第37話 セラの占い

 陽の暮れた精霊区に次第に人が集まり始めた。

 オレンジと紫を溶き合わせたような空には一番星が輝いている。占いの時間だ。周囲も騒がしい。看板を立てたり、場所取りの布を張っている占い師がいる。


 セラは移動し、崖へと腰かけて本を読みながら客が来るのを待った。


「お兄さん、お兄さん。この間の占い当たったよ。今度も占っておくれ」


 やってきたのは先日セラが占った中年女性だった。

 この女性の前回の悩みは息子が彼女に心酔して働かなくなったことだった。セラは女性に、彼女にネックレスを送りなさい、とアドバイスした。どうしてそういうことになるのかはセラにも実は分からない。


 だが、その答えを導き出したのはアリアだ。セラはアリアを信じて、そう助言した。女性は顔を顰めて「どうしてわたしがそんなことしなくちゃいけないんだ」と怒りを露わに立ち去った。


 だが、帰宅して冷静になった女性は、箪笥を開けると自身が娘時代に良くつけていたネックレスを引きずり出した。それを息子に渡し、「母さんの宝物なんだ。彼女にプレゼントしようと思ってる」と伝えた。


 後日、息子はそのプレゼントを彼女へと贈った。すると彼女は目を吊り上げて、「わたしは本物の宝石がいい」とネックレスを投げ捨てた。ネックレスは投げた勢いで壊れ、床に模造品の珠が飛び散った。それを見て憤怒した息子は、「親の好意を何だと思っている」と怒鳴りつけ即日彼女と別れた。息子は自身の不孝を恥じ入り、母に新しい立派なネックレスを贈らんとまた真面目に働くようになったという。


 女性の今度の悩みは、その息子に結婚相手を身繕いたいということだった。なるだけ、心優しく元気な、家庭を支えていける見めの美しい真面目な女性を所望している。


「注文が多すぎる」


 セラはそう呟くと立ち上がり、崖に向かって祈りを始める。

 すると星の人が軌跡を描きアリアが出現する。勿論アリアや星の人の存在はこの女性には見えていない。セラがただ崖に向かって手を掲げ瞑想しているように見えるだけのこと。心内で静かなやり取りをした後、セラは敬虔な様子で振り向いて背後で待っていた女性に伝えた。


「上区の建設現場へ向かいなさい。建築中の家があるからそこに砂糖菓子を供えるといい」


 女性は不思議そうな顔をして、考え込んだ後「分かった、砂糖菓子だね。信じるよ」といって、代金の三千ディルを惜しげもなく渡して立ち去った。


 セラはその代金を懐に仕舞うとまた、崖に腰かけ本に没頭した。


 セラは店の看板を出していないので、他の占い師に比べて客が少ない。だが、これでいいと思っている。本格的な職業にしようと考えるほど没頭している訳ではないし、生活には困っていない。


 単価が他の占い師に比べて倍ほどなので敬遠する客もいるが、吉凶を占うだけの占い師も存在する状況を鑑みるとセラの占いは遥かに具体的で、一度占ったら客は味を占めてまたやってくる。


 一晩に占うのは三人程。だが、今日は蒸すせいか客が来ない。


 深夜になり、営業している占い師はまだごろごろいるがセラは店じまいだと立ち上がり、中区へと向かった。



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