第17話 漁

 森の中をてくてくと歩いていく。街道ではないが、地面は平らで木々の間隔も適度に空いており歩きやすい。兎を食べたのがもう昼時だったので、幾らも歩かないうちに、日が傾き森の中が薄暗くなってくる。

 そろそろ野営の場所でも探すかと思っていると、前方から川のせせらぎの音が聞こえてくる。最早水を必要としない身体だが、必要が無い=要らない、という訳ではない。食事と同じで、のどを潤すことは、良いリフレッシュになる。こんな森に流れている川だ。泥水が流れていることは無いだろう。

 俺は音のする方へと歩いていく。1㎞ほど歩いただろうか。直径100m程の綺麗な泉と、そこから流れ出る小川があった。

 泉を除いてみると、水深はそんなに深くはなく、あちらこちらから湧水が湧いて出ているのが見える。そして、多くの魚が泳いでいた。中には50㎝を超えるような魚もいる。


(あの魚はとっても問題ないんだよな)


 念の為ユニに聞く。


(はい。問題ありません。直接世界とつながったり、内包したりしてるわけではありませんので)


(ちなみに内包してる世界樹の木の実を食べるとどうなるんだ?)


 俺は興味が出てきたので尋ねる。成り行きで世界の創造に関わっているが、そもそも俺のやりたいことは何もやれていない。作りかけの世界だろうと、食ってやるというのは俺にとって良いストレスの解消になるように思えた。


(あまりお勧めできません。まず、非常に硬いです)


(それもそうか、世界を凝縮したものだし。木の幹も堅かったしな)


(それに仮に齧れたとしても大抵は爆発します)


(……確かにそれは嫌だな)


 そもそも、鈴なりになってはいるが、鳥の羽のような実なので余り美味しそうには見えない。ルイーダが食べたらどうなるだろうか。ちょっと好奇心が起きたので、駄目もとで聞いてみる。


「あの木の実は食べられるのか?」


「食べられると思いますよ。私が毒味してみましょう」


 ルイーダは警戒する風でもなく、手の届くところになっていた実を一つもぎ取ると口の中に入れる。嚙み始めると、バキバキという食べ物を噛む音じゃない音がし、その直後爆発音がする。ただ、音はしたもののルイーダには何の変化もない。痛がっている様子もない。


「刺激は少々あるようですが、特に味はしませんでしたね。ヴィル様から頂いたお肉の方がずっと美味しかったですよ。出来上がった世界だったら美味しいものもあるのですが……」


「そうか……」


 少なくとも俺は食べない方が良い事は分かった。それと幾ら出来かけとは言え、世界そのものが崩壊する爆発を口の中で起こしたとしても、ルイーダは傷の一つも負わない事も。まだ完成してないとはいえ、世界を一つ滅ぼしたのに何の感慨も沸かなかった。むしろ、彼女との力の差に無力感を覚える。もう一つ加えるなら、彼女は毒味役としては、役に立ちそうにない。

 俺は気分を切り替え、魚を捕ることにする。川魚は基本的に泥臭いが、ここにいる魚はそんな事は無さそうだ。俺は再度グングニルを構える。この槍は水の中だろうが何だろうが、的を外さないので使い勝手がいい。まさか魚を捕る為に使うことになるとは夢にも思わなかったが。

 俺は比較的大型の魚に狙いを定め、投げつける。本当なら小型のものの方が美味しそうだし、内臓を取るだけで塩焼きできるので、料理も楽なのだが、如何せん穂先がそれなりの大きさがあるので、諦めた。

 兎と違い、何匹もとれたので、食べ残した分は燻製にでもすればいいだろう。短剣で切り身にしたが、流石に無図が綺麗なところに住んでいるだけあって、生でもほとんど泥臭さは感じない。白身の魚なのでバターでもあればおいしそうなムニエルが出来そうだ。

 だが残念な事に出来るのは塩焼きである。煮るという手もあるが、残念ながら手持ちの材料では余り美味しそうなものは出来そうにない。だからといって、肉のように木の枝に刺して焼く訳にもいかない。身が崩れるのだ。なので、蒸し焼きにすることにする。丁度水辺に生えている植物に、大きな葉をしているものが有ったのでそれで魚も身を包む。念の為毒消しの魔法も使う。

 穴を掘り、石を敷き詰め、その上で焚火をして石を温める。温まったら、葉に包んだ魚をおき、更に別に温めて置いた石を置く。それから土を掛けて暫く待ったら完成だ。味付けは塩のみ。こんな事なら生活魔法もちゃんと覚えておくんだった。


 時間が経ったら、土や石をどかし、魚を取り出す。葉を外していくと思いの外良い香りがしてくる。どうやらこの植物の葉は焼くといい香りがするらしい。行儀は悪いが、半分葉に包まれたままの状態で、魚の身にかぶりつく。味付けは塩をまぶしただけだったが、魚本来の味と、葉の香りが絶妙にマッチしてて美味かった。


「ふむこれはいけるな。肉もこの葉で蒸し焼きにした方が美味しそうだ」


 ただの葉っぱなのに、柑橘系の果汁を絞った時の味と香りがする。これは当たりだと思ったため、中に入れたものの状態を保つ、マジックアイテムの箱の中に収納することにする。


「ヴィル様。兎も美味しかったですが、これも美味しいです」


 ルイーダが顔をほころばせて言う。確かに美味いとは思うが、そこまで喜ぶような料理か?たまにならともかく、普段食べるなら、もっとちゃんとした料理を食べたい。出来れば素人が作ったものではなく、一流でなくても良いから、ちゃんとした料理人の作った飯が食べたい。俺はそう思うが、ルイーダはまるで一流の料理人が作った料理を食べるみたいに、満面の笑みで食べている。まあ、正直作った方としては悪い気はしない。


 ルイーダが喜んだことで、またこの世界に変化があるかもと、ちょっと身構えたが、何も起こらなかった。特段変った事もなく夜が更けていく。不思議な事に夜になったからといって、気温は下がらない。過ごしやすい気温のままだ。

 特別夜になったからといってやることも無いので、そのまま横になる。見張りは立てなくても大丈夫だろう。


(喜んだからといって、何時も何かあるわけではないんだな)


(そう判断するのは早計かと思います。ただ単に目につかないだけで、色々変っているかも知れません)


(そうだな。だが、同じものでは変化しないとなったら、それはそれで考えものだぞ。この先何をしていいか分からない)


(慌てる事は無いかと。まだ私の感覚では瞬きの間しか経っていません。この様な事は数万年、数億年単位で考えるべき事でしょう)


 流石、宇宙の元根源と名乗るお方は時間の感覚が違う。俺はそんなに長く付き合うつもりはさらさらない。とは言ってもユニの言う事に一理はある。焦ったところで仕方がないのだ。少なくとも今日は十分な成果だった。

 俺は今日起こった出来事を思い出しながら眠りに落ちていった。

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