くろいさんた

 はがき一枚ほどの大きさの薄くどこまでも黒い紙。そこには、白い文字でこう書かれている。


「次は、お前の番だ。প্ৰথমে ভাল মানুহক কষ্ট দিওঁ」


――この文字は。まさか、前の? 次は、俺の番だと? ウソだ、そんなわけが……。

 隼人は一階へ猛スピードで駆け下り、トイレを開けて胃の内容物を吐き出した。

「……ダメだ」

 誰かが聞いているわけでもないが、思わず一人、呟いていた。


 しばらくトイレで、吐き戻しを繰り返していた。

 体中に鳥肌が立ち、雪の中にいるよりも酷い寒さに襲われてる。

 カチャッ

 と、ドアが開く音がした。

「うあっ?! なんで隼人、こんなところにいるんだ。……て、どうしたその口周り。吐いたのか? 待てよ、ママに話してくる」

 銀縁眼鏡の奥では大きく見開き、黒目が揺れていた。

 父は走ってリビングへ戻っていった。

「おい! ママ! ちょっと来てくれ! 早く! 隼人がなんでか吐いてる!! おぃ……」

 父が庭の花の手入れをしているらしい母に大声で呼びかける声が聞こえる。

 だが、その大きい声もなぜかだんだん小さくなってきた。震えがいよいよ酷くなる。

「寒い……」


 気付けば、視界が真っ暗になっていた。




「……うぅん」

 隼人は少しずつまぶたを開け、体を起こした。

「あれ……布団?」

 気付けば、自分は布団の中にいた。隣には善人が寝ている。

 ――何があったっけな。

 少し目を閉じて記憶を呼び戻してみると、何があったのかだんだん分かった。

 サンタが来て、善人が風邪ひいて、黒い手紙があって、それで悪寒が来て、で、倒れて……?

 で、ここにいる。

「はぁ」

 善人を起こさないようにこっそりと起き上がって、空を見上げる。オレンジ色の雲が空を覆っていた。

 四時四十四分三十秒。

 なにか、もうすぐ四がたくさん続く時刻だと考えると気味が悪くなってきた。


「あ、起きた?」

 少し椅子に座ってボーっとしていると母が上がってきた。

「あ、うん」

「急にめっちゃ吐いて倒れたんだから、すごいビックリしたんだけど」

「やっぱか……ま、もう大丈夫」

「じゃ、ゲームでもしておきな」

「あーい」

 母と一緒にプレゼントのゲームを持って下へ降りる。

 母への皮肉もひそかに込めて、ゲームに『ヒューマンハンティングナイン』というカセットを入れ、早速プレイを始めた。

 このゲームは簡単に言うと人間がゾンビを狩るものだ。今、老若男女に大人気でめちゃめちゃ売れてる元気堂のソフトだ。


 しばらくゲームをしていると、何か後ろから視線を感じた。

 ふと振り向いたが、それでも善人が作った彫刻がいくつか並んでいるだけだった。

 それからも、なにかを感じたが、結局は何もいなかった。

 ――なんか気持ち悪いな。




 クリームシチューとチキンを平らげ、歯磨きを済まして布団へ入る。

 夜ご飯を食べなかった善人は、苦しそうな顔をして眠っていた。

「ふぅ」

 昨日今日といろいろあって少し溜息をついた。

 今日は、思ったよりも早く睡魔が迎えに来たようで、三十分ほどで眠りに着くことができた。


 グッフッフッフ、グッフッフッフッフ……。


 そのため、しわがれた笑い声を聞くこともできなかった。




 ガンガンガンガンガン

 さっきから耳の奥に嫌でも騒音が入ってくる。隼人はいよいよ飛び起きた。

「何だよ……は」

 と、急に窓が開いた。

 ――まさか、またサンタさんが?

 という期待を踏みにじり、何かが家の中へ入ってきた。

 それは、黒いもこもこの服に黒いナイトキャップ、ブーツ、そして長く黒い泥棒髭とギロリと鋭い目。その瞳は真っ赤だった。

「お前が高瀬隼人か。よくも契約を踏みにじってくれたな、おい」

 ドスの聞いた低い声でその黒いサンタは言った。

「一階の彫刻を見てみろ。サンタを舐めると痛い目に合う。約束破り、貴様を許さんぞ」

 ブラックサンタはそう言って何かをベットへ投げつけ、そのまま窓から飛び降りて行った――。




 クリスマスが過ぎ去った二十六日。

 はじめは善人の病状を見るため、そして隼人を起こすために二階へ上がってきた。

「おぉい、隼人、起きろー」

 最近、隼人は遅寝遅起きの習慣がついてしまっているような気がした。生活習慣、いい加減しっかりと――。

「隼人……え」

 と、そこには善人が目をギョッと見開いて寝ていた。布団には真っ赤な血が染みついている。

「おい、善人! 善人? 隼人は……あっ……」

 と、善人の布団の隣には、隼人が横向きになって寝ている。布団には、善人のように鮮血がこびりついていた。

「おい、隼人!」

 血にまみれた手を握ってみても、何も反応はない。ただただ、氷のように冷たい手。


 ――ん? この枕元の紙は何だ――?

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