くろいてがみ
さっきまでと変わらない、包み込んでくれるような優しい笑みと老人男性にしては高い声でサンタさんは言う。
だが、その内容は不吉だった。
「どうした?」
「……あの、ちょっと前から変な手紙が送られてくるんすけど、この送り主ってサンタさんじゃないっすよね」
「……」
サンタさんは目を細め、目尻の笑いジワが浮き出る。
さっきまではとても優しい笑みに見えたが、無言でこの笑みを向けられると、とても重い圧力を感じた。
「あ、いや、何でもないっす。ただ、ちょっと確認で」
「そうかい。ダイジョーブじゃ、わしは何もせん。サンタクロースは何もせん。さてと、プレゼント、まさか要らないなんて言わんな? ホシーだろう? よし、それじゃあ、さっさと寝て、わしの存在を信じて、朝を迎えるがよい。分かったな、隼人君善人君。うむ、賢い子じゃ。それじゃあわしは帰ろうと思う。ヴィクセンの足がマズいからな。トナカイたちよ、こっちへ来い」
優しい笑みのまま、急に早口になり、口を挟む間もなく会話が終了した。
「うむ、賢い子じゃ、ってなんも返事してないのに……」
「ん?」
善人がつぶやくと、サンタさんはジロリとこっちを見た。一瞬睨むような鋭い目になったが、すぐにさっきの優しい笑みに戻った。だが、その目は妖しい光を放ち、笑ってなどいなかった。
「あ、ええと、すみません……」
結果、圧力に押されて善人が謝罪する羽目になった。
「……」
サンタさんは何も返事をせず、先程の表情のままだ。
「……それじゃあ、わしは行く。約束、忘れるなよ。アデュー」
何か都合の悪いことでもあったのか、サンタさんは下手な投げキッスをしてから急いで窓から飛び出した。そのまま、空中浮遊でトナカイが引くソリに乗った。
「寒かっただろう。あのコゾウは……ったく。ああ、悪いな。……いから、ダイジョーブ……」
途切れ途切れにソリに乗ったサンタさんの声が聞こえてきた。
一瞬こっちをギロリとにらんだ気がしたが、吹雪の中飛び去って行ったため分からなかった。
「……あ! サンタ!」
何やらあのまま寝てしまっていたようだ。
隼人は布団を蹴飛ばした。
――まだ正体が確認できていないじゃないか。サンタさんはああ言ったけど、実際見てみないわけにはいかない。
「善人、起きろ。まだ大丈夫だ、来てない」
「……あ……分かった、うん」
善人は意外とスカッと起きた。
時間は……午前四時三十分前。
「ちゃんとしろよ」
「分かってる」
プレゼントは欲しい。でも、いくらサンタクロースでも子供がしていることを監視することは出来ない。
布団に潜り込んだまま、兄弟は監視を続けた。
「そろそろ行こう」
「リョーカイ」
下の大人の寝室で寝ているはずの両親の声が聞こえてくる。
「来るぞ」
タン、タン、タン、タン。
階段を静かに踏む音がだんだん大きくなる。
隼人と善人はベットにうつ伏せになり、目を細めた。
身体を動かさず、それらしい寝息を立てているふりをする。
「じゃ、行こうか」
母が箱を持って歩いてきた。
隼人はギリギリまで目を細め、プレゼントを置く瞬間を見守った。
「よし」
そのまま、父と母は降りて行った。
「作戦成功。俺も寝るわ。おやすみ……」
善人と顔を見合わせ、隼人はそう言って返事を聞かずに夢の世界へ引きずり込まれていった。
「隼人ー、隼人ー、プレゼント置いてるよー。ほい、早く起きてー。もう十時だって。善人も、早く起きてー。プレゼント来てるからー」
耳元でうっすらと母の声がする。
「フアァッ……おはよ」
「あ、やっと起きた。遅かったよ。もう十時なんですけどー」
「うん……」
夢の世界に戻りたがる脳みそに負けず、のっそりと隼人は起き上がる。
「善人ー、ほい、いつまでも寝てないでさ。ほい」
ふと隣を見ると、善人が目を開けているのになかなか起きてこないという状況だというのが分かった。その善人は頬に汗を垂らしている。顔もいつもより赤い。
「しんどい……」
やっと善人が発した一言がこれだった。
「え? しんどいの? 待って、ちょっと熱計る」
――その三十分後、高瀬善人は車で病院に運ばれていった。
善人が帰ってきた。
「やっと善人は帰ってきたか。病院行ってから三時間くらい寝てたぞ。どうした、なんでこんなことなってるんだ」
保険会社勤めの天然パーマパパ言った。
「さぁ……分からないけど、昨日遊んでた時にもらって来ちゃったんじゃないの」
母が返す。
「かなぁ。まあ、善人。取り合えず布団片づけずに置いてあるから寝てこい」
「……はぁい」
善人は苦しそうな顔のまま頷いた。
「ちょっと隼人、枕汗ついてるから換えて来てくれない?」
「はぁい」
階段を駆け上がり、善人の枕をめくる。と、そこには――。
得体の知れない白い文字が書かれた黒い紙が置いてあった。
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