁にある。音を
準備を済ませたら、安くて長持ちするパンを水で無理やり胃袋に流し込んで部屋を出た。
ボロ屋はこの〈サンクチュアリ国〉中央エリアの隅っこにある。
十字になっている中立の大通りエリアは露店で賑わっている。
朝から狩りに出かける狩人達をターゲットにしたこの世界の住人である商人達が、戦いに役立つアイテムや日持ちのする料理などを販売している光景が広がっていた。
ぐぎゅるるるるるるるるる……。
鼻孔をくすぐる香ばしい肉の焼ける香りに、空腹の胃が刺激されて大きな音を鳴らす。
たまにはお肉が食べたい。そんな訴えをしているような気がした。
しかし、ここで生活費を無駄遣いするわけにはいかない。
装備のメンテナンスと劣化による買い替えには、かなりの大金が必要となる。
ここで胃の要求を満たすのと引き換えに待っているのは、皮装備すらできなくなって剣一本と生身でモンスターと戦わなければいけなくなる絶望的な状況。
落ちつけ自分の胃袋よ。
昼食は──薄いハムと野菜を挟んだパンにしてやるから。
クレームは一切受け付けない。鋼の意思で空腹感を乗り越え、欲求から身を守る為にも足早に大通りを駆ける。
すると正面から歩いて来た男女四人、異種族の武装したパーティーとすれ違った。
「──うわ、朝から〈スキルゼロ〉を見るとかついてないぜ」
「──不吉ね、今日の狩りはノルマ分が終ったら切り上げましょう」
「──ぐーって、お腹の音鳴らしてるのだっさー」
「──〈スキルゼロ〉は飯を買う金もねーのかよ、ほんと狩人の面汚しだな」
彼等の横を通った際、この半年間ですっかり聞き飽きた悪口を吐かれた。
褐色の肌に一本角を生やした中年の魔人族。
頭に二本角と臀部辺りからトカゲの尻尾を生やした、中年男性の竜人族は見下すような目を向けてきて。
ウサギ耳とネコ耳の獣人族の中年女性二人は、嫌悪感を露わにしていた。
不快指数の高いクソな態度に、こめかみに青筋が浮かび上がる。
だがここで構ってちゃん達の挑発に反応をするのは、自分には何のメリットも無い。
中立エリアで争いを行った場合、即座に国の守護騎士が飛んできて手を出した方が拘束されてしまう。
ムシムシ、こういうタイプは相手すると喜ぶので時間の無駄。
「う──っ!?」
横を通り過ぎようとしたら、寸前で誰かが足を出して引っ掛けられる。
姿勢を立て直す事ができずに、前のめりに転んでしまった。
ゲヒャヒャと耳障りな笑い声を上げながら「足元には気を付けなー!」と魔人族の男が頭上から不細工な顔で見下していた。
周囲にいる他の下級狩人達も同じように、地面に這いつくばる俺に対し可笑しそうに笑っている。
中級と上級狩人達は怪訝な顔をするが、他人の揉め事なので干渉せず現場を素通りする。
この場に味方は誰一人としていない。
この程度の事でイジメられてますと言って、騎士達に助けを求めるなんて自分のプライドが許さない。
いつか、見返してやる。絶対にぎゃふんと言わせてやる。
歯を食いしばって屈辱に耐えながら、憤りを燃料に勢いよく立ち上がって駆け出す。
前方にいた下級狩人達は、俺から逃げるように大きく道を開ける。
まるでモーセの海割りみたいだなと思いながら、そのまま大門から外の世界に飛び出した。
◆ ◆ ◆
「あー、まったく朝から面倒なのに絡まれたなぁ。それもこれも、俺に力が足りないからなんだけど」
自分自身にも嫌悪感を抱きながら向かった先は、国の周辺に円を描くように存在する山の一つ。
そこは誰もが最初に足を踏み入れる、広大な自然と山岳が特徴の第一エリア〈ブルーイン・フォレスト〉。
現在の時刻は、午前六時の早朝。
こんな朝早く付近の山を訪れた目的は、狩人の義務であるモンスター討伐を行うため。
日の光が差し込み、明るく平和な大自然の中を歩くこと数十分が経過する。
先ほどの小物達に絡まれた事が、胸の内から綺麗さっぱり消え去るほどの心地よい空気に満たされながら、目的地である山頂付近に着いた。
周囲の空気は登り始めた時とは少し違う。それは標高が高くて空気が薄いとか、そういった一般常識的なものではない。
心身に軽い圧迫感を与えるのは、この世界に充満している負の魔力。
第一エリアであるこの場所の魔力濃度はとても薄いけど、先に進めば進むほどに濃度は
「さて、そろそろエンカウントしてもよさそうだけど……」
周囲を見回すと丁度そのタイミングで、草むらの中からリズムよく跳ねる水色のサッカーボールみたいな形状をした最弱モンスター〈スライム〉が飛び出してきた。
「……良し、最初の八つ当たりはオマエだ!」
左の腰に下げている鉄の剣を鞘から抜くと、憎しみを込めて地面を蹴りスライムとの距離を詰める。
こちらに気付いたスライムが、
溶解液で攻撃される前に手にしたロングソードを上段から振り下ろし、心臓部である小さな魔石ごと両断する。
動かなくなったスライムの身体は、端の方から純白の粒子となった。
空中に浮かぶ粒子は、自分の身体に吸い込まれて消える。
「ふう……先ずは一体目か。後は周囲を散策して同じGランクモンスターを四十九体倒せば、今日の討伐ノルマは終わりだな」
大体一時間にエンカウントできるのはいつも十体程。
つまり単純計算だと五時間で討伐が全て終わり、そこから先は自由時間となる予定だ。
これが一つ上のFランクとかなら時間を短縮できる上に、獲得できる資金と経験値も格段にアップする。
でもそんな格上モンスターが出現する第二エリア以上に、今の自分が進出するのは自殺行為にしかならない。
〈プロセシング・ワールド〉でランクは、強者と弱者を隔てる絶対的な社会的地位。
上位を相手に下位が勝利することは困難であり、狩人同士ならともかくモンスター相手では不可能に近い。
一番下のGランクで足踏みしている自分では、F以上のモンスターを相手に勝利するのは無理だ。
木々の隙間から見える、真っ青な空を見上げて乾いた笑い声をこぼす。
異世界転生でウキウキになっていた半年前が懐かしい……。
遠く離れたサンクチュアリ国を見下ろすと、先程自分が出て来た大きな門が確認できる。
そこには第二エリア以上に出発する複数のパーティーが集まっていた。
高ランクメンバーの中には、一週間前に転生して来たばかりの『獣人族』で青髪美少女の姿もあった。
この世界に選ばれてやって来るのは、俺みたいな『人族』だけではない。
他にも『妖精族』『竜人族』『魚人族』『小人族』『魔人族』と大まかな分類として七種類の種族が異世界から転生して、この地でより良い次の人生を獲得する為に活動している。
「あの子は獣人族の中でも聴覚と嗅覚が鋭くて高い敏捷能力を持つ人狼で、オマケに優秀な探知系と雷魔法のスキルを所持しているんだよな。うぎぎぎぎ、羨ましい……」
正に優秀な狩人として一通り能力がそろっている存在。
一週間前に大手ギルド達が彼女の事を取り合い、一悶着起こしていた光景は自分も遠巻きに見ていた。
確か最終的にじゃんけんで勝ちとったのは、百獣ギルドだったはず。
どうやら少女は高ランクの仲間達と、今日も狩りに出かけるらしい。
向かう先はこんな近隣の第一エリアではなく、より稼ぎの良い第二エリア以上。
適性ランク以上のエリアに行けるのが、ギルドに所属する最大のメリットである。
う、羨ましい事この上ない!
賑やかな様子で出発する彼等の姿に、羨望の眼差しを向けながら心の内で吐き捨てる。
こっちはソロな上に、他の六種族に対して基本ステータスが低い人族。
オマケに半年も活動しているのに、未だにGランクという底辺っぷり。
「……ステータスオープン」
二次元とかでよくある呪文を口する。
それに応じて右腕に装着している、ライセンスリングが小さな光を放つ。
目の前に能力値が細かく記載された、半透明で正四角形の板が出現した。
【名前】ソウスケ・カムイ
【ランク】G
【レベル】90
【筋力】90 【強靭】90 【持久】90 【技量】90 【敏捷】90 【魔力】0
──ふ、我ながら何度見ても悲しくなる。
レベルはようやく90で、ステータスは見事な平均値。魔力に至っては完全にゼロだった。
平均値に関しては『人族』という種が背負った逃れられない呪いみたいなものだから潔く諦めるしかない。
しかし他の種族は『人族』と違って魔力を保有しており、更には種族の特性に応じて一部のステータスが大きく特化している。
例えば竜人族は筋力と強靭が高く、妖精族は敏捷と魔力が高いと聞く。
特化しているステータスは、それだけで役割を持つことができる。
強靭値が髙ければパーティーの守りを担当し、力が強ければ攻撃役にという感じに。
うん、実に見事な種族格差だ。
これだけでも十分に差があるのに、自分は他よりも更にヤバい問題を抱えている。
それは今朝絡んできた下級狩人達が見下す切っ掛けとなったモノで、自衛用の剣をメインで使用しなければいけない原因でもあった。
ステータスの最後尾に存在する、とある重要な項目に注目して大きな溜息を吐いた。
【スキル】
・〈 〉
そう。そうなのだ。
俺は〈プロセシング・ワールド〉でもっとも重要であり誰もが必ず一つは所持しているはずの、
──〝スキルを一つも所持していない〟致命的な欠陥を抱えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます