第5話 ルイーダという女2

「ヴィル様は負の感情で魂を傷つけると、負の力が溜まっていくことをご存じですか?」


「ああ、知っている」


 何せその方法で、俺は苦しみつつも強大な力を蓄えたのだから。


「ですが、自分だけの魂では限界が来ます。慣れと言いましょうか。ある一定以上は増えないのです」


 それも分かる。今の俺が限界までそれを溜め込んだ状態だからだ。


「そこで私は他人の負の感情を集めることにしました」


「まて。他人を使ったとしても力が早く集まめることはできるが、自分の容量以上に貯めれないはずだ」


 他人の負の感情を利用するのは、俗にいう魔王や悪魔が良く使う手だ。効率よく集めることはできるが、そもそもそれを溜める器である自分の容量が大きくなければ話にならない。その為に俺は何度も転生を繰り返したのだ。


「ただ単に集めるだけならそうですね。ですが、負の感情を持った魂のみの世界を作り、それを自分の中に取り込むのです。詳しく言えば、魂の負の感情の部分だけを切り離し、自分の作った世界、魂の煉獄と申しましょうか、その中に放り込み、互いに苦しみあわせ、膨れ上がった負の力をまた自分の中の別の世界に溜め込むのです。そうすれば、無限と言って良いほどの力を手に入れることが出来るのです」


 ルイーダはそう言うと、ニッコリとほほ笑む。だが俺は、その微笑みに安心することが出来なかった。ルイーダの言う事が本当なら、この女は体内に世界を少なくとも2つは内蔵し、俺では及びも付かない力を持っていることになる。


「ちなみに切り離した残りの魂はどうしたんだ?」


「ああ、愛や思いやり、優しさなどというくだらない正の感情を持つ魂ですね。下手に放っておくと、折角作った魂の煉獄の濃度が下がってしまう場合がありますので、そちらもまとめて別の世界に放り込みましたよ。

 まあ、ぬるま湯のような世界で、幸福感に包まれて過ごしてるんじゃないでしょうか。魂の煉獄と違って、傷つけあわないので力も増えませんし、そもそも私には吸収できない力ですし、監視しているだけですね。一応魂のゆりかごとそれらしい名前を付けてます」


 さっきまでの表情をがらりと変え、忌々し気に語る。姿かたちこそ変わらないものの、その体からは不気味なオーラがにじみ出ている。


「では、俺は今までどこに居たのだ?」


 世界をことごとく滅ぼし、輪廻の輪すらも破壊したのなら、俺は今までどこに居たというのだ。至極当然の疑問をルイーダに聞く。


「そうですね。3千世界をことごとくと言ったのは、少し大げさだったかもしれません。実際には世界の数も2048でしたし……あ、もしかしたらまだ私の力が及ばないだけで、別の世界もあるのかも知れません。世界は無限にあるともいわれてますから。

 ヴィル様がいらしたのは、以前は魂の輪廻の輪の中にあった世界の欠片です。世界自体は粉々になり、そこにあった魂も私が支配する2つの世界に振り分けましたが、奇跡的な事に私が気付かなかった欠片があったのです。もしかしたら無意識の内に、昔の私と同じ破壊衝動を持ったヴィル様を見逃していたのかもしれません。

 その時の自分の行動を褒めたい一心です。でなければ永遠に私は一人で、全てが滅びた世界の片隅で嘆き続けることになったでしょう」


 ルイーダは再び微笑む。しかし、暖炉の明かりに照らされたその笑顔は、最初に抱いた薄幸の美少女というにはほど遠く、不気味な印象を受ける。ハッキリと言うと、この得体の知れない女に俺は少し気圧されていた。


「お前の言う事は確かに辻褄はあっているようだが、証拠はあるのか?」


 何となく、ルイーダは本当のことを言っているのだと思うが、それでも信じられないという気持ちは大きかった。それに本当なら俺の復讐はどうなる。もうルイーダにすべて壊され、俺がやることは、永遠にルイーダと、この何もない世界で過ごすだけだとしたら、これ程酷い事は無い。

 ルイーダが罰を受けるのなら分かる。それだけの事をやっているのだから。しかし俺はまだ何もやっていない。これでは不公平極まりないではないか。


「証拠ですか?考えたこともなかったので特にありませんけど、ヴィル様が先ほど踏み入れた滅びた世界は証拠になりませんか?」


 ルイーダは困った顔をして考え込む。確かにあの世界には何もなかった。こっそりと他の世界の様子も探るが、俺の力が及ぶ範囲ではどれも同じく何もない世界の様だ。だが、ルイーダが俺に対してそう見せかけているだけかもしれない。どちらにしても目の前の女の方が俺より遥かに強力な力を持っていると言う事になるが。だが、そうだとしても今更へりくだる気はない。


「無いものを証明するのは難しいか……悪魔の証明と言われるぐらいだからな。俺一人でがむしゃらに突き進むのは得策では無い様だ。暫くはお前に付き合ってやる」


 今は見つからなかったが、ルイーダが言う様に世界は無限にある。ルイーダに滅ぼされなかった世界もあるに違いない。自分はもう不老不死に近い存在だ。ここで焦る必要は無い。そう俺は思い直した。


「久し振りの生身の身体だ。少し腹が減ったな。料理とかは作れないのか?」


 大体において、仮に裏切ろうと最初から思っていたとしても、最初は豪華な食事で歓待を受けることが多かった。最初の何もない様子からいって、あまり期待はできないが、それでも本人が言うような強大な力があるのであれば、保存食よりまともな食事ぐらいは作れるだろう。酒があればなお良い。


「すみません。私は破壊の力に特化していまして……余り物を作るのは得意ではないのです。武器や破壊兵器なんかを作るのは得意なんですが……」


「まるで無理なのか?」


 期待はしていないとはいえ、まるでないのは残念だ。


「まるで、と言う訳ではありません。食べなれた料理なら出すことが出来ます。0から作る事が難しいのです」


「なら、それで良い。取りあえず出してみろ」


 俺自身も食事を作り出すことはできる。だが、マナもないこの世界で魔法を使用するのは、自分の体内にためた力を消費しなければならない。小さな事とは言え、目の前の化物の事を考えると、なるべく無駄遣いは避けたかった。


「それでは」


 そう言うと、ルイーダは一瞬目を瞑る。そうすると両手に何かが乗っている皿が現れた。料理ではなく何かというのは、とても食べられるものに見えなかったからだ。カビに覆われ虫が湧いた何かの固形物。まるでヘドロをとかしたような、異臭のする液体。

 取り出されたのは腐ったゴミ。どんなに良く言っても、残飯としか呼べないものだった。

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