第15話 狩り
森の中は適度に明るかった。気が密集していないせいで、木々の隙間から十分な日光が降り注いでいる。鳥の鳴き声はするが、鳥は槍で狙うにしては小さすぎるし、1匹だけでは量的に少ない。それに、万が一殺せなかったら精神的ダメージがでかすぎる。
俺は注意深く地面を観察する。この様な事をするのは何年ぶりだろうか。何時もなら魔法を使えばすぐに獲物の位置など探索できた。だが、ユニの言う通り、この単なる森の木に数多くの世界が生まれかけているせいか、それともこの世界の性質なのか、魔法が上手く働かず、獲物の位置が良く分からない。その為、まるで一般人の狩人のように、地面を観察し、動物の気配を探る。
一般の人の狩人か。自嘲気味に俺は心の中で苦笑いをする。ルイーダという化物と比較して一般人と自分にどれほどの違いがあるというのか。
1時間ほど探索を続けると、運が良い事に1匹の野兎を見つけた。兎は耳が良く、警戒心が強い。俺は用心深くグングニルを構える。
グングニルそれは神々の王が持つ武器にして、放たれれば外れることなく、そしてそれを向けられた軍勢は必ず敗北するという、恐るべき槍。その必殺の穂先が今向けられているのは、草をはむ野兎だ。角が生えている訳でも、鋭い前歯があるわけでもない。強いて言えば少々大きい位か。ざっと見たとこ.ろ4、5Kgはあるだろう。2人で食べる分には十分な大きさだ。
普通の野兎なら、ただ放つだけでオーバーキルも良い所だが、俺はグングニルに更に魔力を込める。放った瞬間兎は逃げ出すが、グングニルは伝説にたがわず、その軌道を変え、兎の首筋に、突き刺さる。だが、貫通するまでは至らず、突き刺さったまま、兎をその後ろにある木の幹に叩き付けた。兎はよろよろと立ち上がるが、数歩歩くとばたりと倒れる。
ユニからただの動物に見えても神獣より上、と聞いていなかったら、この光景にショックを受けていただろう。
「わあ、一撃ですか。凄いですね」
突然後ろから声を掛けられギョッとする。この女、とくに隠れてもいないのに、声を掛けられるまで気配を全く感じなかったのだ。本当に幽霊みたいな女だ。いや幽霊は、気配はするが見えないのか……まあ、どうでも良いか。
この女について色々考えるだけ無駄なので、俺は仕留めた兎に近づいていく。恐るべきことに兎はまだ完全に死んではいなかった。俺はグングニルを再度突き刺し、首と胴を完全に切り離す。流石に死んだようだ。力の抜けた兎の死体は柔らかく、とても俺の最大級ともいえる攻撃で、即死しなかったとは思えない柔らかさだ。
俺は逆さまにして血抜きをすると、短剣を取り出し解体を始める。エアと呼ばれていた短剣で、青銅製ながらよく切れる。それもそのはず、その昔天と地を切り分けたといわれる短剣なのだから。まさか作った者も兎を解体することに使われるとは思ってもみなかったろう。昔取った杵柄というやつで、我ながら手際よく解体していく。少なくとも解体した感じでは、普通の兎の肉の様だった。これが頑丈で文、字通り俺の歯が立たないものだったら、目も当てられない。
「ふむ。こんなものか」
ある程度の大きさに切り分けて、皿に並べる。皿ははユニに作って貰った。その程度はできるぐらいには力が戻ったらしい。たかが皿一つと言っても、ここは元々無意識の内にすべての存在が否定されている空間である。今は大分緩んでいると言っても、なかなかに力のいる事らしい。俺の知った事ではないが。
ルイーダに頼めば簡単に出してはくれるが、どこのゴミ箱から拾ったんだというような汚い皿しか作れない。
「これをどうするんですか?」
興味津々といった顔でルイーダが聞いてくる。
「ん?焼いて食うんだよ。手の込んだ調味料はないから、単純な味付けにはなるがな」
香草や野菜とかを腹の中に詰め込んで、蒸し焼きにすれば美味い料理が出来るだろうが、あいにくそういう料理があるのは知っていても、作り方は知らないし、そもそも詰め込む野菜が分からない。ユニに聞いたところ、些事な事は知らないそうだ。そもそも食事をとると言う事が無い為、その手の知識は全くないそうだ。供物を受け取るなんてのは、ずっと下の神がやってた事らしい。万物の根源と言っていたくせに、今一つ役に立たない奴だ。
俺は森の中から枯れ枝を拾い集める。念の為に聞いたが、枯れ枝は、ただの枯れ枝らしい。世界が崩壊した後、とかいう御大層なものかと思ったら、最初から枯れ枝として誕生したものだそうだ。なんだそれって感じだが、そうなものは仕方がない。寧ろちゃんと燃えてくれるだけラッキーと思うべきだろう。
火をつけ、適当な枯れ枝に肉を突き刺し、炙る。こんなことになるなら調理系の魔法を覚えておくんだったと少し後悔する。今は塩を出せるだけ良しとしよう。
少し経つと、肉から油が垂れてきて、炎に当たり、ジュッと音がする。それと共に肉の焼ける香りが立ち上る。塩をまぶしただけの簡単な、料理ともいえないものだが、今の俺にはとても美味しそうに感じる。
焼けた肉を口に入れると、野生の兎だというのに、脂がのっていて肉が柔らかい。ナイフなんか使わずとも、木の枝に差した状態から、普通に嚙み千切ることが出来る。うん、美味い。これこそ食事と言う奴だ。
視線を感じて、ふと横を見ると、ルイーダが食い入るように俺を見ている。
「おわっ、な、なんだ?」
俺は思わず、上体をそらす。ルイーダは口をだらしなく開けていて、今にもよだれを垂らしそうだった。俺は焼き上がった肉が付いている枝を、一つ地面から抜くと、ルイーダの目の前に差し出す。
「ほらよ。味付けは塩だけだが、干し肉よりは美味いぜ」
ルイーダは俺の差し出した枝を奪い取るようにして手に取ると、肉にかぶりつく。一口食べた後、驚いたように目を真ん丸にし、あっという間に残りの肉を平らげる。
「こんなに美味しいもの、食べたの生まれて初めてかもしれません」
大げさな。過去にはお姫様だったこともあるようだし、忘れているだけだろう。だが、自分がとった獲物を、美味しそうに食べる姿を見ると悪い気はしない。
「そうか、良かったな。もっと食っても良いぞ」
俺は自分用と、ルイーダ用に2つ焼いた肉を焚火のそばから取り出す。ルイーダは今度は味わうようにゆっくりと食べる。凄く幸せそうだ。
ふと見上げると、木についていた葉や実が不思議な色に輝いているものが有るのに気付く。
(おお!素晴らしい。多くの世界に原初の神が誕生しました。本来なら、誰かが根源となり、各世界に散らばらねば出来ぬこと。それを兎一匹でなせるとは。流石は我が主でございます)
あー、うん、すごいね。同じパターンが続くと驚きも薄れてくる。俺はユニの声を無視して、3つ目の肉を手にし、食べ始めた。
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