第1話 カザーブ

 ――― 気がつくと、見知らぬ村の前で一人佇んでいた。

 いや、正確に言えば見「知らぬ」ではない。

 少なくとも名前は聞いたことがある。

『ようこそ、カザーブの村へ』

 目の前の看板がそう教えてくれる。


 ――― どういうことなんだろう。

 冷静に、これまでの事を振り返る。

 昨日は、ただただいつものルーチンワークをこなして眠りについたはずだ。

 それなのに、目が覚めたらこの有様だ。

 現実逃避が見せている夢……というわけでもなさそうだ。


 これは、もしかすると、ひょっとして、異世界転生とか異世界転移とか、そういうやつなのかもしれない。

 しかし、思い返してみても、転生トラックに轢かれたり、働き過ぎで過労死したり、変な魔方陣が突然現れたりなど、いわゆる異世界フラグを踏んだ記憶がないのだ。


 ……さらに気になるのが、目の前にある看板の「カザーブ」という文字。

 これは、たまたま同じ名前というだけなのか?

 それとも……ここはあの有名な某ゲームの3作目と同じ世界なのか?


「メラ!」

 ……返事がない。ただの独り言のようだ。

「ホイミ!」

 ……返事がry

 呪文が使えないのは、ここがあのゲームとは違う世界のせいなのか。

 それとも、ただ単に今の自分には呪文が使えないだけなのか。


「……アンタ、そこで何やってんのぉ?」

 不意に声をかけられて振り向くと、カザーブの村から一人の女性が現れた

 全身をフードで身に纏っているため、顔が見てとれない。

「独りでブツブツと呟いて……ちょっと気持ち悪いわよぉ。」

 ……さっきの呪文もどきを聞かれていたのか。

 端から見たら、かなりアブナイ奴だったかもしれない。

「すみません、少しお聞きしたいことがあるのですが。」

 何事もなかったようのように振る舞ってみる。

 とりあえず言葉が通じるようで助かった。

「……何?ていうか、変な格好してるわねぇ。」

 ……元の世界の格好は、どうやらこの世界では通用しないようだ。


「ここはどこでしょう?」

「どこって……カザーブよ。そこの看板にもそう書いてあるでしょう?」

「カザーブってロマリア地方にある?」

「そうよ、他にどこにあるっていうのよ。」

「この近くにノアニールっていう街はあったりしますか?」

「……ああ、眠りの街のことねぇ。ここから北に行ったところにあるわよ。」

 ……あぁ、やっぱりここは例のゲームと同じ世界で確定っぽいな。


「……アンタ何者?どこから来たの?」

 どう答えようか。

 実は異世界からやって来ました、なんて言っても頭おかしいとしか思われないだろうし、変に不審がられるのもマズい。

「……いえ、それが記憶が曖昧でして、気がついたらここに……」

「はぁ?」

 呆れられたようだ。


「アンタ、名前は?」

「それが……覚えていません。」

 記憶喪失というスタンスを貫く。

「地名は覚えてるのに、自分の名前は思い出せないの?記憶喪失ってやつ?」

「そうなのかもしれません。」

「ふーん……これからどうすんの?」

「いえ、ホントに気がついたらここに突っ立ってる状況でして……ひとまずこの村に入れば何とかなりますかね?」

「……この村は閉鎖的だからねぇ。よそ者なんて受け入れないと思うわよぉ。」

 なんとまぁ、軽い感じで絶望的なことをおっしゃてくれる。

「そうなんですか……」

 異世界に放り出されたたま、のたれ死にとか勘弁だ。


「そうねぇ……」

 フードのせいで視線がどこに向いてるのかわかりづらい。

 ……なんか値踏みされてる気がする。

「とりあえずうちに来てみる?うちのボスはこう言っちゃなんだけど結構変わってるから、アンタを歓迎してくれるかもよぉ。」

「ボスですか?」

「そう、うちらはボスを含めて5人でつるんでるんだけどね。ボスはナイスガイよぉ。」

「……会っていきなり殺されたりなんて、しないですよね?」

「そんな野蛮な人間じゃないわよぉ。アンタをどう扱うかまではわかんないけどねぇ。」

 どうやらいきなり命の危機にさらされるということはなさそうだ。

 ……とりあえず、ここは何かしら動いてみるしかないだろう。

「すみません、それではお願いしてもよろしいですか?」

「いいわよぉ、拠点までちょっと歩くけどねぇ。聖水は持ってる?」

「聖水ですか?いえ、そういったものは持っていません。」

「わかったわぁ。じゃあ私から離れないでついてきてねぇ。」

 未だ現状を把握しきれないまま、フード女について行くことにした。


――― 未曾有の事態であっても、できるだけ慌ててはいけない。

 常に冷静でいれば、きっと物事をよくしてくれると思って、これまで生きてきた。


 ――― でも、ここまでの大ごとに巻き込まれるなんて、この時は流石に思わなかった。

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