第2話

舞踏会から数日、

バルコニーでの出来事から、ソフィアはハルトの事で頭が一杯になっていた。


「ハルト様……」


出窓の窓辺で頬杖をつき、屋敷の庭をぼんやりと眺めていると、


「お嬢様、何か考え事ですか?最近ずっとそうしていらっしゃいますが……もしかして、気になる令息でも出来ましたか?」


メイドのマリアが、紅茶を持って部屋に入ってくる。


「そ、そんなわけ……そうなのかも知れないわね……元々学園にいた時も憧れのようなものはあったの……でも、あの頃は全く令嬢達を近づけようと為さらなかったあのハルト様が……。」


独り言のようなトーンで、ぼそぼそと話すソフィア。


マリアは、パッと明るい表情になり、


「それはおめでとうございますお嬢様!」


ティーセットをサイドテーブルに置くと、両掌を正面で合わせ、眼を輝かせるマリア。

そんなマリアとは対照的に、ソフィアは溜め息をつきながら、


「何が?なにもめでたくなんて無いわよ……」


窓から外を眺めるソフィアに、マリアは嬉々として紅茶をカップに注ぎながら、


「おめでたいですよ!だって、今まで数々の令息様達とお話ししても、何も感じなかったんですよね?それが、お嬢様の心を動かす方に出会えた。これは奇跡ですよ。だから、おめでとうございます。」


まるでもう婚約が決まったような勢いのマリアに圧されるようにソフィアは苦笑いをしつつ、


「ありがとう、マリア。でもね、あの方は変わられてしまっているのよ……あんなに明るく、カリスマ性のあったあの方が……なんかくたびれて疲れた表情をされていたの………。」


うつむき加減でソフィアはそう話す。


そんなソフィアを励ますようにマリアは、ガッツポーズをしながら、


「……お嬢様。それはチャンスです。」


鼻息をフンッ!

と出すような感じのマリアに、ソフィアは素直に疑問に感じ問う。


「は?何でよ?」


そんなソフィアに、マリアは滔々と、


「人は、私生活で充実している時は、言い寄るものは邪魔に感じますが、弱っている時に優しく声をかけられれば、コロッと………。」


悪い顔で微笑むマリア。


「あはは、マリア……顔が怖い……。」


ちょっと引き気味のソフィアにマリアは口角を上げ、わざとらしく、


「そうですよ。女は怖いものです。ハルト様と言えば、公爵令息ですよね。それはそれは……お父上もその方ならお許しに。」


そう言ってウンウンと頷くマリア。

ソフィアはそんなマリアに、


「父は関係無いでしょ?」


マリアはズイッとソフィアに顔を突きだし、


「いえ、おお有りです!貴族同士の結婚ですからね。爵位やお相手の領地の事なんかも………。ノワール公爵様の所は領地も申し分なく大きいですし、農地の収入の他に、領内にある工場での魔法具の生産も……。何より、このヴェール領にある鉱山で取れる魔石は魔法具の生産には欠かせません……これはご両親の後押しも望めますね。」


ウンウンとうなずき、ブツブツと独り言を繰り返すマリア。

ソフィアは、そんなマリアを呆れ顔で、


「あのね、マリア。色々とあなたの中で話を進めてるみたいだけど、話はそんなに簡単じゃ無いと思うわよ…。」


ソフィアはまた溜め息をつく。


マリアは不思議そうに訪ねる、


「何でですか?」


ソフィアは首を左右に降ると、マリアに、


「だって、ハルト様とは先日二年ぶりに話したばかりで、それも、お邪魔したみたいだし、印象は最悪よ……きっと嫌われたわ。」


今にも泣き出しそうな表情に変わるソフィア。


しかし、マリアは自信満々に、


「いえ、大丈夫です。」


ソフィアは少しビックリして、マリアにたずねる。


「何で、そう言えるの?」


ソフィアの問いに、マリアは得意そうに、


「それは、現ヴェール侯爵様と現ノワール公爵様のお祖父様、そうですね、お嬢様の曾祖父同士はかつての戦争で、共に戦った戦友です。その縁をたどれば……。」


両腕を組み、ウンウンと頷きながら自分の考えを話すマリアに、ソフィアは驚いた顔で問う。


「な、何でそんなことをメイドの貴女が知ってるのよ。」


マリアはその問いに冷たい視線をソフィアに向けながら応える。


「お嬢様、歴史……お忘れですか?学園では何を学ばれていたんですか?そもそもお嬢様は………。」


ソフィアは、青い顔でマリアの説教を聞きながら、ハルトへの想いを募らせるのだった。

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