公爵婦人ソフィアの結婚

業 藍衣

第1話

雲間から時々覗く月の光だけが、頼りの暗闇に包まれた森を、赤々と昼間のような明るさで辺りを照らし、一軒の家が燃えている。


まだ距離があると言うのに、此方の身体が焼けるかと思うほどの熱を、辺りに撒き散らし、炎は勢いを増していく………


「……………!……………!!」


ソフィアの夫である、ハルトが、燃え盛る家に向かって必死に何かを叫んでいる……


燃え盛る家からの反応は、欠片も見られない。


そして、ソフィアの夫であるハルトは、無謀にも、もうもうと黒い煙をたてながら、まるで大きな魔物のように燃え盛るその家へと駆け込んで行く!!


現場から少し離れた大木の側に、ソフィアは立ちたくしていた。




五年前…………




侯爵令嬢、ソフィア=ヴェール。


彼女は王都にある王立学園を卒業している。


そんな彼女は今夜も婚約者を決めるべく、宮廷で行われている舞踏会に来ていた。


煌びやかに装飾された会場の雰囲気と、少しのワインに酔いながら、彼女は何人かの令息に請われ、踊る。


【皆様、素敵な方たちばかりだけれど……ガツガツされていて引いてしまうのよね……それに、何か足らないの……いまいち決め手にかけとる言うか、惹かれないのよね。】


少し休憩とばかりに、壁際に置かれた椅子に腰をかけると、さらりとした自分の金色に輝く髪に手を伸ばし、毛先をくるくると回す。


視線を上げ、皆が踊っているホールをぼんやりと眺めていると、チラチラと、踊る人々の間から見え隠れする人影を見つける。


バルコニーへと向かう一人の男性……


誰とは分からなかったが、何気なく目に止まったその人影に、気をとられたソフィアは、ついでに火照った身体を夜風で冷まそうと、バルコニーへと向かう。


バルコニーに出ると、物憂げな雰囲気を纏った黒髪の若い男が、手すりに肘をかけ、背中で寄りかかって、空を見上げていた。


先ほどまで、ソフィアに対して必死にアピールしてきた令息達とは違い、その男は、整った顔立ちに、闇を感じさせる瞳をしていた。


そんな男にソフィアは、心を揺さぶられ、自分から声をかける。


「こんばんは……星が綺麗な夜ですね。」


男は気だるそうに返事を返してくる。


「ん?ああ……そうだな。」


と、空を見上げたまま応える男にどことなく見覚えがあるような雰囲気を感じつつ、ソフィアは自己紹介をする。


「あ、あの、私、ソフィア=ヴェールと申します。」


すると、男は空からソフィアに視線を移し、


「ハルト=ノワールだ。」


そう名乗った男の顔を、マジマジとソフィアは見つめる。


【ノワール?ノワール公爵の令息ね…………あれ?でもハルト令息と言えば、二つ歳上で、学園でも明るくて、生徒会でもリーダーシップを発揮していたあの人よね?

印象が……まるで別人じゃない!?

卒業されてからのこの二年で、何かあったのかしら……。】


ソフィアは、ハルトのあまりの変わりように、言葉を失う。


「ヴェール……侯爵家の令嬢か………。」


フッと寂しそうな笑顔でそうハルトが言う。


ソフィアはそんなハルトとは対照的に努めて笑顔を見せ、


「はい。二年前、一緒に生徒会にいました。ソフィアです。」


そう元気よく返す。


ハルトは溜め息をひとつつくと、


「ソフィア……そうか……久しぶりと言ったところだな。元気そうで何よりだ。」


そう言って、再び夜空に視線を戻す。


そんなハルトにソフィアは心配そうに、


「はい。ハルト様は……」


言葉を選んで、話につまるソフィアにハルトは、


「ん?ああ……まぁ、病気ではないさ…病気ではな。」


そう寂しそうに応えるハルト。


病気ではないと言われ、少し安心するが、それでは何か心の……と思い、益々心配にはなるが、


「そうですか。安心しました。」


そう一応は言葉を返すソフィア。


ハルトはもう話は終わりだと、


「さっ、気がすんだだろう?一人にしてくれないか?」


そう言われてしまったソフィアは頭を下げて、


「あ…すみません…失礼しました。」


そう言い、ソフィアは足早にバルコニーを後にする。


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