ビギンズナイト⑤


「ここが……ダンジョン……」


 目前の光景に声を失い、俺は思わず呆然と佇む。

 無理もあるまい。

 誰だってそうなるだろう。

 何故ならゲートを抜けた俺が目にしているのは――

 柔らかく注がれる陽光。

 鼻をくすぐる穏やかな涼風。

 地平線の果てまで続く草原。

 ダンジョンという昏い響き。

 それからはとても想定出来ない光景が目の前に広がっているのだ。

 事前に知ってはいた。

 ここがアオバダンジョン第一層平原エリア……

 通称【アリア〇ン】であることを。

 ただ、俺はひとつ見誤っていたようだ。

 データとしてではなく実体験を伴った知識の情報量は別物なのだと。

 郷愁を駆り立てるような光景に思わず心奪われる。

 ――まずいな。

 どこか夢現(ゆめうつつ)な今の状態では十分なパフォーマンスが保てない。

 俺は常在戦場の構えを崩さぬまま腹式呼吸を行う。

 丹田から生じたあたたかい気。

 それがゆっくりと身体を循環。

 緊張を解きほぐし、心身を活性化していくのを感じ取れる。

 ふう……柄にもなく緊張していたらしい。

 自己の感情を統制し損ねるなんて……親父に知られたら大目玉だ。

 苦笑すると俺は戦意はそのままに索敵を怠らず草原を進む。

 しばらく歩いている内に俺のセンサーに引っ掛かるものが現れた。

 草原から見え隠れする涙滴型のボディ。

 間違いない、スライムだ。

 この草原エリア最弱の敵。

 しかし油断は禁物である。

 初陣の俺にとって、業魔との初戦闘になるのだから。

 イレギュラーな事態は常に考慮しなければならない。

 どうやら無警戒に歩むように見える俺の隙を窺っているみたいだ。

 俺はそっと柄頭に指を添えると、歩みはそのままで待ち構える。

 俗に言う後の先の構え。

 奇襲を狙うスライムの動向を探る。

 そして草陰から奴が跳躍し襲い掛かってきた瞬間――

 高速の抜刀からの一閃を奴を構成する魔核に叩き込む。

 その一撃で充分だった。

 反撃に備え刀を構える俺の前で、スライムは初太刀で魔核を失い崩壊していく。


「こんなものか……?」


 呆気にとられた俺は、強張っている肩の力を抜く。

 幼少期より親父に死ぬほど鍛えこまれた修練の日々。

 あれは無駄ではなかったらしい。

 レベルこそ低いものの、俺の能力値及び技量はかなりの域に達しているようだ。

 ソロでも十分やっていける。

 遊び人と俺を侮っていた奴等を見返してやる、と。

 俺は魔核を回収しながら気を良くしていた。

 さあ、来るなら来い業魔ども。

 俺が相手をしてやる。

 警戒は怠らないも戦意旺盛に浮かれる俺。

 当時の俺は知らなかった。

 新米探索者の実に六割を占める死因。

 それが行き過ぎた戦意によるもの、だという事を。

 この数十分後――激しい後悔と共に思い知らされる。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る